弱肉強食
翌日、空は洞穴で目を覚ます。
「やっぱ、夢でした。とはいかないか。」
こんな状況でも空は自分でも驚く程冷静だった。
ゆっくりと起き上がるとクロが気怠そうに片目を開ける。
昨日、食料調達に行ったクロは近くで小川を見つけたらしい。
兎の残りを食べ切った2人は洞穴を出て小川を目指す。
歩いて5分かそこらだろう、大きくはないが確かに小川が流れていた。
小川を覗き込めばちらほら魚が見える。
そんな時だった。
「これ誰だよ。」
水面に映った自分を見て空が1人驚く。
そこに映っていたのは15歳かそこらだろう茶色の髪に髪より少し深い色の瞳を持つ青年だった。
「ヒトの違いなど我に分かるはずもなかろう。」
間違いなかった。
人も猫の顔を見て違いが分かるのは余程の猫好きかペットショップの店員や飼育員といった職業の人だけだろう。
それ以外からすれば猫は猫でしかないのだから。
そんなこともあり、ついでに空は水浴びまでさせてもらい再び探索を始めた。
数時間歩いた所で先頭を歩いていたクロが歩みを止める。
「空、小鬼だ。2匹。やるぞ。」
「お、おう。」
空は持っていた槍をぎゅっと握りなおす。
音を立てないように進めばクロの言った様に小鬼が2匹、少し開けた所で焚き火を囲んでいた。
近くには小鬼には大きいであろう革の鎧とその持ち主であろうヒトの死体が転がっていた。
「うっ。」
所々肉を削がれ、ヒトの形が何とか分かる状態で横たわるそれは空にはショッキング過ぎた。
何かを間違えれば空はあちら側になるかもしれない。
だが、同時に覚悟もできた。
『やらねばやられる。』
自然界においてはごく当たり前な事で空もそれを分かっているつもりだったが同族の死を待ってそれを痛感させられる。
さっき水を飲んだばかりなのに舌がパサつく。
力を込め過ぎてカタカタと音を立て始めた槍を握る手にそっとクロの手が添えられ軽く上下に揺すられる。
「力を抜くのだ。そんなに力んでいては為せるものも為せなくなるぞ。」
堅く上下に揺れていた腕が次第に柔らかさを取り戻す。
「そう。それで良い。」
目が合ったクロは心なしか微笑んでいる気がする。
「覚悟はできたな?」
「あぁ、悪かった。もう大丈夫だ。」
クロの合図と同時に2人は飛び出す。
そこからのことは必死すぎてろくに覚えていない。
結果としては小鬼2匹を葬った。
小鬼の繊維を引き裂き槍が刺さっていく感覚、そして槍を伝い流れた血液で濡れた手。
『あぁ、これは夢に出るな。』
もう既に悪夢を予感している空は華麗に、とはいかずとも無事に小鬼を1匹仕留めた。
緊張の糸が切れ、腰を抜かした空はしばらくそこから立ち上がることが出来なかった。