幼少期
リンナはときどき母親に連れられてレイの家にやってきた。レイにとって一緒に遊ぶ子どもは貴重だった。保育園には家を行き来するような友だちはいなかった。一人で外へ遊びに行ける歳ではなかった。家の周りに住んでいるのは年寄りばかりで子どもは自分一人だった。
リンナはレイより二つ年上だった。リンナが階段を駆け上がってレイのいる二階へやってくれば自然と遊びが始まった。同年代の子どもであるということは必ずしも気が合うことと同義ではなかった。しかし物の道理が分からず自己中心的であるという点は同じであった。周りの大人は幼いレイに気を遣ったがリンナは気儘に接してきた。レイにとってリンナは生まれて初めて出会ったどうにも儘ならない存在であった。
鬼ごっこをすればリンナが二歳分多い知恵と体力を使って意地悪をし、レイを泣かせた。レイの塗り絵や絵本にリンナは関心を示さず、クレヨンで悪意のある落書きをした。公園へ行けばリンナはどんな難しそうなアスレチックにも果敢に挑戦した。レイは怖がって頑なに拒んだ。リンナは鎖で繋がっている丸太の吊り輪を渡りながら、レイに手を振った。レイはそれを見上げてただじっと立っていた。会うたびにたいがい喧嘩した。かなり早い段階で、レイはリンナが来る前から喧嘩を予感するようになった。それでもリンナがやってくるとわかると飛び上がって喜んだ。
レイの家は線路の隣にあった。車も入れないような狭い市道の袋小路の奥だった。路地を出た先には健勝苑という焼き肉屋があって、夜にはいつも香ばしい匂いが漂っている。鍋の底を棒で叩けば鈍い間抜けな音が四方にいつまでも響いているような田舎の、とにかく汚い貧民街だった。レイの父が「うちは貧民街のあばら家だよ」と言ったのを、レイがリンナに伝えて二人で笑っていると、祖母に「そんなこと言うでねえ!」と叱られた。
リンナが帰ってしまうと、レイは急に寂しくなって、彼女の声が聞こえない静けさの中で打ちひしがれるのが常だった。