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あした色の歌  作者: starnavigation
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2.フラクタル

 青の色がまぶしい空の下を、トムは歩きました。

 見たこともない景色の存在は、泣き虫のトムにとって、格好のふるさとでした。

 だけどトムは、リブとの約束をお気に入りの音符に乗せて、口ずさみました。

「強くなってリブに会いに行く」

 何度も何度も口ずさむと、すっかり泣き虫のトムは、ここからいなくなりました。

「早くあしたに会いたいな」

 リブの知らない笑顔を浮かべて、トムはあしたのある場所を目指しました。


「いやだいやだ。行きたくない」

 歩きつかれた先で、トムはぐずってばかりの男の子と出会いました。

 名前をたずねると、男の子は少し考えた後で、サンと答えました。

 トムは続けてサンにたずねました。

「なにをしているの? どこかに行くのがいやなの?」

 質問をされた主のことを、トムははずかしい感覚で見つめました。

「学校に行くのがいやなんだ。でもかんちがいしないでおくれ。学校のことがきらいなわけじゃないんだ。こんな気持ちで行かなくちゃいけない学校のことがきらいなんだ」

 トムはしばらくの間、きょとんとしました。

 サンもそんなトムのことを、おかしなものを見るような目で見つめました。

「君はどこに行くんだい?」

「ぼくの名前はトム。ぼくはあしたを探しに行ってるんだ」

 出会って間もないふたりなのに、トムもサンも、おたがいのことをきらいにはならないだろうなと感じました。

 どこかに似ているものがあったからです。

 サンが言いました。

「本当は学校に行くことをうきうきしているはずだったんだ。でもいざ行こうとすると、行きたくなくなるんだ。トム、君にもこんなことはあるかい?」

 トムは悩みました。

 サンの言っていることが、トムにはうまく理解できませんでした。

「瞳を閉じたら、まっ暗な景色が見えるだろ。それをずーっと見ていると、ぼくのことが見えてくるんだ」

 トムは黙って、サンの話の続きを聞きました。

「そこでぼくは元気よく学校に行っている。みんなにも気持ちよくあいさつをしている。本当のぼくはそれなんだ。だけど瞳を開けて、もうひとつの景色を見ると、そこにぼくはいないんだ」

 トムはすぐに返事をしました。

「サンはどこにいるの? ここにいるサンはちがう人なの?」

 サンはニヒルな笑みをこぼして、トムに答えました。

「君の見ているぼくはぼくじゃない。本当のぼくはここにはいない」

 トムはサンの話す言葉の意味が初めてわかりました。

 自分も星の下で、サンと同じ言葉をあのおじいさんに話したからです。

「トム、あしたを見つけたら君はなにをするんだい?おもしろそうならぼくもついて行こうかな」

 トムはサンとは反対の笑みをこぼして言いました。

「ぼくはあしたを見つけて強くなるんだ。ぼくは泣き虫で弱虫で、みんなにからかわれてばかりだったけど、もっと強くなって、リブのことを守ってあげたいんだ。ぼくとサンって似ているね」

 トムは口をひろげて笑いました。

 だけどサンは、それと同じ顔をすることはできませんでした。

「そうか、トムは強くなりたいのか。だけど君、そんな冒険みたいなこと、こわくないのかい?」

 トムはその質問に、自信を持って答えました。

「こわくないよ! うーん、でもやっぱりちょっとだけこわい。でもおじいさんが言ったんだ。あしたを手に入れたら、なんでもできるようになるって。だからぼくはあしたのいいことだけを考えて冒険するの。サン、君もついておいでよ。一緒にあしたを探しに行こうよ」

 サンはうれしい気持ちと、さみしい気持ちの両方の顔でトムに言いました。

「気持ちはうれしいけど、ぼくはやっぱり止めておく。トム、ひとりで行ってきな」

 トムはサンの手をつかんでたずねました。

「どうして? サンは強くなりたくないの? ぼくもちょっとだけこわいけど、絶対たのしいことのほうが多いよ!」

「ぼくは学校に行かなくちゃ。父さんと母さんに叱られるしね」

 トムはしょぼんとした顔で、サンの手を離しました。

「トム、君はきっと強い男になれる。ぼくも君のようにならなくちゃ。そのためにぼくはあしたじゃなく、学校に行かなくちゃいけない」

 トムはサンの顔を見つめました。

 まだどこかに心配がぬけきれない様子でした。

 サンは言いました。

「トム、ぼくはやっぱりここにいるぼくがぼくのようだ。いや、ここにいないぼくもぼくなんだ。そしてあっちの景色から見た、ここにいるぼくもぼくなんだ」

 動きを止めたトムのことを、サンは初めて明るい顔で笑いました。

「ごめんよ、トム。ぼくが言った言葉も、あしたを見つけたらわかるはずさ。そんなにすごいものをトムは探しに行くんだね。君はすごいよ」

 ほめられているのかどうかわかりませんでしたが、トムは表情を変えずにサンに言いました。

「サン、どうしてここにいるサンは学校に行きたくなかったの? どうしてきらいだったの?」

 サンは青い空に向けて、伸びをしながら言いました。

「どうしてだろうね。自分でもわからないや」

 それだけの回答に、トムはむっとしました。

 サンはトムの頭をなでて、あやまりました。

「ごめんごめん。この空がまぶしすぎたせいかもしれないね。みんなこの空の色と同じように、明るい顔で町を歩いてるのに、ぼくだけそれに追いつけなくて、くるしかったんだ。それでぼくの落ちつく場所を探して、ずっと瞳を閉じていた。そこは暗い世界だったけど、ひとつだけまぶしい光があるんだ。それはなんだと思う?」

 サンは自分から質問をしたのに、トムが答える前にその答えを言いました。

 トムもいらっとはせず、サンの話を聞きました。

「なんとそれはぼくだったんだ。ぼく自身が光だったんだ。すごいだろ、トム」

 トムはこの質問にも答えることができませんでした。

 サンがすぐに答えを出したからではありません。

 サンはずっと大声で笑っていたのです。

 トムの入れる余地は、どこにもありませんでした。

「君もあしたという光を見たんだろ。それはどんな気分だった? すごく感動しただろ? 興奮しただろ?とってもたのしくなっただろ?」

 トムは用意された答えのままに答えました。

 するとサンの笑い声は、さらに大きくなりました。

「そうだろ。光ってすごいんだ。どんな暗闇も明るくしてくれる。すごくまぶしいのに、どんなに見つめていても頭がおかしくならない。こんなにすごいものは、どんなに天才の学者にも作れっこないって、ぼくは思うよ」

 トムはさっきとは逆に、サンから両手をつかまれました。

「ぼくはその景色が見たかった。だけど瞳を開けたら消えていた。かなしくなってまた瞳を閉じて、よし絶対にこの目で見てやるんだ、そう決めて瞳を開けたけど、やっぱりだめだった。それでぼくは学校にも行きたくなくなってしまったんだ」

 トムはサンの顔をずっと見つめました。サンの瞳のまぶしさを、トムはほほ笑ましく感じました。

「ここにいるぼくのことを、ここにいないぼくが認めてくれなかったんだ。いや、ここにいるぼくが認めさせようとしなかったのかもしれない。わけがわからないよね。トム、こんなことをぼくはひとりで、ずっとやっていたんだ」

 トムはサンに負けないまぶしい瞳で言いました。

「サンもすごいよ。ぼくはサンに会うまで、なにが本当の自分かなんて考えたこともなかった。きっと……」

「どうしたんだい?」

 言葉をつまらせたトムのことを、サンは心配そうな顔で見つめました。

 トムは息を吸いこんで言いました。

「きっとぼくは……」

 サンはトムに顔を近づけて、トムのくちびる、瞳、こぶし、トムの白い靴を見つめて、もう一度トムの揺れるくちびるを見つめました。

 そんなサンの顔を見上げて、トムは強い声で言いました。

「きっとぼくはここに来たかったんだ! サンに会いたかったんだ! みんなと同じ顔になれなくて、ただひとりのお友だちのリブからもきらわれて、ぼくは泣いてばかりいた。強くなりたかったんだ。このままのぼくで強くなりたかった。あしたを見つけたら強くなれるんだって胸に誓ったけど、ここにいるぼくで強くなりたかったんだ!」

 トムは言い終わると、急にいつもの弱々しい瞳に変わってしまいそうでした。

 サンはそんなトムの頭を、やさしくなでてあげました。

「トム、君はぼくなんかよりも強い男だ。ぼくは瞳を閉じた世界にしか行けなかったけど、君はちゃんと瞳を開けて、あしたを探しに行ってるんだから。ぼくも見習わなくちゃ。君のように、ぼくも強くならなくちゃいけない」

 トムは涙をいつこぼしてもおかしくない感覚を、自分でも知っていましたが、心のどこかにあるブレーキを踏んで、サンの手をつかみなおしました。

「ぼくはリブのことを守ってあげたいんだ。リブは女の子だから、泣いちゃうこともいっぱいあるかもしれないけど、ぼくは男の子だから、泣いてちゃだめだもん。サンもそう思うでしょ?」

 サンはその質問をにっこりと笑って、少し大人な声でトムに言ってあげました。

「そうだね。男は泣いてちゃだめだよね。だけどぼくは、そんな男でも泣きたいって思ったら泣いていいと思うよ。泣き虫なトムでいたから、ぼくらはここで出会ったんだ。泣き虫なトムじゃなかったら、ぼくらはずっと出会えなかったかもしれない。だからそれでいいんだ。ぼくらはここで出会うための涙をこぼしてきたんだ。あしたを見つけたら、きっとトムは、流した涙の数をうれしく思うはずさ」

 サンからの言葉に、トムは急にはずかしくなりました。

「サン、ありがとう」

 だけど心の奥から出たよろこびの言葉に、トムは気づきました。

 そしてトムは、それをとてもうれしく感じました。

 ここにいる自分が自分だということを、サンのまたまぶしくなった顔を見て、トムは強くそう思いました。

「サン、君の言ったことをぼくは大事に持ってあしたを探しに行ってくるよ。君も学校に行っておいで。君のことを待ってる人がいるよ」

 サンは笑って、つながれたトムの右手を力をこめてにぎりました。

 ちょっと痛がるトムの女の子みたいな顔を、サンも胸の奥にしまいました。

「また会おうな。お別れにもやさしさがあるって、ぼくの父さんが言ってたよ。その意味を君と出会って、ぼくはよくわかった」

 サンの言葉の意味をトムはわかりませんでした。

 ぽーっとした顔のトムの手を、サンはもう一度強くにぎりなおしました。

「トムもわかったら、ぼくみたいな強い男になれるよ。リブのことも守れる強い男にね」

 いらっとするものをサンの最初の言葉にトムは覚えましたが、やさしくなったトムはにこっとほほ笑みました。

「あしたを見つけたら、ぼくはたくさんのものを宝物にしているかもしれないね。両手じゃ抱えきれないくらいに。でもサンのこの手の温もりを、ぼくはどんなことがあっても、この手で抱きしめているよ」

「抱きしめてなんかいなくていいよ、そんなもの。絶対に離しはしないんだから。離さないものがあるということだけを、抱きしめてればいい」

なんだかお兄ちゃんのように見えてきたサンのことを、トムはとてもかっこいいと思うようになりました。

 自分もサンのようになりたい、サンのようになるんだ、そう誓って、トムはつないだ手を離しました。

「空の色が明るいから、目的地もよく見えるよね。ぼくはあっちに行くよ。サン、君も早く行かなくちゃ」

 言葉ではないもので、サンはトムの約束に答えました。

「こんなかんたんなことに悩んでいた自分が、なんだかとても子供のように感じたよ。ぼくの思う通りに、瞳を開けた世界もひろがるんだっていうことが、よくわかった。トムが教えてくれたね。どうもありがとう」

 初めてもらう感謝の言葉に、トムもうれしくなりました。

「そうだね。泣いたり、瞳を閉じてたら見えないものも、笑ってたらいろんなものが見えてくるよね。ぼくの一番まぶしい星もよく見えるよ。サン、さようなら。ぼくはあしたを探しに行ってくるよ」

 サンも学校に行ってくると言って、おたがいの背中の温もりを、おたがいのまぶしい星を見つめながら感じ取りました。

 わくわくするものが、どきどきするものが、きらきら輝くものが、まだまだたくさんあるということをたのしみにしながら、トムは新しい一歩を踏みしめました。

「強くなってリブに会いに行く」

 お気に入りの音符に乗せて、トムはまた歩き出しました。

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