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10 夜の闖入者



 時は、あの夜の出来事にさかのぼる。


『そなたは……かぐや姫の『偽物』だな?』


 闇に沈んだ「かぐや姫」の居室。謎の闖入者は松緒の背後から迫り、彼女の正体を見破った。

 頭が真っ白になった松緒はとっさに、


『……無礼ではありませんか。夜中に押し入るなんて』


 震える声で言い返していた。そして、万が一を考えての「言い訳」を口にする。


『「姫様」は別の寝所でお休みです。あなた様のように女人の寝所に忍び込む方がいらっしゃるから、私のような「身代わり」が必要になるのですよ』


 「かぐや姫」自身は身の安全のため、違う場所で休み、代わりに松緒がかぐや姫として寝所にいる。

 もしも松緒が顔を見られても、この理由であれば「かぐや姫の不在」という最大の秘密は見抜かれないはず。


『身代わり、か』


 背後の男が納得したのかは、闇の中で抱きかかえられている形ではうかがい知れない。


『離してくださいますか。このような暗闇です。私も逃げも隠れもいたしません』


 男の気配が少し離れた。松緒は胸を押さえながら、心臓の鼓動を収まるのを待った。


『本物のかぐや姫はどこにいる?』

『お答えできません』

『おまえはかぐや姫の女房だな。名は?』

『自ら名乗られない方に、名乗れる名などございません。そこらのごみ虫と同じように考えてくださいませ』

『ごみ虫か』

『その代わり踏まれても丈夫です』

『気の強い女だな。おれの名は知らない方がいいと思うぞ。恐れ多くて失神するかもしれない』 

『今は名も知らないので、姫様に近づこうとする悪い虫としか思えません』


 売り言葉に買い言葉で、応酬したものの……松緒は、相手が想定よりも身分が高い人物なのかもしれないと思い始めていた。

 なにせ、夜の後宮なのだ。身分の低い者が出入りできるものではない。

 そう、松緒はこの場では立場があまりにも弱かった。気丈に言い返しているのも、ただただ姫様のためにと気を張っているだけ。ぼろを出す前に諦めて帰ってくれとひたすら念じていた。


『ならば、この場にはかぐや姫をめぐってごみ虫と悪い虫が角を突き合わせているというわけか。あなたはなかなか口が堅そうで困る』

『お褒めいただきまして、ありがとうございます』

『褒めていないぞ? 今宵の「収穫」がなかったわけだからな』


 松緒が黙り込むと、男がその場を立ち上がる気配がした。

 ようやく去ってくれる気になったらしい。

 だが、室を出ていく男は、最後にひとつだけ、と松緒に尋ねた。

 

『かぐや姫の女房よ。あなたの主人が何をしていたか、知っているか』

『何のことです?』

『……なるほど。では、また会うことになるだろうな』

 

 不吉な予言だけ残し、男はどこかに行ってしまった。

 おかげさまで気疲れにより松緒はしばらく寝込んでしまったし、どこまで松緒の言い訳が通じていたかもわからないので、思い出すたびに太刀の鋭い切先が背中に当てられたような心地になる。

 松緒は、その男とはもう二度と会いたくないと思っている。





「かぐや姫よ。久しいな」


 また帝がやってきた。

 前回と同じように侍従などをみな下がらせて、御簾越しの対面だった。

 初対面の女人に「蝉の抜け殻」を渡してきた出来事以来である。


 ――久しい、とまではいかないけれど。

 

 少し間が空いたので、かぐや姫への関心が薄れたのかと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。

 それよりも気になることがあった。


 ――御簾向こうの人影が、ふたつ。


 帝の斜め後ろにもうひとりいるのだ。しかし、黒や赤、緑といった官人の衣服の色ではなく、薄い藤色だった。

 後宮において、自由な色を身につけられる身分の者は限られる。

 ――たとえば。


主上おかみ。姫は驚いておられるようですので、早くご説明して差し上げてはいかがでしょう?」


 帝のふくよかな声に対して、少し重みのある男らしい声が響く。


「うむ、そうだな……」


 帝も、どこか気安く応じている、その男。相当な貴人と思われた。


 ――もしかして、このお方は……。


 心臓がいやな音を立てる。

 御簾越しにでも、松緒の視線を感じたのだろうか。

 帝の柔和な顔立ちと比べるとやや野生味を感じさせる面立ちに、笑みが浮かんだようだった。


「東宮だ。以前にもご挨拶申し上げたのだが、覚えていらっしゃるだろうか?」



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