【短編】片耳難聴の私は、妹に友人も婚約者も奪われる。え?私が王妃ですか?
【シリーズ】【一話完結型】
設定ゆるゆる、ご容赦ください。
「もぉ〜いいか〜い?」
「「まぁ〜だだよ!」」
「まだだって。」
「もぉ〜いいかい?」
「「も〜いいよ!!」」
「…もぅいいって。」
一応、私にも聴こえているけれど私の左側にいる妹が教えてくれます。
「よぉぅし、今度こそ見つけますよ〜!」
パッと振り向いた私の隣で妹が言います。
「お姉様、私も一緒に探すよ」
するとどこからか、お友達の声が聴こえます。
「あら、あなたは教えたらだめよ!」
ざわざわざわ…
他のお友達も何やら話しているようです。
遊びに入れてもらえない妹が不憫で私は謝ります。
「ごめんなさいね。これが終わったら、あなたと遊ぶから。」
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「お姉様」
お友達と分かれた後、妹が私の左肩をトントンとたたいて言いました。
「お姉様のお友達、もう遊ばなくていいでしょう?」
なぜか不機嫌そうな妹が私の目を見て、そう言います。
「なぜ?私のお友達なのに。」
妹は「だって…」と不貞腐れたような顔をしています。あら、もしかして最近わたくしがお友達とばかり遊んでいたから寂しかったのでしょうか。
「ふふ、お友達のことも好きだけれど貴方が一番よ。分かったわ。私からはもう誘わない。
でも誘われたらお友達と遊ばせてね。」
そう答えた私に妹は嬉しそうな、そして複雑そうな顔をして頷きました。
それから私はそのお友達に誘われることはありませんでした。
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私たちがまだ小さかった頃2つ年下の妹の方が早くハッキリと話し始めたそうです。
犬を指さして「わんわん」と言う妹に対して、私はいつまでも「あんあん」と言っていたのだとか。
両親はそんな私の話し方も可愛いと愛してくれました。
成長してからも家族の会話で私だけが聴き取れずに「え?」と聞き返すことも多く、そうすることで会話が途切れてしまうのが申し訳なく思っていたことを覚えています。
だんだんと聴き取れなくても曖昧に笑って済ますことが多くなりました。
そんな私を見ていたのか、いつしか妹は私の左隣で状況を教えてくれるようになりました。
外で食事をする時も絶対に私の左隣に座ろうとする妹に対して両親が訳を聞くと、
「だって、お姉様は右のお耳が聴こえにくいのでしょう?」と言ったのだそうです。
そこで初めてわたくしの耳の状況を察した両親は、すぐにお医者様のところへ連れて行ってくださいました。
結果は右耳が聴こえにくい、“片耳難聴“というものでした。
両親、特にお母様は酷く落ち込まれました。
おっとりしている子だと思っていた。
言葉が遅いのもニコニコして会話にあまり参加しないのも遠くから名前を呼ぶと、きょろきょろとこちらを探す様子も全て“個性“だと思っていた、気付いてあげられなかったと。
落ち込むお母様に先生は
「子どもの片耳難聴は気がつきにくいものです。
それに、“個性“で間違いありませんよ。」と和かに仰いました。
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あれから私はお医者様の紹介で“療育“というものに通いました。
学校の勉強とは違い絵が描いてあるカードを見て先生と一緒に声を出したり何かになりきって遊ぶ、ごっこ遊びなんかも繰り返し繰り返し行いました。
学校ではみんなの会話にふとついていけなくなる瞬間があったり、たまに私の話し方を真似したりする子がいたりしてドキドキしてしまうのですが、ここでの遊びは安心できて、とても楽しい時間でした。
それに本を読むことや勉強も大好きでした。
学校の図書館は私が落ち着ける場所です。
特に図書館の奥の方には、ほとんど誰も来ないので知っている人に名前を呼ばれてキョロキョロしなくても済むから好きでした。
ここで見かけるのは金髪の大きな眼鏡をかけた男子生徒だけ。
彼はいつも、こちらに目もくれず黙々と本を読んでいるので、そっとしておいてほしい私としては良い読書仲間でした。
妹は相変わらず私がお友達と遊ぶのを嫌がりました。
新しいお友達と遊ぶとなると妹が「私も行く!」と言ってきかないのです。
「次遊ぶ時は妹さんは連れてこないでほしい」
と言われる時もあって私は困ってしまいました。
そういった方からは、たいてい次は誘われないものです。私の周りには妹とも仲良くできる数人の友人だけが残りました。
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さらに成長した私は成績が良かったことから学校推薦で王都高等学院へ通えることになりました。
友人たちは中等学院を卒業と同時に婚約者が決まったりしていて、はじめての顔合わせの話などを聴くと、こちらまで恥ずかしいような、ワクワクするような、そんな気持ちになりました。
実は私にも縁談は来ていたのです。
ですが、なんと私の妹が私のふりをして相手と面談し、さらには破談にして帰ってきたのです。
これには私も両親も驚いてしまいました。
少し話を聞くから待っていてくれと言われ私は退出しました。
ドアを閉めてから、どうしても気になった私は左耳をドアにつけて中の様子を伺いました。
何やら話しているのでしょうが、私には妹の泣き声がワッっと聞こえただけでした。
その後、婚約は無くなりました。両親は妹を責めませんでした。とはいえ破談の理由も多くは知らされず、お父様は、「おまえに相応しい人ではなかったのだよ」とだけ仰いました。
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高等学院では外国語を専攻しました。
聴くのも話すのも苦手な私が外国語なんて、と思われても無理はありません。
ですが私は本の世界で知った諸外国の歴史や文化に感銘を受け、ぜひ外国の本を原文で読みたいと思ったのです。
先生に頼んで前から2番目の席の右端に座らせてもらいました。
私としては、この座席が一番授業が聴こえやすいのです。
ある日選択科目でマイナーな外国語の授業をとりました。この外国語は、とある島国の言葉で独特なとても難しい言語と言われています。
ですが島国だからこそ文化も独特で興味があった私は独学で少しずつその国の本を読んでいたのでした。受講している学生は少なかったので先生が、まずは自己紹介の時間を取ってくれました。
「語学を習得するには使うのが一番だ。
この国では使い手の少ない言語だからこそお互いに知り合っておいて損はない。」
順番に名を名乗り挨拶をしていくと見覚えのある金髪に分厚い眼鏡をかけた男子生徒の番になりました。図書館で同じ空間にいた彼です。彼は立ち上がって話し出します。
「わ、わ、わ…」
緊張しているのか彼の肩が上がっています。
「わ〜たしっは…」
言葉につまずきながらも続いた名前を私は知っていました。
なんとこの国の第二王子、その人だったのです。
この国の第二王子は確か2つ年下で私の妹と同級生だったはずです。なぜ私と同じ学年にいるのでしょうか。そのことを同じクラスの生徒に聞くと驚いた表情をされました。どうしたのかと聞くと、
「貴方が人に話しかけるなんて珍しくって」と。
確かに複数人での雑談が苦手な私はできるだけ自分からはクラスメイトに話しかけないようにしていました。そういう風に思われていたなんて恥ずかしいやら申し訳ないやらで耳まで赤くなってしまっているのが自分でも分かります。
会話を諦めそうになった時、他のクラスメイトがきて会話に混ざりました。
「何を話しているんだい?」
「第二王子が二学年飛び級していることを知らなかったみたいで。」
「ああ、“どもり王子“か。」
「ちょっと、不敬よ。」
「本人の前では絶対に言わないさ。」
それから他のクラスメイトも混ざって色々なお喋りが始まりました。私は多方面から話をされると聴き取りにくくなるので始めに声をかけた生徒にだけお礼を言って、その場から離れました。
それにしても二学年の飛び級なんて、どれだけ優秀な方なのでしょうか。尊敬します。
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高等学院の図書館は中等学院よりもずっと立派な建物でした。
本の種類もとても多く、なんといっても読んだことのある外国の本の原本がたくさんあることが何より私を喜ばせました。
さっそく誰かに声をかけられないで済みそうな人目につきにくい場所を探します。
そうして見つけた奥のスペースには先客がいました。金髪に大きな眼鏡の第二王子でした。
第二王子は右側の端っこに座られていたので私は左側の端に着席します。
しばらく本を読んでいると急に右肩をトントンとされ、ものすごく驚いてしまいました。
顔を向けると第二王子が困った顔をして立っています。
「あ、あ、あの、こ、こ、声をかけたのだけれど」
王子は焦ったように言います。
「こここ、これを、こ、これが、落ちていた」
そう言って私のペンを渡してくれました。
きっと落としたことに気が付かなかったのでしょう。そそくさと逃げるように席に戻る彼に私は声をかけました。
「あの…ありがとうございます。お声をかけてくださったのですね。気が付かず、申し訳ありません。」
そういうと、彼はぺこりと頭を下げると、すぐに目線を本に向け、
“これ以上は会話したくない“
と意思表示されているようでした。
『まるで、私のようだ。』ふと、そう思いました。
人と関わることを、会話することを、意図的に避けている。
私は渡してもらったペンを持ったまま彼をじっと見てしまいました。私の視線に気がついた彼はチラッとこちらを見て、次の瞬間には見て見ぬふりをしました。そして、こちらに背中を向けて縮こまっています。
『そんなに、縮こまらないで』
なぜか、胸が締め付けられます。
勇気を出して話しかけました。
「あの…私、右耳が聴こえないのです。
だから、あなたが声をかけてくださったのも気が付かなくて…。大袈裟に驚いてしまってごめんなさい。」
彼はハッとしたような顔をした後、真顔で答えました。
「…あなたが、謝ることではない。
…むしろ、わ、わたしが、驚かせてしまった。
すまない。」
憐れむでもなく、ものすごく紳士な対応をしてくれた彼に私は嬉しくなりました。
「あの…、何を読んでいらっしゃるのですか?」
すると彼は自分が読んでいた本の背表紙を見せてくれます。それは他国の言語で書かれた歴史書でした。
「まぁ!その本を、原本で読まれていますの?
私は翻訳したものなら読みましたけれど、
やはりニュアンスが違うところがあって?」
思わずはしゃいでしまい大きな声を出した私はハッと手で口を押さえました。ここは図書館。静かにしなければならないのに。
そんな私を見て彼はクスクス笑い出しました。
「う〜ん、そうだなぁ。独自の言い回しが。
や、訳しきれないところが、あったり。
僕、いや、わ、わたしは、原本で、読まないと、わ、わか、分からないところも、あると、思っていて」
途中から声が小さくなって手で口元を隠してしまいました。普段はこんなことはしませんが彼の話をもっとよく聞きたくて、顔の左側を彼に向けて聞きました。そんな私の様子を見て彼は私に聞きました。
「…どうすれば、いい?
ど、どうすれば、聴こえやすいか、おし、教えてほしい。
わわ、わたしの言葉は、き、聞き取りにくいだろうから。」
その言葉を聞いて私はポッと赤くなってしまいました。とても嬉しくって。
会話を諦めずに私に話しかけてくれる。
会話を諦めずに私に聞いてくれる。
きっと、物凄く勇気を出して。
私は彼に向き直って答えました。
「貴方の言葉はとても聞き取りやすいですよ。
私が特に聞き取りやすいのは、静かな場での一対一の会話、左側からの音、言葉を句読点で区切った話し方、目を見て口元を見せてくれる話し方です」
それを聞いた彼は真剣な顔をして、私の目をじっとみて言いました。
「なるほど…。
次から、あ、貴方に話すときは、目を見て、話すよ。」
あまりにじっと見つめられて私はまた耳まで赤くなってしまいました。
それから会うたびに私と彼は2人の会話を楽しみました。
私と彼の会話は他の人の会話と比べて、単語や一文の長さが短く、そしてお互いが言い切るのを待ってから会話をするので少し時間がかかります。
ですが、彼の話はとても面白く私はずっと彼と話していたい気持ちになりました。
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私たちは高等学院の最終学年になりました。
相変わらず彼は優秀で、その知識は多岐に渡りました。
いつしか私たちの会話は、あの国の政策は参考になるだとか、あの国のこの作物はわが国にも適応しそうだとか、政治に関する話題も増えました。
そして妹もこの高等学院に進学してきました。
第二王子までとはいきませんが妹も大変優秀な成績で、しかもその愛くるしく人懐っこい性格から男女共に人気があります。
しかし妹は隙あらば私のところへ来て一緒にランチを取ったりするので、お友達と一緒にいなくてもいいのかと心配になるほどです。
当然ながら、ほぼ毎日の日課になっていた第二王子との雑談にも妹が加わることになりました。
初めて彼に妹を紹介した日、妹はまるで人を値踏みするかのような鋭い目つきで彼を見るので、彼が怯えているように見えました。
思わず妹を注意すると妹はキッと私を見て、
「お姉様は黙っていて。お姉様には分からないのよ」
とつっけんどんに言いました。
私は彼の前でそんなことを言われて、なんだかカッとして、
「分からないって決めつけないでちょうだい!」
と大きな声で怒ってしまい驚いた顔をしている2人を置いてその日は逃げるように帰りました。
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次の日、妹とは仲直りできないままでした。
そこへ第二王子が来て、
「ちょっと、いいだろうか。」
と誘っていただき、人気のない屋上でお弁当を食べることにしました。
「昨日は、ごめんなさい。」
私がそう言うと彼は
「…謝らなくてもいい、僕には」
とだけ答えて黙ってしまいました。
もしかして妹に辛くあたる嫌な性格の女だと思われたのでは、彼も二度と誘われなかったお友達のようになるのでは、顔を合わさなかった元婚約者のようになるのでは、と頭の中でぐるぐる考えていると、彼が話し出しました。
「わわ、わたしから、言うことではな、ないとは思うが…
いも、妹さんは、あなたを守りたかっただけなんだ。」
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「もぉ〜いいか〜い?」
「「まぁ〜だだよ!」」
「まだだって。」
「もぉ〜いいかい?」
「「も〜いいよ!!」」
クスクス、クスクス
「…もぅいいって。」
「よぉぅし、今度こそ見つけますよ〜!」
「お姉様、私も一緒に探すね」
「あら、あなたは教えたらだめよ!」
『妹が教えたら、見つかっちゃうじゃない。』
『あの子だけなら絶対に見つけられないわ』
『ねぇ、このままあっちで遊ばない?』
『しぃ!聞こえるわよ』
『どうせ聞こえてないわよ』
クスクス、クスクス
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「ねぇ、あなたのお姉さん、結婚するの?」
「お姉様?そんな話知らないけれど」
「…この間、別のクラスの子が言っていたの。
『私のお兄様が片耳が聴こえない女と結婚させられる。お兄様も嫌がっているのに可哀想だ。』って。
貴方のお姉さんのことかと思って… 。
ごめんなさい、こんな話…。」
「…いいえ、話してくれてありがとう」
「初めまして」
「驚きましたよ、急に婚約者殿がいらっしゃるなんて。お噂のとおり、お美しい方ですね。」
「え?何と仰ったのですか?」
「…お美しい、と。ちょっと失礼。」
『母上、やっぱり嫌ですよ、耳の悪い人となんて。
いくら綺麗でも、これじゃあ。』
『しっ、我慢なさいな。耳が多少悪くたっていいじゃない。
こういう子はね、大人しくてあなたに従うわよ。
婿になったら好きにできるじゃない。』
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「…なんてこと…」
私は思わず手で口を押さえました。
妹が私を気にかけてくれているのは知っていましたが、そんなことまで…。
私は悲しさやら怒りやら、いろんな感情が湧き出てきて身体が震え熱い涙が流れてきました。
彼は「すまない」と言いながら震える私の手を握ってくれました。
私は震えながら彼に話します。
「わ、私のために、そんなこと、望んでないのに…。
私だけならまだしも、あの子にまで迷惑をかけて…。
それに気が付かないなんて…。
私、なんて情けないの…!」
彼は私が話し終えるまで一言も口を挟まずじっと聞いてくれました。
そしてハラハラ涙を流す私に、
「僕も、分かる。君も、君の妹の気持ちも。
僕も、た、た、大切な君に降りかかる悪意は、とと、取り除きたい。
大丈夫。君は、情けなくなんて、ない。」
そうして私をギュッと抱きしめてくださいました。
私は彼の胸に頭を預け、おいおい泣きました。
私の聴こえない右耳。
なんとなく馬鹿にされているのだと感じた日々。
曖昧に笑って気が付かないふりをしていた臆病な私。
私が縮こまっている間に私の愛する妹が私のために目を光らせ戦っていたなんて。
愛らしくて甘えん坊だと思っていたあの子が…
情けなさと憤りと…
私の涙が落ち着いた頃、彼は言葉につまずきながらも自分のことを話してくれました。
彼は言いたい言葉がすらすら出てこない“きつ音“と呼ばれる症状であること。
滑らかに話せる時と、そうでない時があること。
自己紹介が一番苦手なこと。
王族だから表立って揶揄われたりしたことはないが、不憫な目で見られている気がしていること。
人と関わらないように伊達眼鏡をかけていること。
発言の内容を聞いてほしいのに話し方ばかりに注目されてしまって萎縮してしまうこと。
優秀で、とても人当たりの良い異母兄がいて、次の王として周りからも期待されていたが、自ら王位継承権を手放してしまったこと。
その異母兄からは第二王子である自分の方がよっぽど次の王に相応しいと言われたこと。
確かに、この国を愛している。
民の生活がよくなるように隣国と手を取り合い平和な世が続くように尽くしたいと思っているし、そのための勉強も惜しまない。
だけれども、こんな話し方の自分が王になど…
そして彼は眼鏡を外し私の手を取り直して言いました。
「君は…いつも、僕の話を、待ってくれた。
あ、哀れんだ目とか、しない。
言葉の、さ、先取りも、しない。
僕の、目を見て、じっと、待ってくれる。」
好きなんだ、君のことを。
そう言った彼は顔を真っ赤にしながら、けれども顔を伏せることなく私の目を真っ直ぐに見て言いました。
小さい声でしたけれど、私にはハッキリ聴こえました。
私の顔も、みるみるうちに赤くなりました。心臓がドクドクいっているのが分かります。
きっとまた、耳まで真っ赤になっているはずです。
人と目を見て話すのは苦手なはずなのに、いつも私の目を見て話してくれる彼、話しかける前に私をびっくりさせないよう必ず左側にまわって話しかけてくれる彼、雑音が多い場所ではそっと左耳に顔を寄せて、ささやくように話してくれる彼、
彼にだけは嫌われたくない、そう思うほどに彼のことを好きになっていた私。
私は彼の手を取り直して彼の目を見て答えます。
「話し方など、関係ないわ。
いち民として貴方のような方が国王になってくださるなら、とても嬉しいことです。
私も貴方のことが好きなの」
彼は涙を浮かべて微笑みました。
「ありがとう。
じゃあ…僕と、けけ、結婚、いや、婚約…を、打診しても?」
その言葉を聞いて私はサッと顔色を悪くしました。
「片耳が聴こえない私が、次期国王になられるかもしれない貴方様と結婚だなんて畏れ多いことだわ!」
叫ぶようにうろたえる私に彼はニコッと笑いました。
「耳のことなど、関係ない。
いち王族として、あな、貴方のような人が国母となってくれるなら、こ、これ以上に喜ばしいことは、ない」
そう言って恭しく私の手の甲にキスをしました。
私はまた真っ赤になって、
「まぁ!耳のことが関係ないだなんて本人じゃないから言えるのですわ!」
と涙目で反論すると、
ははは!と彼は笑い、いたずらな目をして言いました。
「それを君が言うのかい?」
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それから私と彼の婚約はとんとん拍子に進みました。
私は婚約者としての教育のため王宮に住まいを移す前に妹に泣きながら謝りました。
妹は私よりも、もっと泣いて、
「お姉様は素晴らしい人なのに何も知らない人に軽んじられるのが許せなかったの。
だけど、あのお方に言われてハッとしたわ。
お姉様は私に守られるような弱い人じゃない。
私がしてきたことは自己満足よ。
勝手なことをしてごめんなさい。」
そして妹は第二王子に勧められて政治に関する学問を専門に学んでいくことにしたそうです。
「あのお方は、私が為政者に向いているのではないかと仰ったの。組織内での人脈の形成、人を客観的に見定める能力、時に必要な厳しい判断、実行するための思い切りと知識。
私、実は前々から興味があって、叔母様に色々と聞いていたのよ。あのお方、なかなか見る目があるわ。素晴らしいお姉様の相手として合格よ。」
そう言って妹はニヤリと笑いました。
私たちの叔母様は四十代になって宰相補佐になられた、私たち憧れのカッコいい女性です。
いつも髪をオールバックにして忙しく国のために尽くしておられます。
妹は高等学院卒業後、叔母の近くで働いてみたいと話していました。
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この国で新しい国王が誕生した。
新国王は国民への挨拶で自らの名前を盛大に、どもったという。
しかし、それを少しも恥ずかしいと感じさせない堂々たる姿で、最後まで顔をあげて、にこやかにスピーチを行った。
その後、市井では国王の話し方を真似する子どもたちが多く見られた。
大人は諌めたが、子どもたちはその話し方がカッコいいから真似するのだと真面目な顔をして言ったという。
国王の右隣には、いつも美しい王妃が寄り添い会談や視察の場では国王自ら王妃の左耳に顔を寄せ何かささやく姿が多く見られたという。
また国王が王妃を呼ぶときは、そっと肩をたたいたり手を取ったりして話しかけており、その様子が大変麗しいと女性たちの間で話題になった。
仲睦まじい夫婦の手本として人気を集めた国王夫妻は、平和で持続的な国づくりのため他国と協定を結んだ。
あまり他の国と交流のなかった島国へも、国王、王妃自ら訪問し、現地の言葉で会談され、相手の国の代表者に驚かれたという。
シリーズ内の作品は、全て同じ世界観です。
ぜひ、他の作品も楽しんでください。
第一王子や、オールバックのカッコいい叔母が出てくる話もありますので、是非。
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