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探偵レモンと桜の手紙9

「ここからは私が説明しましょう!」



 僕と内海さんの間に流れる不信の空気を断ち切るがごとく、嫌に明るいレモンが話し始める。彼女なりに気を遣ってくれたのだと思って、彼女に小声で「ありがとな」と伝えると、困った顔で「何の話です?」と返された。



 どうやら単純に推理を披露するのが楽しみだっただけらしい。



 実は今日の推理については最後の結論までは教えてもらえなかった。僕も個人的に考えてはみたけれど、動機とかそういったところはさっぱり分かりそうになかった。



「まず、先ほど先輩が言ったとおり、この手紙を出したのは美穂さん。あなたです。そして理由は桜さんの死に関する話をするため。実際にどのような話をするつもりだったのかまでは分かりませんが。ここまでは合ってますか?」


「そうだけど、一体どうやって、特定したんだか。私たち今日が初対面だよね」


「ええ、その通りです。特定の方法は話すと長くなりますが、聞きたいですか?」


「いや、やっぱりいい」


「分かりました。では、まずはあなた達の関係について推理してみましょう。私たちの調べによれば、あなたと相原先輩は仲睦まじいカップルだったと学年全体でも有名だったとか。しかし、中学三年生の時、急にあなたが相原先輩を振った。それは何か原因があったと考えるのが妥当です」



 レモンが話を進める度、内海さんの表情は無表情へと近づいていく。それはどうにか自分の気持ちを抑えようとしているようにしか見えなかった。



 ムロ先生の話では彼女達が別れたのは何か前兆があったわけではなく、急の出来事だったという。何か違和感がある。僕の知っている浩は女性を急激に心変わりさせるような不義理を働くイメージがない。



「じゃあ、その原因とは何なのでしょうか。それはこの手紙が教えてくれました。桜さんです」


「言い方が悪いな。それだとまるで桜に否があるみたいだ」


「ああ、すみません。配慮に欠けましたね。もちろん私は桜さんに否があるとは思っていませんよ。だってあなたと桜さんの両方に手を出した相原先輩が悪いんですから」



 両方に手を出した。その結論はこれまでの情報を総合すると酷く納得のいくものであり、同時に彼がそんなことをするように思えなかった。



 内海さんはため息を一つついた。口から飛び出そうになる呪詛を閉じ込めているのだろうか。無表情は醜く歪みつつあった。



 レモンは推理を続ける。



「その顔は、当たりのようですね。相原先輩が二股をした、あたりは最終的な根拠のない推測だったので正解だったようで何よりです。女の勘も当たるものですね。まず、先に付き合っていたのはもちろん美穂さんです。中学一年の頃に付き合っていましたからね。その後、相原先輩は桜さんのお父様が経営する学習塾に通い始める。そこで仲が深まって、男女の関係になった、というところでしょうか」


「そうよ、ただ少し違うところがあるとすれば、あたしとあいつはただのカップルじゃなかった。笑われるかもしれないけど、あたしたちは真剣に将来を誓い合った仲だった」



 中学生で将来を誓い合ったというのはなんともませていると感じるが、その分内海さんが裏切られて受けた衝撃は計り知れないものであったことが想像に難くない。もし僕が同じ立場なら、彼女と同じように浩に抱いていた大きなプラスの感情が全て反転して、巨大なマイナスの感情として自分を狂わせるだろう。



「あなたが浩さんの不貞を許せなかった理由はもう一つあるはずです。それは、あなたと桜さんは親友だったから、違いますか?」


「…………その通りだよ。あたしと桜の仲なんて誰も知らないはずだったんだけどな」


「ええ、誰かに聞いたわけではありませんよ。強いて言うならば、桜さん本人に聞いたというべきでしょうか」



 レモンは自分のスマホを取り出して、一枚の写真を表示させる。それは幼い桜さんと、もう一人の女の子、つまり幼い内海さんが写っているものだった。僕は気づかなかったけれど、よく見てみれば面影がある。



「それは…………どこで?」


「彼女の家の仏間に飾ってありました」


「ふぅん。行ったんだ」


「ええ、情報収集がてら」


「お父さん、元気そうにしてた?」


「いえ、どちらかというと不健康に見えました」



 痩せこけた桜さんのお父さんを思い出す。彼は誰が見ても健康とは言えないだろう。



「話を戻しましょう。あなたは桜さんと浩さんが付き合っていることを何らかのタイミングで知ってしまった。親友と恋人の二つを同時に失ってしまったわけです。そして一年後、桜さんは自殺してしまった。お父さんに聞く限り、遺書などは遺されていなかったそうですから、自殺の原因の詳細はわかりませんけれど、きっとあなたと相原先輩の関係を壊してしまったことを悔いていたと考えるのが自然でしょう。だからあなたは桜さんが死んでしまう原因を作ってしまった相原先輩を恨んでいる。これが私の推理の全てです」


「その通りよ!あいつはあたしを裏切っただけじゃなくて、あたしの一番の親友も奪っていったの!許せるわけないでしょ!?」



 憤る彼女の目から涙が次々とこぼれだした。将来を誓い合った恋人と、一番の親友を同時に失う時の喪失感は僕が今までに感じたものとは比べものにならないだろう。彼女はどれだけの悲しみと憎悪を抱いて生きているのか、またこれからを生きていくのか。想像するだけで僕も少し怒りをおぼえるほどだった。



 レモンは彼女の元に近づいて震える身体を抱きしめた。レモンの目元にも光るものが見える。



 一通り感情を発露し終えて、激情が治まったころ、内海さんはぽつりぽつりと真相を話し始めた。



 ◆◇◆◇◆



 桜と初めて出会ったのは小学三年生の時。あたしは同級生全員と友達になることを目標にしてた。クラスの隅っこで誰とも話さなかった桜に話しかけて仲良くなって、目標は達成できた。桜は私の他に友達がいなかったから自然と一緒に過ごす時間が増えて、いつの間にか一番の親友になってた。あたしはその頃結構我が儘で、こっちが友達になりたくても嫌われることが多かったから、桜は振り回しても嫌な顔一つせず付いてきてくれるのが嬉しかったんだと思う。



 そんな関係は小学生の間続いて、あたし達は中学生になった。一緒の中学校に進むものだとばかり思っていたけれど、住んでいる場所の学区の関係であたしは南中、桜は東中に進学することになった。当然受け入れがたかったけれど、休みの日は一緒に遊ぼうって言って納得した。



 中学生になったあたしは以前ほど我が儘を通すことをやめたこともあってか、友達が以前に比べてたくさん出来た。友達もどんどん色気づいてきて、恋愛のことを考えるようになった。そんなときに出会ったのが浩だった。同じクラスの隣の席の男子、出会いはただそれだけで、小学生の頃と同じ感覚で友達になろうと話しかけた。浩も優しかったから、しっかり仲良くなって、よく話をする関係になった。



 最初は他の皆も浩も同じ友達だった。新しく出来た友達と話す中で、あたしの中で恋愛への期待がどんどん膨らんでいく中で、浩への感情が徐々に変化していくのを自覚できるほどに、あたしは浩のことばかりを見ていた。



 浩は当時から野球が上手くて、他の女子からも人気だと聞いたあたしは焦燥感をおぼえた。今から思えば友達が面白がってあたしを焚きつけていたのもあって、まんまとのせられてしまったのだろう。あたしは数日のうちに浩に告白した。恥ずかしい気持ちを抑えて、目と目を合わせて。



 目を先に逸らしたのは浩だった。顔を赤らめながら何を言えばいいか迷っている様子だった。あたしもどうすればいいか分からなくなって、お互いに無言の時間が続いた。覚悟を決めたように浩が「よろしくね」と言ったとき、あたしはどうしようもなく幸せでたまらなくなって泣いてしまった。



 その後、休日は浩との時間に消えていった。桜にも彼氏ができたことは報告したのだが、やたら興奮した桜に「休日は彼氏との時間を過ごさないと」と押し切られて桜と会う頻度はどんどん少なくなっていった。それでも一ヶ月に一回のペースで必ず会うことにしていたけれど。



 浩とはカップルがするようなことを一つ一つ済ませていった。デートに行ってその帰り道に初めてのキスをした。その日はすごく幸せで、家に帰ってからも浮かれていたらお姉ちゃんに彼氏がいることがバレたりした。



 同じような毎日が一年と半年ほど経って、浩は毎日の部活の後に塾に通うことになった。毎日浩の帰りを待って一緒に帰っていたけれど、それが出来なくなって、浩ともメッセージでのやりとりが多くなった。しかし、相変わらず休日は一緒に過ごしていた。



 私の限られた休日は浩との時間に充てられるようになって、桜との時間はより一層減ってしまった。この頃浩はあたしが寂しがっていることを分かっていたのか、将来の話をよくするようになった。高校のこと、大学のこと、社会人になってからのこと。そしてその話の彼の隣にはいつもあたしがいた。一度からかうような口調で「それってもしかしてプロポーズのつもり?」と聞いてみたら「美穂がよければ」と返ってきて赤面したのはあたしの方だった。



 また少し経って、浩から休日にも塾に通うようにすると聞いた。私としてはこれ以上二人の時間を減らすのは嫌だったけれど、浩の将来に関わることだから文句は言えなかった。それに、あたしは浩のことを信じていたから、耐えられた。



 全部崩れたのは三年生になった四月のことだった。あたしは休日に家で勉強していた。浩は頭が良い。同じ高校に入るためにはあたしも好成績を維持しておく必要があった。あたしの両親は塾という場所には反対のようで、自分の力で頑張ることを余儀なくされた。



 その日はずっと家に居て外出するつもりはなかった。しかし予定外のことは起こるものだ。お姉ちゃんが彼氏を家に呼んで帰ってきた。両親は不在だったし、お姉ちゃんは私に彼氏を紹介すると「あんたそろそろ出かける時間じゃない?」と言った。あたしだって彼氏がいる。その言葉の意味くらいはしっかりと理解できた。



 帰ったら何を奢ってもらおうかなと考えながら目的もなくぶらぶらと歩きながら、たまには駅前でも行ってみようと思いついて、バスに乗り込んだ。浩は今日も塾に行って頑張っているはずだから、たまにはプレゼントでも用意しようかなと思っていたのだ。



 浩からは『今日も家で勉強中?』とメッセージが来ていた。詳しい事情を説明するのも恥ずかしいので『うん、お互い頑張ろうね』と返すとスタンプが帰ってくる。バスが目的地について、この街で一番栄えている駅前に到着した。



 駅前のモールをウインドウショッピングしながら、いいものはないかと考える。浩にあげるものと考えるとやっぱり野球関係のものしかないと決断して、スポーツショップに向かった。



 店内でどんなものがいいかなと思って物色していると、彼の好きなプロ野球選手と同じモデルだという手袋を見つけた。値段は少々張るけれど、買えないほどじゃないし、いざとなれば今日の件でお姉ちゃんに金銭の援助をお願いしようと思ってレジに向かう。会計を済ませて店内を後にしようとしたとき、私の目はそこにいるはずのない人物を見つけた。



「桜!」



 店内を物珍しそうに眺める桜がいて、あたしは思わず声をかけた。桜と会うのは数ヶ月ぶりだった。何故こんなところにいるのかという疑問はありつつも、今日予定もないことだし、久しぶりに一緒に遊ぼうと言うと、桜はばつが悪そうな顔をして「今日実は彼氏とデートなの」といった。



 あたしは桜に彼氏がいるなんて知らなかったから、一気に興奮して「えー!おめでとう!でもそれなら早く教えてくれれば良かったのに!どこにいるの?紹介してよ」と所在を尋ねた。すると恥ずかしそうに「もうすぐ会計から戻ってくるよ」と教えてくれた。



 あたしはいつになく興奮していた。あたし以外に友達のいなかった桜が男友達を超えて彼氏まで作っているなんて、感動だった。彼氏が戻ってきたら「見る目あるわね」って褒めて、桜を大事にするように約束させようとすら思っていた。



 そう、戻ってくるまでは。



「何でここに……」



 それはどちらが発した言葉だったろうか。いや、どちらも思っていたのは間違いない。



 桜は満面の笑みで駆け寄ると、慣れた手つきで甘えるように腕を組んだ。



「紹介するね、私の彼氏の、相原浩くん」



 その場が凍り付いていることに気づいていなかったのは桜だけだった。

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