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あした色の歌  作者: starnavigation
4/10

4.ヒーローインタビュー

長い遊歩道をくぐりぬけると、トムは大きな木の見える公園にやって来ました。

自分の背丈の何倍もあろうかというその木を見ていると、あしたを手にした後の自分の姿が、たのしみでたのしみでしょうがありませんでした。

「この木にだって、かんたんに登れるようになるんだ」

トムのそのわくわくの具合は、自分の細い腕を、正反対の太い木の幹にからませるほどにまで膨れ上がりました。

「かんたんに登れるようになるんだ」

トムはその木のてっぺんを見つめました。

そこからここにいる自分の姿を見下ろす自分に会いに行きたくて、たまりませんでした。

「うぅぅ」

だけどその願いは、あしたを手にした後のようには、かんたんにいきませんでした。

へたりこむようにして、トムはここまで歩いて来た自分のよごれた靴を、かなしい顔で見つめることとなりました。

ぼくの体が木登り名人のように立派なものであったら、魔法使いのようになんでもかなえられるふしぎな力があったなら、そんなことをトムはいつものさみしい涙をその目に浮かべながら考えました。

だけど、どうしてもそれを手に入れることはできませんでした。

ただただ胸の中であこがれ、それをまねする自分自身に会うことしか、トムにはできませんでした。

「えーん、えーん」

ちょうど涙がそのほっぺたにこぼれ落ちそうになるのと同じタイミングで、トムの耳に、だれかの泣き声が聞こえてきました。

後ろを振り返ると、赤いマントをはおった男の子がトムのことを見つめながら、その瞳を両手で押さえていました。

「どうしたの? なんで泣いてるの?」

トムは自分の涙のことは心にしまって、男の子にたずねました。

男の子はそんなトムの質問などまるでなかったかのように、舌をぺろっと出して、トムに笑いかけました。

「君のまねをしてたんだよ。ぼくは泣いてなんかいないぜ。だって男の子だよ。かんたんに泣いたりするもんじゃないだろ」

トムはその子の言葉に、思わずいらっとしました。

トムだって男の子です。泣き虫の自分なんか、本当の自分じゃないと思っていました。

「ぼくの名前はカルエル。君はなにをしてたんだい?」

トムは冷たい温度の言葉で、カルエルに返事を言いました。

「ぼくはトム。あしたを探しに行ってるんだ」

泣いてなんかいないんだと、付け加えようかどうしようかトムは迷ってみましたが、カルエルのおどろきながら自分のことを見つめるその瞳に、その言葉を引っこめました。

「君は冒険家なのかい? それはすごいな。なぁ、トム。それはどんな気持ちになれるものなんだい? ぼくも君になってみたいな」

トムはカルエルの言う言葉が、なにを意味しているのかよくわかりませんでした。

そしてなぜ赤いマントをはおっているのかも、トムのふしぎをおさえきることはできませんでした。

「トム、ぼくも冒険家になってみたいな。君はもしかしたら、その冒険につまずいて泣きそうになってたのかい? やっぱりそんなこともあるよな。あぁ、いいなぁ。たのしそうだなぁ」

トムは抱えていたふしぎを、いよいよカルエルにたずねずにはいられなくなりました。

手を伸ばせばすぐに触れられる距離にいる、ずっとかなたで生きているカルエルに、トムはたずねました。

「カルエルはここでなにをしてたんだい? そんな赤いマントをはおって。君はヒーローにでもあこがれてたのかい?」

カルエルはにこっとほほ笑みました。

まるでその言葉をずっと待ちわびていたかのように、トムのそれに嬉々とした顔で答えました。

「トム、君はするどいな。さすがは冒険家だ」

トムはそんな答えなんてどうでもいいんだと、口には出さずに言いました。

なぜカルエルがここでぼくと出会ったのか、それしか、トムの興味を誘うものはありませんでした。

カルエルはほほ笑みを保ったまま、トムに返しました。

「見ての通り、ぼくはヒーローさ。みんなのことを、わるい敵から守る正義の味方だよ。だけどね……」

カルエルはトムの関心を誘うように、わざとそこで言葉を止めました。

トムはようやく近づいてきたカルエルとの距離を縮める旅に出かけました。

「なんだよ。もったいぶらないで教えてくれよ」

カルエルは満面の笑みでトムに答えました。

「君のように、泣き虫な男の子にもなれるんだ」

トムはまたいらっとしてしまいました。

カルエルはトムの無言のいらだちを見て、どんどん笑みをこぼしていきました。

「ぼくらをこまらせるわるい敵にもなれるんだ。それだけじゃないぞ。ぼくらに、わるい敵がいるから気をつけなさいって、教えてくれた学校の先生にもなれるし、会社や家の中でぼくらのことを心配してくれる父さんや母さんにもなれるんだ。ほかにもまだまだたくさんあるぞ。野球選手にだってなれるし、お巡りさんにだって。君が言った冒険家にだってね」

せっかく近づけたのにまた遠くに行ってしまったカルエルのことを、トムはどんな言葉で仲よくなればいいのかわからなくなってしまいました。

でもなぜか、このふしぎな男の子のことを、かんたんにきらいになることができませんでした。

「カルエル、君はだれなんだ? だれが本当のカルエルなんだ? ここにいるカルエルは何人目のカルエルなんだ? ぼくが見ているカルエルは本物なのか? にせものなのか? ねぇ、君はいったいだれなんだ?」

カルエルはぱっとマントをひるがえすと、トムの手をつかんで言いました。

「ぼくはここにいるだろ。にせものなんかじゃない。君と同じここで生きている千の顔を持つ男の子だよ」

トムは目と鼻の先にあるカルエルの顔を、じっと見つめました。

トムにはカルエルの顔が本当に千個もあるように感じました。

「ぼくは役者なんだ」

カルエルはきっぱりと言いました。

「だれの姿にでもかんたんになれる、役者の顔がぼくの顔さ」

トムはへんてこな表情で、カルエルの同じものを見つめました。

「ぼくにはなりたいものがたくさんあるんだ。トムにもなりたいし、トムが出会ったぼくの知らない人たちにもなってみたい。いろんな人たちのいろんな道を、ぼくは歩いてみたいんだ」

だからこの道を選んだんだと、カルエルは最後に言いました。

まだカルエルとの距離をないものにできないトムは、磁石の反対の極にぼくらがなれればいいのにと思いました。

「君にだって、だれかにあこがれることはあるだろ? ヒーローになって、だれかのことを守ってみたいと思うこともあるだろ?」

トムはリブの顔を思い浮かべました。

「あこがれの人になって、そんな自分にあこがれる人のことを考えたことはないかい? だれかの視線を独り占めできることを、トムは願ったことはないかい?」

トムはカルエルに返事を言葉にして言わなかっただけで、心の中では大きな坂道以上の角度で首を縦に振りました。

カルエルは言いました。

「役者になったら、それがなんでもできるんだ。もうひとりの自分が何人も何人も増えていくんだ。トム、こんなにたのしいことを、君はほかに知ってるかい?知ってたら教えておくれ。そしたらぼくは、またその役に没頭するから」

トムは役者と聞いたカルエルの顔を、じっと見つめました。

カルエルの言う千の顔の中から、どのそれで、自分のことを見つめているのかを、懸命に探しました。

「トム、君はぼくの本当の顔を探しているのかい? もしもそうなら、それはむだな苦労だよ。言っただろ。ぼくのすべてが本物なんだ。この中ににせものなんかひとつもないんだ。仮にあったとしても、それすらも、ぼくはぼくの本物に変えてみせるんだから」

トムはカルエルのことを、少しだけわかることができた気がしました。

トムにもカルエルと同じ気持ちはいくらでもあったからです。

あしたに会えた自分自身に何度も何度もあこがれたからです。

「マントをはおったのは、たったのこれだけでヒーローになれるからなんだ。このマントを取ったら、すぐに泣き虫の男の子に早変わりさ」

トムは表情を変えずに、カルエルに言いました。

「ぼくもそういったら、君と同じ役者なのかもしれない。リブとおままごとだってたくさんやったことあるし。リブは気の強いお母さんの役ばかりだったけど、ぼくだって力強いお父さんの役とか、カルエルみたいに、ヒーローになっている自分がいたこともあったもん」

そうだろうそうだろうと、カルエルがまっすぐな顔をして、磁石のN極とS極になれそうになったのを、トムの胸の中から出た言葉がそれをさえぎりました。

「でもぼくは役なんかじゃない。ぼくはトムっていう名前の男の子なんだ。君が笑うように、ぼくは泣き虫で弱虫で、ヒーローなんかにはうーんと遠い存在だけど、ぼくはぼくを変えられないんだ。ぼくはぼくのままで強くならなくちゃいけないんだ」

カルエルはトムからの思いがけない言葉に、その体を小さくさせてしまいました。

「ぼくが泣きそうになったのは、この木に登れなかったからじゃないよ。もっとちゃんとした理由があったからなんだ」

カルエルはとても小さな声でそれをたずねました。

「なんにも努力しないで、それがかなうことばかりを願っていたぼくのことが、きらいになったんだ。おじいさんが教えてくれたんだ。あしたを手にしたら、なんでもできるようになるって。ぼくはまるで魔法を使えるんだっていう気分になった。でもこの木に手を伸ばしてみてわかったんだ。それだけじゃかなえられないっていうことを。胸に手を当てて考えてみたらなんだってできるけど、そんなの本当のぼくじゃないんだ。そんなぼくは、にせもののトムなんだ」

ずっと明るい顔を浮かべていたカルエルの表情からは、真っ赤に燃えるような熱いものが消えてなくなっていました。

どこに視線が向いているのかわからないそれが、カルエルの瞳にはありました。

「カルエル、君をわるく言ってるんじゃないよ。君はマントをつけてヒーローになれた。きっと、バットを持ったらかっこいい野球選手になれたんだろ。手錠を持ったらたくましいお巡りさんにもなったんだろ。ぼくにはわかるよ。ぼくにもいろんなぼくがいるもん。からかってきた友だちはどんな気持ちなのかなって考えて、胸の中で反対のことをやったこともあるもん。だけどぼくにはわからなかった。ぼくの気持ちはどれが本当のものなのかなっていうことが。ぼくはやっぱりここにいるぼくがぼくなんだって、気がついたんだ」

言葉を言えないカルエルにかわって、トムが遠くの空を見ながら言いました。

あの星がふとすぐそばまで、近づいて来たような気がしました。

「カルエルも言ったよね。すべての君が君なんだって。いろんな自分がいろんな自分の中にも外にもいるんだ。ぼくにだっていたよ。でもぼくとカルエルはちがう。ぼくはただあこがれていただけなんだ。ホームランを打って、ヒーローインタビューを受けている自分とか、リブのことをわるいやつらから守って、リブの笑顔を見ている自分とか。ぼくはできないことをできないままで、できればいいなってことしか願えなかった。でもカルエルのやっていることは、みんなになにかを与えることなんでしょ?」

「与える?」

カルエルはトムが自分になにを期待しているのかをたずねました。

「うん。カルエルのいろんな姿を見て、それにあこがれる自分を見つけてほしいってこと。カルエルにぼくのまねをされたのを見て、気がついたんだ。泣き虫で弱虫の自分はきらいだって。そして君みたいに強くなって、リブのことを守れるヒーローになりたいって。カルエルからそんなことを与えてもらったんだよ。きっと君がこの道を選んだのは、そんな理由があったからなんでしょ」

トムは自分の小さなこぶしをマイクに見立てて、カルエルにたずねました。

カルエルはぐいっと同じもので瞳を拭って、その質問に答えました。

「あぁ、そうさ。さすが冒険家。百点満点の答えだよ」

カルエルはほほ笑んだトムに続けました。

「ぼくもあこがれだけでやっていた部分もたしかにあるよ。でもトムの言うように、ぼくにはぼくのお芝居を見てくれた人に、与えたいものがあったんだ。なんにでもなれる。なんにだってあこがれて大丈夫。だけどそれだけではかなえられないっていうことをね。ぼくは本当を言うと、別にヒーローになりたかったわけじゃないんだ。ぼくはお芝居をやりたかったんだ。どんな役も、大好きなお芝居でやりたかったんだ。それが本当のぼくでいられることだから。ぼくがあこがれるヒーローカルエルは、そんなやつだから」

カルエルはポケットから赤いマントを取り出すと、それをトムの背中にはおらせてあげました。

「さあ、ヒーロートム。君はこの町からどこに向かうんだい? だれのことを守ってあげるんだい?」

トムは少し照れた顔を残しながら、胸を張って、あの星を指差しました。

「ぼくが向かう場所は、あの星の見える町です! あの町にいるあしたをつかまえて、ぼくはリブのことを守ってあげるんです!」

カルエルはずっと気になっていたリブのことや、あしたのことを、小さなヒーローにたずねました。

ヒーローはすっかり自信を持った顔つきで、ひとつひとつの質問に答えました。

リブにも早く、ぼくのこのマイクでヒーローインタビューをしたいと強く願いました。

それを行うための道をトムは選んだのです。

「カルエル、ぼくは君と出会って強くなれた気がしたけど、どうだい? 君のまねをするぼくは涙をこぼしているかい?」

カルエルは黙って、トムの右手をにぎりました。

固い力に思わずくるしい顔をしたトムを見て、カルエルはほほ笑みながら、トムに別れを言いました。

「トム、行っておいで。君の選んだ道の上でぼくと出会ってくれたことを、ぼくは誇りに思っているよ。君はとても強い冒険家だ。もっともっと強くなって、リブと一緒にぼくのお芝居を見に来ておくれ」

トムは精一杯の力で、カルエルの右手をにぎりなおしました。

「カルエル、ありがとう。そしてさようなら。ぼくも君と出会えてうれしかったよ。君との約束を、かならず守るからね」

トムは赤いマントをカルエルに返しました。

ぼくが歩んでいることはお芝居じゃないんだと、トムは胸の中で自分自身につぶやきました。

ぼくの歩きたい道を歩くんだ。

そう新しくできた言葉を音符に乗せて、トムはあの星を見つめながら、また一歩新たな道を歩き出しました。

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