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あした色の歌  作者: starnavigation
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7.星に願いを

 丘をこえた小さな町で、トムはスミレという名前の女の子に出会いました。

 スミレは空にかかる白い星の群れに、願いごとをささげていました。

「なにをしているの?」

 そうたずねたトムに、スミレは笑顔で応えました。

 だけどトムはその時のスミレの瞳を、とてもこわく感じました。

「やさしくなれますようにって、お願いしているの」

「やさしくなれますように?」

「あたしやさしくないから。だからもっとやさしくなって、みんなとたのしくあそんだり、おしゃべりしたりできるように、この星にお願いをしているの」

 トムはきょとんとした顔を、しばらくの間続けました。

 スミレはそんなトムのことを、なにかしてあげたい、なにかあたしに求めていることがあるのだろうと、心の手前のほうで感じていましたが、黙ったまま、さっきの白い星の群れを眺めなおしました。

 そしてトムの顔を見ずに、言いました。

「ほら、見ての通り。全然やさしくないでしょ。あなたがなにかを求めていることを、あたしは感じたけど、こんなふうに、なんにも知らない振りをしている」

 トムはちょっとだけ、胸の奥に傷が入った感覚を覚えました。

 振り返ってスミレが言いました。

「あたし人を傷つけてばかりなんだ。全然やさしくなくて、みんなに迷惑ばかりかけて。こんな自分のことが大きらい。スミレっていう名前も大きらいなの」

 スミレは黙ったままのトムの機嫌をうかがわずに、言葉を続けました。

「お父さんとお母さんがこの名前をつけてくれたの。スミレっていうお花は知ってるでしょ?」

 トムは頭の中で精一杯考えてみましたが、すぐにスミレに返事を言ってあげることができませんでした。

 スミレは少しだけトムのことを待ってあげましたが、また背中を向けて口を開きました。

「小さな愛とか、誠実っていう花言葉があるらしいの。お父さんとお母さんはそんなふうにあたしに育ってほしいって願いをこめて、この名前をつけたらしいんだけどね。でもそんなの、あたしには窮屈なものでしかないもん。そんな生き方なんて、あたしにはできないんだから」

 トムはさっきの傷のせいではないことは知っていましたが、なぜか急に泣きたい気持ちになりました。

 実際、トムの瞳はいつもよりも赤く染まっていました。

「泣いてるの?」

 スミレが気づくぐらいに、トムの瞳は瞬く間に、涙に包まれていました。

「はぁー、また傷つけちゃった。もうやだ。なんであたしがこんなことにならなくちゃいけないの」

 スミレはトムの両方のほっぺたを、その両手で押さえました。

 むぎゅっという擬音が、思わずトムのその口から、飛び出してきそうでした。

「あたしはわるくないよね? あんたがただ泣き虫だから、あたしの話を聞いただけで泣いたんだもんね。わるいのはあんただよね? そうでしょ? あたしはおかしなことなんて、ひとことも言ってないよね?」

 トムは押さえられた両方のほっぺたを、がんばって動かそうとしました。

 でもスミレはもっと強くそれを押さえて、トムの言葉すらも押さえこみました。

 うがうが、ごにょごにょという音だけが、白い星の群れの下に響いていました。

 そしてまっすぐトムの顔を見て、スミレはトムの名前をたずねました。

「トム」という言葉が聞こえたのと同時に、押さえていたその手が離れました。

「ねぇ、トム」

 荒く息をするトムに、スミレは言いました。

「あの星に願いごとをささげると、神様がかなえてくれるんだって。トムはなにをお願いする?」

 まだ十分な空気を吸いきれていないトムは、スミレの質問の意味がよくわかりませんでした。

「トムはこの町からどこまで行くの? もしかして旅人? じゃあ無事に旅の目的地までたどり着けますようにってことを、あたしがお願いしておいてあげるよ」

 トムはさっきまでとは反対のことを、スミレにしました。

 スミレもまた同じように、むぎゅっという擬音が、その口から聞こえてきそうでした。

 そしてすぐに、その手をあの星に合わせました。

「早くあしたに会えますように」

 スミレは強い視線でトムのことを見つめました。

 それに気づいたトムから、スミレに話しかけてあげました。

「ぼくはあしたを探しに行ってるんだ。あの白い星の群れのもっと奥に、とってもまぶしい星があって。その星の見える町に、あしたがあるんだ」

 スミレはトムのことを見つめていました。

「スミレはやさしい女の子だよ。だからぼくが泣いたのもスミレがわるいんじゃない。ぼくはずっと泣き虫で、弱虫だった。ぼくもこんなぼくのことがきらいだった。だからもっと強くなりたくて、リブのことも守ってあげたくて、あしたを探しに行こうって決めたんだ」

「リブって?」

 トムはスミレに、リブのことを話してあげました。

 トムは笑顔が絶えませんでした。

「トムはリブのことが好きなんだね」

 さっきまでスミレに押さえられていたほっぺたが、急に赤く染まるのを、トムはその体でわかりました。

 スミレはトムのことをくすっと笑いました。

「いいなぁ。リブは愛してくれる人がいて。あたしもやさしくなったら、そんなふうになれるのかな。ねぇ、神様はどうしたら、この願いごとをかなえてくれると思う? トムも早くあしたに会いたいでしょ? 早くあたしたちのもとにも、その順番が回って来るといいね」

「順番があるの? 神様って、みんなからそんなに頼りにされてるの?」

「あはっ」と言って、スミレは笑いました。

「そうだよ。あたしたちだけじゃないんだから。うーんとたくさんの人たちが、あの星に願いごとをささげているの。神様も大変だよ。だけどあたしはそんな神様のことがうらやましいな。だれかに愛されたり、頼りにされて生きていけるのって、とってもすてきなことじゃない。そんなふうに、お父さんとお母さんはあたしのことを思っているんだと思う。お父さんとお母さんの願いごとも、あたしはかなえてあげられるようになりたいんだ」

 トムはすっきりした顔になりました。

 なんの迷いもない表情をしていました。

「やっぱりスミレはやさしい女の子だ。ぼくはそんなところまで頭が回らなかったもん。スミレはやさしいんだね。ぼく、スミレのことが好きになったよ」

 トムはスミレの赤く染まったほっぺたを見て、あっ、これだというのがすぐにわかりました。

「ぼく、スミレが本当はやさしい女の子だっていうことに気づけますようにって、お願いするよ」

 スミレは思わず、自分の瞳がうるんだのがわかりました。

 でもそのすぐ後で、そんな自分のことがくやしくなりました。

「あたし、トムに出会うまで、だれからもそんなにやさしい言葉を言われたことがなかった。トムの言葉を聞いて、泣きそうなくらいうれしかった。これでやっと泣けるって期待したのに……」

 トムはふしぎな気持ちで、やさしくスミレの顔を見つめていました。

「あたし、泣くこともできないの。これもあたしがやさしくないせいなんだ。本当は涙を流して泣きたいのに、もしそんなことをしたら、みんなこまっちゃうんじゃないか、もっとあたしのことをきらいになっちゃうんじゃないかって思って、ちっとも泣けないの。ねぇ、トム。あたし変でしょ? おかしいでしょ? トムに出会えたこと、あたしもうれしいのに、全然そんなふうには見えないでしょ。もっとやさしくなれたら、もっとすなおになれたらって、そんなことばっかり考えているの」

 トムはちょっとだけかなしい顔をしました。

 そしてスミレは、そのちょっとのかなしさを見逃しませんでした。

「ほら。トム、かなしそうな顔してるじゃん。こまった顔してるじゃん。そうやって、あたしはたくさんの人を傷つけて、ひとりぼっちになっていったんだ」

 トムは泣き出してしまいました。

 さっきまでリンゴのように赤かったほっぺたは、まるで青リンゴのようになっていきました。

「ご飯を食べてもおいしく感じないし、美容院に行っても気に入った髪型にならないし、友だちが冗談で言った嘘にもゆるしてあげられないし。でもわるいのはあっちのほうじゃん。あたしのことをよろこばせてくれないから、あたしだって傷つけてしまうんじゃん。あたしはわるくなんてないもん。全部あっちがわるいんだもん」

 トムはあの町でリブの背中を見つめたのと同じように、こぶしをぎゅっとにぎりしめました。

「あたしだってそんなこと思いたくないよ。もっとたのしく、みんなに感謝しながら生きていたい。でもそんなふうにさせてくれないんだもん。トムだったらどう? 笑ってゆるしてあげられる? みんな同じ? あたしだけが変なの?」

 トムはくちびるを開きましたが、どんなにがんばっても、そこから出てくる言葉は、ひとつもありませんでした。

 かわりに、涙の粒だけが大きくなっていきました。

「こんなことを話せたのも、トムのほかにはだれもいなかったんだ。なんだか、トムにはあたしの気持ちを話してもいいかなって思ったから。でもごめんね。せっかくの旅なのに、トムのことを邪魔しちゃったね。あたしのことなんてかまわずに、あしたを探しに行って」

「いやだ!」

 トムは自分のよごれた靴を見下ろしたまま、同じように自分の足元を見つめるスミレに言いました。

 そしてゆっくり顔を上げて、スミレのそれを見つめて、もう一度言いました。

「絶対にいやだ! スミレの前からそんなにかんたんに離れられるわけないじゃないか! スミレのことをきらいになんてならなかったよ。本当はスミレはとってもやさしい女の子なんだっていうことを、ぼくは知ってるんだ!」

「そんなの嘘だよ。本当にやさしかったら、トムとこんな話なんてしていないもん。あたしも一緒にあしたを探しに連れてって、言ってるはずだもん」

「スミレはやさしい。だってぼくはスミレみたいに思ったことなんてなかったもん。みんなからからかわれて、泣いてばっかりで。スミレみたいに自分がわるいから、やさしくないからって思ったことなんてなかったもん。くやしくてかなしくなることはいっぱいあったけど、スミレみたいに、自分が泣いたらみんなをこまらせるとか、そんなふうに思ったことなかったもん」

「それはトムがやさしいからだよ。トムのほうが、あたしのスミレっていう名前も似合ってるよ。お父さんとお母さんも、きっとトムみたいな子どもがほしかったんだ」

 トムはにぎりしめていたこぶしを開いて、スミレの手をつなぎました。

 おどろいた顔のスミレを見ながら、言いました。

「スミレはスミレでいいんだ。スミレだったから、ぼくはスミレに出会えたんだ」

 スミレの瞳が赤く変わっていくのを、トムはじっと見つめていました。

「泣いたっていいんだ。だれもこまったりなんてしないよ。ぼくだって泣いてばっかりだよ。スミレだけじゃないんだ。ぼくだって、いらいらしたりするよ。いやだいやだって思うこともたくさんあるよ。でもスミレはそれをいやだって感じて、もっとやさしくなれますようにって、あの星にお願いまでできるんだもん。ぼくなんかよりも、うんとやさしいよ」

「トムの好きなリブよりもやさしい?」

「うーん」と、トムはこまった顔をちょっとだけしましたが、さっきとはちがって、スミレの手をぎゅっと強くにぎりなおしました。

「わからないけど、スミレはとてもやさしい女の子だよ。ぼくの中のスミレはずっとそうでいる」

 スミレは涙のしずくを、そのほっぺたにこぼしました。

 そして声を出して泣きました。

「ありがとう、トム。うれしい」

「ほら、そんなふうにお礼を言ってくれるのも、スミレがやさしいからだよ」

「あたし、このままのあたしでいてもいい? もっとやさしくならなくてもいい?」

「うん、このままのスミレでいいよ。このままのやさしいスミレのことが、ぼくは好きだよ」

 スミレは何度もありがとうとトムに言いました。

 その言葉しか出てこなくても、何度も何度もありがとうと言いました。

「スミレのお願いごと、ちゃんとかなったね。神様はちゃんとお願いごと聞いてくれたね」

「あたし神様じゃなくて、トムがかなえてくれたんだと思う。ねぇ、そう思ってもいい?」

「うん。でもスミレもちゃんとかなえたよ。自分でお願いごとをかなえたよ。きらいだって言ってたスミレが、スミレのことをやさしいって思えるようになったんだよ」

 スミレは涙を拭いて、トムにほほ笑みました。

「トムも本当は泣き虫じゃないよ。とっても強い男の子だよ。ねぇ、あしたに会って、リブの待つ町に帰って、あたしのことを思い浮かべたら、またここに来てくれる?」

「うん。かならずスミレに会いに来るよ!」

 スミレはトムの右手を同じ手でつなぎました。

 そしてもうひとつの手でそれを包みました。

 トムも同じことをしてくれました。

「あたしトムと出会えてよかった。あたしはあたしでいられて、本当によかった」

「ぼくも同じだよ。スミレのきれいな瞳、ぼく、大好き」

 ふたりは小さな声で笑い合いました。

「気をつけて行ってきてね。あたし、トムのことをここで待ってるから。願いごとかないますようにって、お祈りしているから。あたしも自分でかなえるのをがんばるから」

「うん。約束したから大丈夫。ぼく、あしたを探しに行ってくるよ。スミレ、さようなら」

 トムはつないでいた手をほどいて、大きくそれを振りました。

 白い星の群れと、その向こうのまぶしい星を見つめ、トムはまた一歩、新たな道を歩き出しました。

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