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神の計略  作者: 日之本オタ
3/10

3.集団自殺




 セリーヌの留学の手続きは意外と簡単であった。電子申請の審査はAIが行うため、千草が受け入れの承認をすると即時に完了した。またこれに(ひも)づいて就学ビザもとれたため、その日のうちにセリーヌは産業総合研究所の研究生となっていた。千草によると、日本は国策として若い優秀な学生を海外から受け入れることを推進しているので、このような手続きはスムーズに進むことが普通になっているとのことである。

 フランスの寮については、一旦帰国して荷物を引き上げるつもりで連絡を入れたが、寮にはかなり空きがあることから、そのままでよいこととなった。これも少子化の数少ない利点なのかもしれない。セリーヌはその日から産業総合研究所の寮に入ることができ、予定していたホテルを全てキャンセルすることとなった。翌日、東京に行って秋葉原を探索する予定がなくなってしまったことは残念だったが、しばらく日本にいるのでまた機会もあるだろうし、大阪にも日本橋があるのだ。それにこれからしばらくは放送されるアニメをリアルタイムで見ることができるのだ。

 それから数日は生活必需品を買い揃えたり、そのついでに日本橋に足を伸ばしたりして、セリーヌにとって充実した日々を送っていた。気がついたら、生活必需品にかけたコストよりも日本橋が買ったおたくグッズの総額の方がはるかに高額となっていたのは内緒である。おかげでセリーヌの寮の部屋はセリーヌの理想のものとなっていた。

 研究所では千草がセリーヌの指導員となったため、セリーヌは千草の助手のような位置づけとなっていた。ここ数日は日本に来てから得た情報を整理して資料にまとめながら、千草の過去の研究レポートを読む日がつづいていた。



 研究員となって十日ほど経ったある日、電話を取っていた千草が通話を終えるなりセリーヌに言った。

「大阪府警から事件の知らせよ。出かけるわ」


「はい?」


 何がなんだか理解できないまま、セリーヌはあわてて身の回り品の入ったバッグを肩にかけて、千草についていった。セリーヌが千草の車の助手席に乗り込むや否や、千草は車を急加速させて研究所構内から飛び出した。どうやら千草はハンドルを握ると性格が変わるタイプのようだ。自動運転なんかは使わない人種なのだろう。


「あの、千草さん、何があったんデスカ。」

千草の運転に少し怯えながらも、セリーヌは聞いてみた。


「難波で集団自殺があったらしいのよ。」


「しゅ、集団自殺デスカ?」


「ええ、大阪府警の話では、マンションの一室で18人が死んでいるのが見つかったそうよ。」


「それは大変な事件デスネ。でもどうして千草さんがそこに呼ばれるのデスカ。」


「こういった特殊な事件では、再発防止に向けて社会学的側面からの考察が必要になるの。平たく言うと、警察が事案報告書を提出する際に、学術界からのコメントとサインが必要というわけ。うちは先達が実績を積んできているから、この手の事件では必ず声がかかるのよ。」

 会話を続けながらも、車は千里中央を抜けて新御堂筋を南に爆走していった。


「集団自殺デスカ・・」


 セリーヌは自分のテーマとは直接の関係はないかもと思いながらつぶやくと、セリーヌの心を読んだかのように千草が言った。

「死ぬということはそこで進化にブレーキをかけることよ。」


 セリーヌは自身の考えの浅さに赤面する思いだったが、前方にトラックの荷台が迫るのを見て思わず叫んだ。

「千草さんもブレーキを踏んでくだサイッ!」



 駐車場に車を止めてマンションのエレベータで上がると、ある一室の前に立ち入り禁止のテープが張られ、捜査員が出入りしていた。千草が入り口の捜査員に声をかけると、中から初老の刑事がでてきて、千草に笑顔で話しかけてきた。どうやら顔見知りらしい。

「よお、須美ちゃん。わざわざすまんの。」


「あら、青野さんが担当でしたの。でもどうして集団自殺を青野さんが担当しているのですか。青野さんは四課で暴力団担当ですよね。」


「どうもここんとこ、自殺に使う薬が暴力団から流れてきとるようなんや。ところで、そっちのベッピンさんは?」


 セリーヌはあわてて自己紹介した。

「はじめまして、セリーヌです。今月から千草さんのところで研究生をしていマス。」


「ほうか、ほうか。わしは青野志郎いうんや。ジャパニーズマフィア担当や。まあよろしゅーな。ははは。」

 豪快に笑う青野を見て、人はよさそうなものの、真田自身がマフィアのボスのような顔つきだなと、失礼な考えを禁じえなかった。


「こちらこそ、よろしくおねがいしマス。」


 いそいで頭を下げるセリーヌに手を上げて答えながらも、青野はまじめな顔に戻って千草に向かい、話し出した。

「須美ちゃん、こいつら年齢も性別もばらばらや。ちゃんと調べてみんことには断定できんけど、たぶん面識の無いもんがネットで示し合わせて集まってきたんやな。ほんで、みんなでセナトニブを飲みよったんや。」


「セナトニブというと、自殺用の処方薬ですね。」


 千草は、目をぱちくりさせているセリーヌに向けて解説した。

「セナトニブは人の神経系の受容体を阻害(そがい)して穏やかに神経の信号伝達を止めるから、眠るように意識を失って呼吸や心臓が止まっていくの。すごく楽にきれいに死ねるから、医師が自殺希望者に処方する薬になっているのよ。」


「そやから、裏では『天使の死神』と言われとるんや。これが最近暴力団の資金源になっとるから、わしはその線を洗っとるっちゅうわけや。」


 そう説明する青野に千草は尋ねた。

「でも、セナトニブはものすごく厳重に管理されてますよね。製造時にメーカーでシリアルナンバーが打たれて、流通でも全てチェックされ、使用時も必ず医師が立ち会って、使用された後はその番号はメーカーに通知されるようになっているから、どこから漏れたかはすぐわかるように思うんですけど。」

「それはそうなんやけど、そこが蛇の道は蛇なんや。なあ嬢ちゃん、セナトニブの末端価格はなんぼやと思う?」


 いきなり振られたセリーヌは、あわてて適当に答えた。

「えっ、あの、10万円ぐらいデスカ?」


 青野はにやにやしながら言った。

「それがな、値段は決まっとらんのや。考えてもみぃ、セナトニブを買う奴らは、そのあと死ぬんやで。もう金を持っとってもしゃあないやろ。」


「あっ、全財産を払うってことデスカ?」


「そういうこっちゃ。こんなおいしい商売、暴力団の連中が見逃すはずがないやろが。どないしてでも薬を手に入れようとするわけや。ほんでも、今回の犯人はまだ良心的な方なんやで。ほんまモンの薬を売ったわけやからな。中には偽モンの毒薬をセナトニブちゅうて売るケースも結構あるんや。被害者は飲んだ後に『偽物やったから金返せ~』なんて言わへんからな。わし、これまで何べんも偽の毒薬で苦しみぬいて死んだ連中を見てきたんや。」


 ぞっとする話に、セリーヌは青くなった。


「わしはもうちょっと現場を調べなあかんから、須美ちゃんは自由に調べといて。なんかわからんことあったらいつでも聞いてくれたらええから。」


「ありがとう青野さん。」


 千草を見る青野の目が、娘を見る父親の目のようなのにセリーヌは気づいていた。本人は意識していなくとも、どうも千草には周りの保護欲をかきたてるところがあるようだ。多方面から千草に声がかかるのは、先達の実績だけが理由ではないのだろう。


 部屋の中に入り、遺体が並ぶ現場に立ち尽くすセリーヌは、千草の声で我に返った。

「セリーヌさん、大丈夫?」


「あっ、はい。」


「いきなりハードな現場に立ち合わせちゃったわね。自殺に関する歴史的経緯については詳しいかしら。」


「いえ、あまり知りまセン。」


「そう、じゃあ簡単に説明しておくわね。まず、意図的に自殺するのは死を理解している人間だけよね。そこを踏まえたうえで、自殺は過去からあったにしても、二十世紀あたりから自殺率が上昇していったの。それに拍車をかけたのが2136年にオランダで成立し、世界に広がっていった自殺許容法ね。これは2001年に同じくオランダで制定されていた安楽死法の影響を受けたものね。安楽死法は、大きな苦痛を伴う病人が死ぬ権利を求めて制定されたもので、本人の意思で安楽死を選択できるようになったの。その後、まだ終末期でない患者にも安楽死が認められたことから、これを受けて人権団体が活動し、『人生に大きな苦痛を伴う者も同様に死を選択できるようにすべきだ』との主張が通って、自殺許容法が成立したのよ。

 自殺許容法の下では、心療内科医による診察を行って、患者の意思と医師の同意があれば、楽に死ねる薬を処方できるようになったわけ。死に対する理解が深まって、そこに至る苦痛が取り除かれたことから、爆発的に自殺が増加していったというわけね。実際のところ、今回のように自殺薬が裏で出回って、医師の診断なしに自殺する人も多くなり、社会問題になってるんですけどね。要するに、死のうとしている人にとっては、自殺を止められる可能性がある医師の診断なんて受けたくないってことね。結局は、死を考えている人にとっては、自殺許容法の存在自体が死を決心するためのハードルを下げる効果をもたらしているのでしょうね。・・さて、お仕事もしなくちゃ。」


 話し終えると千草は鑑識に向かい、死者たちの身分がわかる所持品を見せてもらっていた。千草は腕にはめた携帯端末をこれらの所持品にかざして、携帯端末に話しかけた。

「サンケンくん、ネットから彼らがお互いに連絡を取り合っていた内容を集めて分析してちょうだい。」


 千草の腕近くの空間に半透明のサンケンくんが現れ、千草に答えた。

「わかったケン。ネット探索開始!」


それを見たセリーヌは興味深そうに千草に尋ねた。

「そのサンケンくんって、ホログラムなのデスカ。」


「いいえ、ホログラムは何も無いところには投影できないですからね。これは、発光するマイクロマシンを携帯端末の電磁場でコントロールしているんです。そうね、ドローンをたくさん使って夜空に映像を描くパフォーマンスがあるでしょ。あれをすごく小さくしたものだと思えばいいわね。」


「すごいデスネ、何も無いところに立体スクリーンができるんデスネ。」


「便利ではあるんだけど、マイクロマシンへの非接触電力供給に制限があるから、あまり大きなものは表示できないし、それに晴天の屋外とか明るいところではちょっと見えにくい・・」


 千草の言葉をさえぎって、サンケンくんがしゃべり始めた。

「探索終了。対象者同士が連絡したメールが32件、SNSが136件。全てここ一ヶ月以内のものなんだケン。先月の15日に裏サイトで参加者を募集が始まって、面識の無い人が2日前にここに集まり、その日の21時32分にこの世に別れを告げる最後のつぶやきが書き込まれているケン。」


「やっぱり、そうなんやな。」

 青野がいつの間にか傍に来ていた。

「そんで、ヤクとカネの流れは分かるか?」


「この一ヶ月で、対象者がここにいない未知の人物と連絡を取っていたものが6件あるケン。内容はお金と薬の受け渡し方法。お金は電子マネーで、薬は手渡しじゃケン。」


「まあそうやろな。銀行口座は今は全部マイナンバーと紐づいとるから、振込みなんかに使こたら一発でバレる。現金はかさが多くなるし、足がつかんのは電子マネーぐらいや。ヤクもカネと引き換えになるやろからな。ほんなら、犯人はここに来よったんやろから、監視カメラで追えるんとちゃうか。」


挿絵(By みてみん)


「監視カメラへのアクセスは、警察のサーバーにログインしないとできないわね。青野さん、ログインIDを借りるわね。」

千草はそう言いながら、青野の返事を聞く前にいきなり青野の手をつかんでその指を自分の携帯端末に押し当てた。


「指紋認証完了、監視カメラシステムにアクセスするケン。」


セリーヌは、千草が勝手にアクセス権を利用したことに青野が怒り出すかと思い、ハラハラしながら二人を見つめたが、青野は何も言わずにサンケンくんを見つめていた。たぶんこれはいつものことなのだろう。いやむしろ、青野は千草に手を握られて少し嬉しそうにしていた。


「監視カメラには当日、死亡者以外に一人だけ別の人物が写っているケン。」


 サンケンくんの声に青野は飛びついた。

「そいつや、画像を出してみぃ。」


「そこのテレビに送るケン。」


リビングにあったテレビに電源が入り、分厚いコートに深々と帽子をかぶり、マスクとサングラスをつけている人物が映し出された。


「なんや、これやといっちょもわからへんな。」


 落胆する青野をよそに、千草がサンケンくんに指示を出した。

「町中の監視カメラの映像を連携させて、この人物の動きを時間の前後に追跡し、どこから来てどこに行ったのかを追いかけてちょうだい。」


「わかったケン。」


返事をして、ものの5秒も経たないうちに、サンケンくんが答えた。

「来たところも、行った先も同じイベント会場じゃケン。そこは難波のハロウィン仮装の更衣室に指定されていて、そこに入っていったんじゃケン。更衣室周辺には監視カメラがないから、人物の特定はできないケン。更衣室に入ってでてきたのが、全部で382名いるから、そのうちの誰かなんだケン。」


「ちくしょー、面倒なことしくさって。こんだけ全部洗わんといかんのか。」


 青野の落胆に千草も同意した。

「そうね。仮装前に顔を出している人はすぐ身元がわかるけど、元々顔を隠している人もいるから、そういう人はそれぞれ監視カメラで追跡していかないといけないわね。」


「いや、そういう顔を隠しとる奴があやしいんとちゃうか。」


「それはそうなんですけど、裏をかいてあえて顔を出しているかもしれないから、結局は全員調べないといけないわね。」


「むー、そうなるか。まあしゃあないな。ほんで暴力団構成員のデータベースと照らし合わせたらええんやな。」


「かなり手際が慎重ですから、暴力団員自身が実行していないかもしれませんね。バイトの受け子を使っている可能性が高いかもしれませんね。」


「そやな。カネに困っとる人物を優先して、しらみつぶしに調べなしゃーないな。」


 青野がつぶやいた直後、サンケンくんが声を上げた。

「今朝発生した地下鉄本町駅での転落死亡事故の死者が、仮想パーティー参加者382名のうちの一人に一致したケン。監視カメラの死角で転落したので、転落の瞬間は記録されていないケン。」


 全員が顔を見合わせる中、サンケン君が続けた。

「対象者は池水助治25歳。この人のメール履歴の中に、高額バイトとして受け子に応じたものがあるケン。メールの中に、薬やお金の引渡し方法も指示してある。メールの相手は中東のプロキシサーバーを経由しているので追跡できないケン。」


 ネットが発達して犯罪に使われるようになると、捜査のために利用者の開示請求が行われるようになってきた。しかし小国の中には、外貨獲得のために開示請求に応じないサーバーを高額で貸し出すところがある。これらのサーバーを利用して、ネット犯罪は今でも多く行われている。


「くそっ、口封じしやがったな。」


 歯噛(はがみ)みする青野を千草がたしなめた。

「まあまあ青野さん、でもこれで捜査対象がかなり絞れますよ。サンケンくん、お金や薬の引渡しはどうするように指示されてるの?」


「薬は一週間前に池水のアパートに郵送されてきているケン。電子マネーのカードと返送用封筒も同封されていて、それで受け取った電子マネーのカードを返送することになっていたんじゃケン。返信の宛先はメールには書かれていないから、たぶん返信用封筒にだけ書いてあったんだケン。」


「そう、池水に送られて来た郵便物の投函記録を調べて、ポストの場所と投函時間は分かるかしら。」


「池袋駅前第14ポストで、前日の11:12に集配されたものじゃケン。その前の集配が09:23なので、その間に投函されているケン。」


「その間の監視カメラの映像から、比較的大きな封筒を投函した人物を絞れないかしら。」


「そうか、そいつが本町駅のホームにおった奴と一致したら、そいつが犯人なんや。」


 勢いづく青野を千草がたしなめた。

「そうね、でも殺人の実行犯と投函者が同一人物とは限らないわ。」


「そらまあそうやな。相手は暴力団の可能性が高いから、組織で分担しとるかもしれんわなぁ。」


 そこにサンケンくんが口を挟んだ。

「投函者は35人いるけど、薬が入る大きさの封筒を投函したのは4人じゃケン。マスクをしていて顔が分からない人もいるケン。」


「それじゃ、その4人の行動をトレースしていって、立ち寄り先をピックアップして頂戴。特に暴力団関連の事務所に立ち寄っていないか調べて。」


 千草の指示を受け、サンケンくんは少し沈黙した後で答えた。

「一名が広域指定暴力団金口組の事務所から出てきて、そこに戻っているんじゃケン。」


「おっ、ようやった。まだ証拠固めせなあかんけど、ここまで方向が見えてきたらこっちのもんや。そしたら、わし署に戻るわ。須美ちゃん、今日はおおきに。そんで、報告書のコメントあんじょお頼むで。」


 去っていく青野に手を振った千草は、セリーヌを連れて自分の車に戻った。帰路、運転しながら千草はセリーヌに意見を求めた。

「私たちの仕事は今回の件についての社会学的考察なんだけど、セリーヌさんどう思います?」


「えっとそうですネ、恥ずかしながら、最初は今回の件と自身の研究テーマの関連性は分からなかったんですガ、よく考えるとむしろ自殺の件は私の課題の典型的な例だと思いマス。生存競争のある環境下では、死を避けようとしない生物は絶滅していきマス。当然、生き残った生物は死を恐れるという特質を持ったものだけとなりマス」


「そうね。本当はもしかすると死は怖いものじゃないのかもしれないけど、死を恐れて避けようとする本能を持っているものだけが生き残っているから、結果的にはそういう特質を持つことになるわね。」


 千草の補足にセリーヌはうなずき、話を続けた。

「そうなんデス。いずれにせよ、死は本能的には恐怖の対象になるわけデス。これに対して、知性を持った人間は死について分析できるようになりマス。もちろん人間も進化の過程で獲得した本能的な死への恐怖を持ってはいますが、知性により死というもの自体の本質を理解することもできるわけですよネ。場合によっては、死ぬことを『楽になる』と表現することもありますカラ。」


「それでも一般的には、理性的であっても死は避けたいと願うものよね。それじゃ、セリーヌさんにとって死を避けようとする具体的な理由はなんなんでしょう。」


「たくさんありますヨ。知り合いを悲しませたくないデス。やりたいことができなくなりマス。将来起こることを知ることができまセン。大事な人と一緒にいられなくなりマス。今の生活を手放さないといけなくなりマス。まだまだいくらでも出てくると思いマス。」


「つまり、そういった理由がなくなった場合、あるいはそれらよりも死にたい理由が上回った場合には、自殺することになるのかしらね。」


「はい、そうですネ。」


セリーヌがうなずくと、千草がこれを整理した。

「まとめると、知性の無い動物は自殺することなど思いもよらないことですが、知性がある場合には、死というものの存在を理解し、死にたいという理由が行きたい理由を上回り、死は『楽になる』かもしれないものであることを知る、という条件を満たして自殺に至るということですね。」


 これを聞いていたセリーヌは思わず声をあげた。

「あっ、これも知能の発達が死につながる因果律になっていますネ。特に、『死にたい理由』というのは、進歩し複雑化した社会で生じるストレスがこれを助長しますからネ。」


 しゃべりながらセリーヌは、さらに思い至ることがあったようだ。

「えっ、すると、私はこれまで『一定以上の進歩にブレーキをかけるようなしくみ』がこの世界にはあると考えていたんですけど、そうではなく、『一定以上の進歩をした生物は絶滅するしくみ』なんじゃないでしょうカ。いままでの事象は全てこれに当てはまりますヨ。」


 黙って運転を続ける千草をよそに、セリーヌは続けた。

「オゥ、神様っ。・・オゥ、ごめんなさいネ千草さん、私はそんなに敬虔(けいけん)ではないですが一応クリスチャンですので、つい、神様が世界をそんな風に作ったのではないかと思ってしまいマス。」


 少し感情的になったセリーヌに千草は落ち着いた声で言った。

「私は特定の信仰を持っているわけではありませんが、科学を深く学んだ人が神様の存在を感じるのはよく聞く話ですね。でも本当に神様がいたとして、この世界を創造したのだとしたら、どうしてそんな仕組みをこの世界に組み込んだのでしょうね。」


 その時の会話が正鵠(せいこく)を射ていたことを、二人はまだ知らなかった。


以下、蛇足の追記:


●セナトニブ <ウソ>

 こんな薬はありません。製薬会社がその気になったら簡単に作れるのでしょうけど。


●自殺許容法 <ウソ>

 これも人権団体が猛反対するでしょう。ただ、「赤ちゃんポスト」がセーフティーネットとなるか議論を呼んでいるように、自殺する人の最後の相談窓口として機能する可能性があるかもしれません。


●安楽死法 <ホント>

 海外には実在します。日本でも議論が始まっています。


●指紋認証 <ホント>

 あたりまえですが、あります。ただ、ピースサインなどの写真から、指紋認証のリスクが指摘されています。また、こういう生体認証は便利ですが、管理元のセキュリティが割れて、データが流れ出すと大変なことになりますね。



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