探偵レモンと桜の手紙4
南中に着いた頃には当然僕の足はボロボロになっていた。この後東中の学区にある自宅までまた歩かねばならないことを考えると憂鬱でたまらない。
南中にも当然の様に桜の木が生えていた。これらのうちのどれかが手紙の『桜』なんだろうか、と考えている間にもレモンはずかずかと校門を通って中に入っていく。つられるようにして中に足を進めるのだけれど、母校でもない中学校に入るのは、どうにも侵入しているという気持ちが強くて落ち着かない。絶対レモンのそばを離れないと決めた。
そのまま校舎内に入ってしまうと流石の卒業生でも侵入となってしまうので、玄関近くの事務室から来客名札をもらって首から提げる。アポイントは取っていなかったけれど、レモンが事務員さんと仲がよかったらしく、無事に来訪を許可された。
「中に入ることは出来たわけだけど、どうするつもりだ?」
「まずは職員室に向かいます。先輩も来ます?」
「廊下に一人残される方が地獄だって……」
職員室に来るまでだけでも見知らぬ制服姿は注目を集めていて、居たたまれない気持ちになったのに、一人廊下に残されるのは厳しいということで、そのまま着いていくことにした。「失礼します」と入室した先でも注目は浴びたのだが、その先頭にいる女性がどうやら見覚えがあると分かった一人の若い女性教師が「梶本じゃないの!」と立ち上がって招いてくれた。
「ムロ先生。ご無沙汰してます!」
「久しぶり、っていうには短い期間だったけどね。どう?高校生になって何か変わった?」
「特にまだ、実感はないです。制服が変わったくらいですね」
「可愛い制服よねー。よく似合ってると思うわよ」
「ありがとうございます!」
一通り女性同士の姦しい会話が落ち着いたところで、ムロ先生と呼ばれた彼女の視線はレモンの後ろで手持ち無沙汰にしていた僕の方に向かう。どうやら見覚えがあるか確かめていたようだけど、ごめんなさい、僕は他校出身なので見覚えはないことだろう。先生としては教え子の名前を忘れてしまったかもしれないといういらぬ緊張感を与えてしまったかもしれない。
「それで、今日はどうしたの?中学校が寂しくなっちゃった?それに彼は?もしかして高校で出来た彼氏でも紹介しに来てくれたの?」
「ち、ち、違います!この方は先輩です!」
どうやら探偵は恋愛には疎いらしい。僕も自らの胸で早まる鼓動を棚に上げつつ自己紹介をすることにした。
「すみません。自己紹介が遅れました。東野健介と申します。東中出身で現在は梶本さんの先輩にあたります」
「東中出身か。道理で見覚えがないはずだよ。私、記憶力には自信があったのに、生徒の顔、忘れちゃったかと思って焦ったー!じゃあ、自己紹介しないとね。私は室山優花。担当科目は国語。そしてこの子の元担当。よろしくね」
「よろしくお願いします。すみません。紛らわしい形で来てしまって」
「いいのよ。これからも梶本と仲良くしてやってね。この子中学通して友達がほんとに少なくて気にしてたのよー。高校に入って仲のよい先輩が出来たって聞けて安心したわ」
友達少ないんだこいつ。よくよく考えてみると高校に入学して三日目の放課後に、クラスメイトと交友するのでもなく、人気のない第二運動場の桜の木の下で一人本を読んでいるようなやつだ。趣味は読書、顔がすごく可愛い、うちの学校に入れるレベルの高い学力といった様々な要因が相まって、本人の意志とは裏腹に、高嶺の花と化したレモンの姿が容易に想像できた。
「ムロ先生!もう私の話はいいですから!」
「なに?恥ずかしがってんの?」
「そんなんじゃないですけど!もう!今日はちょっと聞きたいことがあって来たんです!」
「聞きたいこと?」
友達が少なかったことはレモンの中では禁句らしい。何か生意気なことを言うようだったら、このネタでからかってやろうと決めた。
「ムロ先生って、相原浩さん知ってますか?」
「相原?もちろん覚えてるよ。二年前の野球部のエースだったんだから。あの子がいたから万年地区予選一回戦敗退だった南中野球部が近畿大会までいけたんだから。最終学年はあんまり振るわなかったけどね」
「今日ここに来たのは、その相原先輩についてのお願いなんです」
「相原先輩……そうか梶本と同じ学校に進学したんだっけな」
「はい。相原先輩、うちの学校でも野球部なんですけど、最近調子が悪いそうで……どうにか元気づけてあげたいって先輩から相談を受けたんです、ね?」
話を聞いているだけでいいと思っていたら、不意に巻き込まれる。笑顔で「ね?」と言われたが、間違いなく話を合わせろとの合図だろう。
「ええ、浩とは高校生に入ってからの友達なんですけど、一年生からレギュラーで二年生になって四番に据えられたんですけど、どうにも不振が続いていて。あいつも焦っちゃってるみたいで、無理に今までと違うことやってまた失敗して、みたいな悪循環に入ってしまっている気がするんです」
横目でレモンに合図する。後はお前がどうにかしてくれ。
「へぇ。相原、またそんな感じなんだ」
「また?」
「さっきちょっと言ったんだけど、中学三年生の時のあいつと似た感じだよ。二年生まではめざましい活躍具合で、スカウトも見に来てたらしいんだけど、最後の年があまりにも振るわなくて推薦してくれるところもなくなっちゃってね」
「その時の相原先輩に何かあったんですか?」
「詳しくは知らないけど、噂になってたのは彼女に振られて精神的に参ってたんじゃないかって話。相原と……誰だったかな。とにかく彼ら生徒の間でも有名なカップルだったらしいんだけど、三年になって疎遠になっちゃったみたいで。あくまでも噂だけどね」
浩なら彼女ぐらいいてもおかしくはないだろうけど、そんな話は初めて聞いた。野球に影響が出るほど好きな人だったのなら、辛いし話したくもないだろう。
「そうなんですね……。話を戻すと、どうにかして相原先輩を立ち直らせようと思ってどうしようか話し合ったんです。それで寄せ書きはどうかという話になりまして。高校の友達だけじゃなくて、中学時代の友達からも一筆頂こうかと考えたんです!」
「ほう、寄せ書きか。いいじゃないか。実に青春って感じだな」
「ですが、私たち先輩の交友のあった方の連絡先を知りたいんです。難しいお願いだとはおもうのですが二年前の卒業生の名簿など見せてもらえませんか?」
「うーん……そう来たか。名簿は個人情報保護の観点からみせられないんだよね。でも、その取り組みは応援してやりたいし……」
本題はこれだったのか。レモンは浩の交友関係を調べるつもりだったのだ。それにしても、レモンの話しぶりは常に真に迫っていて、探偵より詐欺師の方が向いてるんじゃないかと思ってしまった。だけど、浩の交友関係と『桜』の特定と何の繋がりがあるのだろうか。
室山先生は真剣に何か解決策がないか考えてくれているようだった。その姿を見てすごく申し訳ない気持ちになる。加えて先ほどの話が全て嘘だということは死んでも話すまいと思った。
「そうだ!卒業アルバムなら見せてやれるよ。私も持ってるから。住所とか電話番号は教えるわけにはいかないんだけど、名前と顔くらいなら分かるだろ?」
「十分です!ありがとうございます!ムロ先生!」
「いいよいいよ。友達想いの先輩に心打たれただけだよ。えーっと確か、一番下に……あった。これでいいか?」
「すみません、お借りしてもいいですか?」
「寄せ書き完成したら返してくれたらいいよ。また顔出しに来な梶本」
「ありがとうございます!では失礼します!」
そういうとレモンは颯爽と職員室から出て行こうとする。僕も一つお辞儀をして、その後に続こうとしたところを室山先生に呼び止められた。
「まだ何か?」
「ああ、たいしたことじゃないけど。梶本があんなに楽しそうなのは初めて見たからさ。あの子頭はいいんだけど猪突猛進の節があるから、どうか見守ってやってね。東野君」
「ええ、そうしようと思います」
「それと……」
「それと?」
「本当に彼氏じゃないの?あの反応はちょっと疑わしいんだけど!」
「残念ながらただの先輩です」
「なーんだ。つまらないの」
◆◇◆◇◆
南中を後にして、またレモンが何処かへ歩き始めたので、今度は目的地も分からない状態でだらだらと歩いていた。
「先輩、私心が痛いです」
「いくつ嘘ついたか分からないもんな。それで、目的のものはそれでよかったのか?」
「本当は名簿が良かったんですけどね。さすがにプライバシー管理はしっかりしてました。でも顔と名前が分かるだけでも十分です。住所と電話番号は後から探しましょう」
「結局、僕はまだ浩の卒業アルバムなんてものを必要としているのか理解できてないんだけど」
「あれー?先輩、まだ気づいてないんですかー?推理、聞きたいですか?聞きたいですか?」
僕がまだ分からないことを伝えると、目をキラキラと輝かせた上に、いつものドヤ顔でこちらを見てくるので、イラッと来たため、先ほど手に入れたカードを早速切ることにした。
「うん。聞きたいから早く話してよ、ボッチ探偵」
「ボッチはやめてくださいよ!」
「じゃあ、そうやって僕を煽るのをやめようね」
「……すみませんでした」
「うん、こっちもボッチって言ってごめんね」
シュンとしているレモンは可愛げがあるのだが、どうにも彼女は人の気持ちを逆なでする才能があるらしい。というかコミュニケーションの取り方が苦手なのかもしれないなと思った。本当に友達が少なかったことが窺えて、少し悲しくなってしまった。
「卒業アルバムが必要な理由については、少し待ってもらえませんか。まだ確定してないので、自信満々に話した後に間違ってた、なんてことになったら恥ずかしいので」
「分かった。じゃあ楽しみに待ってることにするよ。ところで今はどこに向かってるんだ?もしかして手紙の中の『桜』か?」
「いえ、それはまだ。ただ道端でこのアルバムを見るわけにもいかないでしょう?だから少し落ち着けるところに移動しようと思いまして」
「落ち着けるところか、南中の校区は詳しくないんだけどさ、カフェとかファミレスとかって近くにあったっけ?」
「いえ。ここら辺はほぼほぼ住宅街で飲食店はほとんどありませんよ。あってもコンビニがあるくらいです」
「じゃあ、今は何処に……?」
「着きました。ここです」
そう言ってレモンが立ち止まったのは住宅街のど真ん中。この時点で嫌な予感がひしひしと伝わってくる。レモンは自分の鞄の中をごそごそと漁っているかと思えば、その中から鍵を取り出した。その鍵が何を開けるものかなんてことは言うまでもないだろう。
「私の家です!どうぞ!」
頭上にチョップが炸裂した。