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黒猫とトラックに轢かれたら

いつからだろう。

明日に期待をもてなくなったのは。


いつからだろう。

自分に自信をもてなくなったのは。


そんな有り体なことを考えながら【蒼井あおい そら】はゆっくりと瞼を閉じる。

いつものと変わらぬ明日に備えて…




けたたましく隣で鳴くアラームを止め、目を覚ます。


「うわ、眩し…」


カーテンから入る光に目を細める。

そう、また変わり映えのないはず1日が始まったのだ。


シャワーを浴び、歯を磨き、スーツに着替える。

もう15年も続けたルーティンに従い体を動かす。


サラリーマンを15年して得たものは諦めに似た感情と

生活には困らないレベルの賃金。

それなりの大学を出て、それなりの会社に入社した。

仕事が出来なかった訳では無い筈だ。

若気の至り、自分に諦めが付かなかった故に起こした不祥事で出世ルートを外れたのだ。


37にもなって妻は無し。

就職して一人暮らしをしてから段々と家族とは疎遠になり、最後に連絡をしたのはいつだったかわからない。

学生時代よくつるんだ悪友達は順当に出世ルートを突か進み家庭を持ち、仲良く暮らしている。

そんな彼らの前に出世ルートをばすれ、寂しく暮らしている自分がどんな顔をして会えるのだろうか。

いや、きっと彼らはそんな些末なことは気にしない。

会えずにいるのは自分のちっぽけなプライドのせいだ。


モーニングルーティンを終えて玄関を出て一人で住むには充分な広さのワンルームに別れを告げる。

これが最後の別れとも知らずに…


いつもと同じ電車に乗りいつもの同じ面々と顔を合わせる。

15年も同じ電車に乗っていれば大体は顔見知りである。

年に一度多少の増減はあれど平日のピーク帯に乗り合わせる者などそう変わらない。

皆一様に何かに諦めた顔をしている。

きっと彼らも同じことを考えているのだ。


『またいつもと同じ1日だ』


何か新しいことをはじめるような年では無い。

と、変化することにさえ諦めた者たちが電車に揺られる。


そして、会社の最寄り駅に着けばもうすぐ目的地へ到着である。


綺麗にブロックが並べられた歩道を歩けばもう会社に着く…

そんな時だった。

目の前を黒猫が通り過ぎ車道へ飛び出した。


『不吉なこともあるもんだ。』


目前を過ぎ行く黒猫を見送りまた歩き出そうと前を向いた時に目に入ったのは黒猫に気付いていない様子のトラックであった。


その時何を考えていたか。空は覚えていない。

気がつけば車道へ飛び出し黒猫を抱えていた。

次に何かを考えられたのはトラックが目前に迫った時である。


『あぁ。これは死んだな…』


そんな思考を残し空の記憶はここで一度途切れる。




何故黒猫を助けたのだろう。

自分はそんなに情に熱い男だっだろうか。

いや、情に熱い男ならば家族とも友人達とも疎遠になどならずにもっと上手くやれていた筈だ。

で、あれば何故か。

空は理解してはいた。納得が行っていないだけで。

何せ『変化が欲しかった』なんて…




瞼の外側からの光を網膜が認識する。


『なんだ。夢か』


そう思って開けた空の目の前にあったのは

黒猫の毛並みである。

空いた2つの穴にはスカイブルーのビー玉のような綺麗な目が埋まっており。

一際長い髭が空の顔をくすぐる。


「まったく…助けるならちゃんと助けてほしいものだな。」


そう。

空の胸の上に乗り黒猫が顔を覗き込んでいたのである。


「うるせぇな。そこをどけよ。」


錯乱した思考で猫が喋ることに対する驚きさえも忘れ空は咄嗟に言葉を返す。


黒猫が音もなく胸の上を降り、ようやく空は身を起こし、周りを見渡す。


「ここは?」

「我が知る筈も無かろう?主と共に”落ちた”のだから。」


は?落ちた?と実に間抜けか顔をしたであろう空の周りには木木木、草草草。

少し開けたスペースに空は寝転んでいた。


「はぁ〜、参ったなぁ。」


とにかく、会社に連絡を…と、実にサラリーマンらしい思考をした空は気づく。さっきまでと服装が違うことに。

ベージュのくたびれたズボンに古めかしいシャツ、そして申し訳程度の茶色のベスト。

そして、1つのことに気づいたのと同時にいくつもの発見がある。


「あれ、お前そんなに大きかったっけ?」


確かさっきは抱えられるサイズだった筈の黒猫が今は大型犬かのように思える。


「主が縮んだのではないか?」


いや、だとしてもだ。

黒猫が大型犬のように感じられるのはせいぜい保育園児程度である。

明らかにその範疇を超えている。

今黒猫はチーターやライオンといった大型の猫科動物と同様の大きさに見える。

ただ、考えても仕方のないことではあるので空はそのことに脳味噌を使うことをやめた。


「さて、先ずはこれからどうするか、だよなぁ。」

「どうするも何も飲まず食わずでは生きていけまい。」


猫にこうも真面目に、尚且つ正論で返されるとこんな気分になるんだな。と人類で初めて経験したであろう空は歩き始める。


「どこに行くのだ?」

「どこって…ここにいてもしょうがないだろ?」

「間違いではないが、よもや無計画ではあるまいな?」

「この状況で計画を立てられる奴の方が稀だよ。」


そんなやりとりをしつつ歩みを進めようと踵を返した時

黒猫はのっそりと立ち上がった。そう、二本足で。


「いや、お前立てるのかよ!!」


驚きの連続で驚き切れなかった空が今日1番のリアクションをした後2人はゆっくり慎重に歩みを進める。


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