11 この世でもっとも高貴なる兄弟
彼も、乙女ゲームでは攻略対象だった。
東宮、兼孝親王。墨宮とも呼ばれる人だ。帝の実弟に当たる。貴人なのにワイルドさがあるのが魅力で……ただ、今の松緒との接点はほとんどない。
「その際は、大納言殿も同席されて、直接お声は聞けませんでした」
「はい。恐れ多くも……世間知らずだったもので、臆してしまいまして」
後宮に入ってから一度だけ対面はしたものの、他の攻略対象たちと同じくほとんど記憶が残っていなかった。
今になってやっとまともに接している始末である。
「それは仕方のないことだ。邸の奥にいたのに、騒がしい宮中にやってきたのだから、慣れていないのはわかります」
「ありがたきお言葉にて……」
すると、帝が口を挟む。
「墨宮、朕がせっかく紹介しようとしていたのに、ひとりで話し始めるなんてずるいではないか。朕が紹介したかったのだ」
「ですが、主上。以前にも一度、姫君と対面したことがあるのですよ」
「うむ、わかっている。しかし、朕がかぐやを紹介したかったのだ」
よくわからない理論で帝は駄々をこねている。彼は一体、何をしたいのか。
「……兄上は相変わらず独特だなあ」
東宮はぼやき、「わかりました。お好きになさってください」と付け加えた。
帝がその場で背筋を伸ばす。
「尚侍。そこにおるのが、東宮である。朕の弟だ」
「はい、弟です」
松緒は沈黙していた。帝は構わず続ける。
「墨宮よ。そこにいる女人が、尚侍だ」
「お噂はかねがね伺っております。……このような感じでよろしいでしょうか、主上」
「うむ」
松緒は何も言わなかった(言えなかった)が、帝自身は満足したようである。
「かぐや姫よ」
「はい」
松緒は居住まいを正した。
「先日に話した後、朕も贈り物について考えたのだ。次にそなたに贈るものは何にしたらよいだろうかと」
「あの、それはもうお気遣いなく……」
「趣向をこらす必要はないと言った。相手のために心がこもっていたらよいのだと。しかし、やっぱり花や歌では物足りぬ気がしたのだ。そうしたら、たまたま東宮が挨拶に来たので、相談したのだ。東宮は、本人を見なければわからぬと言った。だから連れて来た」
帝は松緒の言葉を聞かずに滔々と話していた。
「東宮は、朕より女心がわかると申すのでな。経験も豊富なのだ」
「そもそも主上が浮世離れしているのですよ」
「東宮、何か考えは浮かんだか」
「……尚侍。主上は悪い方ではございませんので」
今にもため息をつきそうな声音で兄をフォローする東宮。自由な兄に振り回されているのがよくわかる。
「それは……存じております。帝の御恩情にはいつも感謝申し上げております」
「……うむ!」
「この御恩に報いるべく、今後も尚侍の職務に励んで参ります」
「……うむ」
――なんだろう、今、声の調子が一段下がったような。
「主上はすっかり「かぐや姫」にまいっておられる」
東宮がにこやかにそう言った。
「ですが、姫君は入内ではなく、尚侍になられた。主上の手がついているわけでもない。油断されていたら、どこかの鷹にかっさらわれてしまうかもしれませぬぞ」
「そなたはそのようなことをせぬであろう」
帝は迷いなく弟に告げた。
いささか驚いた……というような沈黙があった。
「かぐや姫の心がそう動いたら、よい。無理強いはせぬ。泣いている女を相手にするのはやはり気が咎めるのでな……」
「そうですか。では、これからどうするおつもりで?」
「うむ。かぐや姫、どうしたらよいか教えておくれ」
帝が「かぐや姫」にぜんぶ丸投げした。
帝と東宮。この国でもっともやんごとなきツートップの視線を受けた松緒は、背中にびっしょり汗をかいた。
――「私」にどう答えろと!?
天然で無茶ぶりをしてくる上司に頭を抱えたい。
しばらく考えた松緒は、ゆっくりと口を開いた……。




