傭兵バルド
腐った肉と血の臭いがする。何人も何人も切り捨てた。血のこびりついた剣を呆然と眺める。あたり一面の死体の海を見渡す。赤とも茶色とも言えない汚れた色が視界を埋め尽くす。片腕を無くしうろつく者や、虫の息で諦めたように座りこむ者もいる。
「仕方のないことだ。」
と、そう何度も言い聞かせてきたが、今はもうその気力すら湧かず、ただ目の前の光景を見ていた。
バルドは物心ついた時には傭兵団にいた。話に聞く限りでは、捨て子だった自分を団が拾ったらしい。しかし、大して金もない傭兵団が赤子を拾い育てるなど考えにくいもので、バルド自身は、傭兵団の誰かが娼婦を身籠らせ、その赤子を引き取ったのだろう程度に考えていた。バルドは特に自分の両親に思いを馳せたことがなかった。というより関心を持つ余裕がなかったのかもしれない。言葉をしゃべれるようになり、ある程度動けるようになると、バルドは傭兵団の雑用を任されるようになった。どれだけ戦場で戦果を挙げたかが、その日の食事を左右する傭兵団という環境下で、両親のことを考える暇などなかったのだ。十歳を迎えるあたりでは(バルドは自分の正確な年齢を知らない。)、剣を持たされ、戦場に立たされるようになった。人が死ぬ様子はそれまでに何度も見てきたが、はじめて人を斬った日は一晩中吐いていた。剣術において彼は特別才能があるわけではなかった。最初は、相手の隙を見抜いた突きを繰り出せるわけでもなく、勝敗を決する太刀筋を放てるわけでもなかった。ただ、鍛錬は怠らなかったし、常に状況や動作、相手を冷静に見極めんとする姿勢を持っていた。それらは、死に直面する毎日の中で、ただ死にたくないというたった一つの感情に突き動かされていたからだった。その能力(というより性格と呼ぶべきかもしれない。)のおかげで彼は、不利と判断すれば戦場を退き、好機とみれば攻勢をかけ、と言った具合でしぶとく生き残っていた。後に大きな戦争で所属していた傭兵団が壊滅し、唯一生き残った後も、この実力のおかげで、彼は一人で傭兵としてやっていくに足る戦士へと成長したのであった。
現在この世界では大きく分けて帝国と共和国が存在し、バルドは傭兵団にいた頃から、帝国の傭兵として戦っており、今回の戦争でもそうだった。この頃既に彼は戦士として一流の力を持ち、知る人ぞ知る剣士となっていた。黒い鎧を身に纏い、戦闘時以外はフードを深くかぶっていた。この風貌の他、彼は他人とは馴染まず、顔を見たことのある者も少なかったため、彼は存在を知る者からは「ゴーストナイト」と呼ばれていた。そんな彼の周囲には時折幽霊がちらつく、といった噂が一部でまことしやかに囁かれていた。
バルドは、戦の終わった戦場で、座ってしばらく休憩した後、自陣に戻り帝国軍の換金所へ向かった。換金所とは言うものの傭兵達に給与を与えるための施設である。団単位ではなく、一人の傭兵単独に報酬が支払われることは基本的にはないのだが、それを可能にできるだけの実力と最低限の知名度をバルドは持っていた。草原に設置された自陣に戻ってくると、奥にある濃い緑色のテントへ向かった。バルドは、テントをくぐる前にフードを被り直した。テントの入り口の前では左右に門番がいる。金銭を取り扱っているので自陣とは言え警備は厳重なのだ。バルドは懐からアルファベットと数字が記されている木札を門番に見せた。
「……入って良し。」
木札を確認すると門番は言った。テントをくぐると中には、入り口に対して水平に長机が置いてあり、それに手をついたはげた男が立っていた。
「よぉにいさん、今日も大活躍だったらいしいな? で、何人ヤったんだ?」
男が聞いてくる。バルドは傭兵としてよく給与をもらいに来るため、一応この男とは顔見知りなのである。
「……70人」
バルドは必要最低限の会話だけ行った。バルドの場合、討伐人数の自己申告によって給与が決定される。しかし軍も軍で、ある程度戦況は把握しているため、あまりに不自然な申告は受け入れられないことが多い。今回のバルドの場合、実際に殺した数はもっと多い。しかしそれよりも少し少なく申告することで、信用を得ることができ、次の契約もスムーズに進むということを彼は理解していた。人と話すことが苦手な彼が傭兵稼業をやっていくうえで身に着けた小さな処世術だった。
「ひぇ~また随分と。」
男の歯から金歯がのぞいた。男は言うと金貨の入った巾着をごつんと机の上に置いた。バルドはそれを掴むと挨拶もせずテントをあとにした。




