表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

探偵レモンと桜の手紙5

「先輩は飲み物何がいいですか?今うちにあるのはコーヒーとお茶ぐらいなんですけど」


「じゃあ、お茶で」


「はーい、じゃあ入れてくるのでちょっと待ってて下さいね」



 そう言い残してレモンは部屋を後にした。当然そこに残されたのは僕一人である。そしてここはレモンの部屋である。リビングには取り入れて畳んでいない洗濯物などがあり、入れる状態ではないので、レモンの自室に招かれた、という経緯である。まずい。レモンの両親は共働きで帰りはいつも遅いらしい。更にまずい。



 レモンの実家は住宅街の中に埋もれるような何の変哲もない一軒家だった。地味で目立たないこんな家にレモンが住んでいるのは何となく違和感があった。



 見慣れない空間に目線を色々なところに移そうとして、会って二日目の女の子の自室を遠慮もなくじろじろと覗くのは倫理的にまずいということに思い当たり、顔を真正面に固定した結果、部屋の床にひかれたカーペットに正座し、微塵も動かない不審人物の完成であった。



 許せ、生まれてこの方女の子の自室になど入ったことはないのだ。言うまでもないが彼女もできたことがないのだ。そんな人物にこなれた対応を求めないでほしいものだ。



 石化魔法をかけられた僕の身体の呪縛が解けたのはレモンが飲み物をもって部屋に帰ってきたときであった。



「何やってるんですか?」


「石像のモノマネ」


「石像のモノマネ!?」


「うん、僕のことはどうでもいいから卒業アルバム見ようよ」


「どうでもいい状況じゃないんですけど!?」


「うん、僕のことはどうでもいいから卒業アルバム見ようよ」


「ええ、でも……」


「うん、僕のことはどうでもいいから卒業アルバム見ようよ」


「先輩が壊れちゃった!?」



 ははは、本当に僕のことなんて気にしなくていいのに。



 その後、何故か焦りまくったレモンに暖かいお茶を飲まされ、身体のこわばりが解けていった。レモンは「よかった~!」と何故か感動した様子だったのだが、何かあったのだろうか。



「先輩、私反省しました」


「何を?」


「先輩を軽率に自宅に招くべきではなかったということです」


「分かってくれたか」


「私は分かりましたが、先輩は分かってないと思います」



 一体どういうことだろう、と首をひねる。うら若き女性が家族もいない自宅に男性を招き入れるのは危険だという話だろう?それくらい僕にだって理解できるというのに。これではまるで僕が女の子の自宅に招かれたことで緊張が極限に達し、精神的な限界を突破してしまったみたいじゃないか。



 まさか!



「この話はここで終わりにして卒業アルバムでも見ましょう。推理が正解ならば、これで『桜』の問題は解決するはずです」


「他校の卒アルをみることになるとは思わなかったよ」



 卒業アルバムには各クラスの生徒の顔写真と名前の他に各学校行事の写真が載っていたくらいで、全て見るにも、さほど時間はかからなかった。しかし、予想とは裏腹に、見終わってもレモンの表情は変わらなかった。その様子を少し不安に思って声をかける。



「どうだ?『桜』の場所は特定できそうか?」


「……推理が外れたかもしれません。やっぱり先輩に言わなくて正解だったかも。恥をかくところでした」


「そっか……まあ、この町に数百本ある桜のうちからどれが当たりか見つけるのは至難の業ってことだな、あんまり気にしないでいこう。差出人の目処はついたんだしさ。そっちから攻めていこうぜ」


「そう……ですね。そうしましょうか。でもじゃあ浩さんはなんであの時、あんなことを……」



 と言ったきり、レモンは深い思考の中に潜ってしまったようで、軽い呼びかけには一切答えなくなってしまった。そうなると僕には何のすることもなくなってしまった。『桜』に関しても、推理に関しても、もう僕の思考の二歩三歩先で話が進んでいるので、今更僕が何かを考えることもないだろう。



 そう思って僕は別のことを考えることにした。それはレモンのことである。よくよく考えてみれば出会ってからまだ僅か二日。二日とは思えないほど様々な話をしているし、家にまで上がっているけれど、レモン自身のことは実際よく知らない。



 部屋はきちんと女の子らしさがあり、色はパステルカラーでまとまっている。なんとなくぬいぐるみなんかも部屋の片隅に置かれているが、見たことのないキャラクターのものだ。しかし、そんな中に異彩を放っているのが大容量の年季の入っているのが目に見えて分かる本棚の存在であった。その中には大量に本が詰め込まれており、ジャンルも様々取りそろえられていた。



 僕はなんとなく、ぬいぐるみやパステルカラーではなく、この本棚がレモンの性格の一番現れ出たところなんだろうな、と思った。そうすると、この部屋はどうにも取り繕われた女の子らしさのように思えて仕方がなかった。



 実際のところは、手紙の謎が解決してから本人に聞いてみれば良い話だろう。



「先輩。気になった本でもありました?」


「いや、特に」


「読みたくなったら言って下さいね。貸しますから」


「ありがとう。それより、あんまり長居するのも申し訳ないから、そろそろ帰ろうかな」


「分かりました。無駄足を踏ませてしまってすみませんでした」


「いやいや、全部が全部上手くいかなくて当然だよ。明日は僕もクラスメイトのこと調べてみる。集合はいつものところでいい?」


「それなんですけど、集合とかの連絡とか、情報共有のために連絡先交換しませんか?」


「オッケー」



 スマホを取り出し、チャットアプリの連絡先を交換する。すると早速レモンからスタンプが送られてきたので、スタンプを送り返した。これだけのやりとりに少しドギマギしたのは秘密である。その後は特に何もなく、また足を棒にしながら自宅までの道をえっちらおっちらとフラフラとした足取りで帰っただけだった。今日はよく寝られそうだ。



 ◆◇◆◇◆



 家に帰ると既に両親は帰ってきていた。とはいえ僕は最終下校時刻の七時まで学校で本を読んでいるため、基本的に帰宅は両親の方が早いのである。僕の両親もレモンの家と同じく共働きで、早く帰ってもすることもないため、学校に残ることが習慣になってしまった。


 玄関の鍵を開け軽く「ただいま」と声をかけて家に入る。靴を脱ごうと前傾姿勢を取ったとき、頭の上からはらりと桜の花びらが足下に落ちた。どこで付いたのかも分からないこの花びらが、なんだか大事に思えてしまって、拾ってポケットにいれた。



「おかえり。夕飯できてる……すごい汗!お風呂先に入ってきて。何?久々に運動でもしたの?珍しいこともあるわね」



 リビングに入って、ずっと持ち運んでいた学校指定の鞄を置いたとき、母がキッチンから顔を出した。



「ちょっと友達と歩くことになって、大体片道一時間くらいのところに」


「いいことじゃない。毎日それくらい運動してもいいのに。その友達っていつも言ってる浩君?」


「いや、別の子」


「あら、そっちの方が珍しいかも。新年度になって新しい友達でも出来たの?」


「まあね」


「彼女は出来た?」


「できるか!」



 僕と両親の関係は良好だといえると思う。毎日会話はするし、こちらから話しかけもする。過干渉になることもなければ、適度にこちらの様子を伺ってくれたりする。はっきり言っていい親なんじゃないかと思う。



 受験の際も僕は深く考えず、近くの公立高校に進学しようと考えていた。自分で言うのもなんだけど、中学校内でも僕は成績がいい方で、志望校と自分のレベルが合っていないことも分かっていたけれど、私立は学費が高いのも知っていたので、なんとなく親に勝手に配慮していた。



 それを両親はきちんと理解してくれていたらしく、学費などの不安がないことを懇切丁寧に説明して、僕が自分のレベルに合っている今の学校を受験することを後押ししてくれたのだ。高校に入ってからは学年全体のうちでも中くらいの学力で、上にもいかず、下にも落ちずを一年間続けたのだが、両親ともに僕の成績について言及することはなく、どちらかというと友達とか彼女がいるかが気になるらしかった。



 僕に反抗期らしき反抗期はなかった。それは両親が上手く距離を測ってくれていたおかげなんだろうと思っている。



「それより健介。詳しく聞いたことなかったけど、浩君って野球部の子だったわよね?」


「そうだよ。僕とはちがって、すごいやつだよ」


「すごいかどうかはどうでもいいんだけど、あの子を春の高校野球の全国大会のテレビで見たとき、どっかで見たことあった気がすると思ってたんだけど、思い出したのよー」


「そういや、そんなこと言ってたっけ」



 この前の三月の下旬頃、二人で休日にリビングでだらけつつ、浩の試合を見ていたときに急にそんなことを言いだして、思い出そうとしていたことを思い出す。どうせ、他人のそら似だと思っていたのだけど、どうやらそうではなかったらしい。というか、半年以上経った今もまだ思い出そうとしていたのか。



「あの子、鈴木さんがやってた塾の生徒さんよ」


「鈴木さん?」


「ほら、あんたと中学の時同じクラスだった女の子のお父さん。娘さんの下の名前、何だったかな」


「覚えてないなぁ。多分、喋ったこともないと思うけど」


「あー、あんたに聞いたのが間違いだった!」


「なんで浩がその塾に通ってたことを母さんが知ってるんだよ」


「あんたが塾に通いたいっていったら何処がいいか調査してたのよ。色々なところに話聞きに行ったりして。結局学校の授業と後は独学でどうにかなってるみたいだからいいんだけどね。その時に鈴木さんが個人経営してた塾にも話を聞きに行ったわけ」


「それいつの話?」


「あんたが中二のときの話よ」


「そんなことしてたの?」


「親だもの」



 母は気取る様子もなくそう言い切った。当然のことをしたまでといった態度から僕への愛情が窺えて嬉しいけれど、少し恥ずかしかった。



「説明を受けているときに丁度浩君が教室に入ってきたのよ。そうしたら鈴木さんが東中だけでなく、彼のように南中の生徒も通ってくれています、って紹介してくれて。だからなんとなく記憶に残っていたのね」


「ふーん」


「ようやく思い出してすっきりしたわ。あたしの記憶力もまだ馬鹿にならないわね。あんたもお風呂いって汗流してすっきりしてきたら?」


「はーい」



 ◆◇◆◇◆



 風呂に入り、夕飯を食べ自室に戻るともう夜の九時になってしまった。普段ならここから宿題をするか友人と通話をしながらFPSゲームでもするところなのだが、今日は学期始めで宿題も出ていないし、普段の倍以上疲れていたため、ゲームをする気も起きずにベッドに潜り込む。



 そうして今日あったことを思い出す。学校では浩との会話を録音して、そのおかげでレモンが差出人がクラスメイトであることを推理した。そして『桜』の特定のために南中へ向かったけれど、それは結局無駄足になってしまった。



 結局卒業アルバムが必要だったのは何故だったのだろう。外れた推理でもいいから聞いておくべきだったかもしれない。



 そんなことを思いながら、何の気なしに自分の卒業アルバムを手に取った。卒業と同時にもらったけれど、友達の数も多くなかった僕には興味を抱かせるものにはなり得なかった冊子を一年の間をあけて手に取ることになるとは思わなかった。



 目的もなくぱらぱらとページをめくる。中学時代の数少ない友人たちは元気にしているだろうか。また連絡でも取ってみようか。そんな他愛もないことを考えていたときに、そういえば母さんが僕の同級生だったという鈴木さんの名前を知りたがっていたな、と思い出して探してみることにした。明日の朝にでも母さんに教えてあげるつもりで。



 そして僕は鈴木さんを見つけて、不自然な手がかりの欠片たちが一つの線に繋がったような気がした。もう遅い時間なのも承知の上でレモンに電話をかける手は止まらない。数度のコールの後電話はつながった。



「もしもし?先輩どうしたんですかー?そろそろお風呂に入ろうかと思ってたんですが」


「ごめんね、でもどうしても伝えたくて」


「何があったんですか」


「『桜』を見つけたよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ