原初の呪い
仁はユキと部屋に戻り、ネイサンはサマエルと居る。
「遅くなってすまない。だが、いろいろわかった」
ネイサンがサマエルに言う。
「そうか。今から話せるか?」
「今日はソケネの番をしないのか?」
「知っていたのか?まあ、オレがいなくても問題ないだろうさ。メシは食べたのか?」
「…あんたはジンみたいな事を言うんだな。その辺はジンがうるさいんでな。向こうで軽く食べて来たよ」
ネイサンは苦笑して答える。手合わせの後、すぐに戻ろうとしたら「せんせー、朝しか食事摂ってないですよね?」と、いつの間に作ったのか夜食を用意されたのだ。自分だって同じだろうに、棚上げが酷い。
サマエルは普段使われていない、小さな談話室にネイサンを招いた。
「ここに来るまで使った事がなかったが、魔道具というのは便利だな。自分で魔法を使うよりは信用に欠けるが、微量の魔力で使えるし なかなか優秀だ」
小部屋に置かれた消音装置を作動させながらサマエルが言う。
ネイサンにしてみれば日常的な物なので、相手の反応が新鮮であった。
二人は照明の置かれた小さなテーブルを挟んで向かい合って座る。サマエルの手には棚から出した酒瓶とグラス二つ。一つに酒を注ぎネイサンの前に置き、自身にも注いで瓶を置く。
男二人、静かな時間が流れる。
「…師匠に聞きに行く前の俺の知識は、原初の呪いとは古の守護者…つまりは古代種の事だよな?それの力を手にする為に、産み落とされた卵に施す魔術というだけだった。だが師匠に聞くと”違う。そんな優しいものじゃない。詳しく書いた資料がある”と言うんでな…二人で師匠の持っている大量の資料から探していたんだ。それで時間が掛かった」
全く分類も整理もされずにマジックバッグに入れられていた資料や紙類の中から発掘するのは大変だった。さすがに分類くらいはするべきだと言ったが、それでもだいぶ整理したのだと逆にキレられた。
ネイサンは言葉を続ける。
「言っておくが、あんたらにとっては相当に屈辱的な内容だと思う。正直、あまり読ませたくはない。本来は術師の口承のみで語り継がれたものを、師匠が口述記録したものだ。最後の語り部だったらしい。…どうやって探し出し、聞き出したのかは謎だがな」
マジックバッグから五十枚ほどの紙を束ねた資料を取り出す。サマエルは受け取ろうと手を差し伸べるが…。
「…怖いな…」
苦笑して酒を一口飲み、改めて受け取った。
パラリ…パラリ…
サマエルがゆっくりと紙をめくる音だけが聞こえる。
最初こそ平静を保っていたが、次第に眉をしかめ、小さく唸り、目も当てられぬとばかりに手で目を覆う仕草を見せたりしながら読み進む。ネイサンはそれを邪魔をしないように静かに待つ。
資料の冒頭には約四百年前の日付があり、こう書かれている。
【原初の呪い…最後の語り部をようやく見つける事が出来た。原始の力を使うと言われた古代種が滅びた一番の原因は、この呪いのせいだったのではないだろうか】
そして誰がどうやって呪いを作り利用したのか、呪われた古代種がどうなったのか、最後に法術が使われたのはいつか、またその方法とは、等々が細かく記されている。正直、当事者には絶対に見せたくない内容である。
時間を掛けて一通り読み終えたサマエルは、眉間を揉みながら重たい息を吐いた。
「あんたが居てくれて助かったな…」
テーブルに資料を置き、その上に手を乗せる。
「あんたの師匠にも感謝だな。語り部から聞き出すのは大変だったろうに…」
「師匠曰く、長く生ける者の義務らしい」
「エルフだったよな…。良くも悪くも身内以外に興味がない種族だったはずだが…まあ、いろんな奴がいるか…」
ネイサンは頷く。
「原初の呪い…まだ成熟する前の幼い女に掛ける呪い…オレらが知らない訳だな…。しかも年代的に最後の犠牲者はオレたちの世代じゃないか…?」
「…そうかもしれんな…」
遥か昔、この世界は濃い魔力に覆われていた。全ての生き物が共存し、助け合いをしている中で行われていた非道な魔法術。
力ある者を産み出す種族の女に掛けておく事で、術者かその後継者が 生まれた子を奴隷か従魔かのように使役する事が出来る卑劣な呪い。
ただでさえ他の種族を遥かに上回る、長い時を生きる古代種である。
一人の女が子を成すのも一生に一度あるかないかだと言われていた。
始めは孕んだ女に掛ける術だったのかもしれない。でなければ、結果が分からないだろう。それが成功したからこそ増長した愚かな者たちは力を手に入れる事に躍起になったのではないか。その結果、手っ取り早く呪いを掛ける為に まだ幼い子にも手を掛けるようになったと想像するのは難しい事ではない。
いつ子供が出来るか出来ないかもわからない上に、術者が生きている内に産まれるかもわからない。それでも後世の為と嘯いて 多くは己の能力を試す為に、少数は本気で守護者の力を手に入れる為にと 愚かにも術を掛けたのだろう。
恐らく最後の方には術が掛かっていない女の方が少なかったのではなかろうか。仲間の産んだ子がヒトに連れ去られるのを見て術に気付き、子を諦めた女もあったかもしれない。同種が減って番う事が出来なくなった古代種は滅びの道を進むしかなかっただろう。
「…長い事生きているが…オレの知る同種族は二位だけだ…」
古代種は滅びの原因がヒトの呪いだと知っていたのだろうか…?
「そうか…」
「しかし、ヒト族とは愚かで恐ろしいものだな。己の利益の為に、先を見通さずに事を成す。結果を考えはしないのか…」
「すまん…。だが、そんな奴らばかりではない」
ネイサンが辛そうに言う。サマエルは今更気付いたように顔を上げた。
「ああ…そうか。あんたもヒトだったな。だが、あんたとジンはオレにとっては既に身内なんでな。正直、忘れていたよ」
酒を注ぎ、飲み干すサマエル。椅子に深く凭れて深く息をつく。
「しかし参ったな…。結局、呪いは解けないのか…」
「…資料を読んだ限りでは、護るべき”対象者”がいなければ術は発動されない。あんたの場合は魔王…”魔王の核”を守る呪いになっているんだろう。だから戦いを望まなかった魔王の時は守る必要が無くて発動されなかった。…厄介だよな。個人を守る、ではなく”魔王”とその”核”を護るとなると…ソケネと今の核を消しても、あんたの生きている内にまた次の魔王が現れたら…」
「嫌な事を言うなよ」
顔に手を当てて「勘弁してくれ…」とサマエルが呻く。
ネイサンはその様子を見て、関わった以上は何とかしてやりたいと思う気持ちが強まった。お人好しの自覚はある。
「…その資料はどうする?語り部も居なくなった今、呪いがあった事実を残すモノは恐らくその資料だけだと言っていた。廃棄してしまえば、ただの忘れられた魔術になるだろう」
「…廃棄して良いのか?」
「ああ。良いようにして欲しいと言っていた」
「…言ったのか…?」
「いいや?俺は”ソケネに関係しているから、今すぐに原初の呪いについて知っている事を全て教えて欲しい”と伝えただけだ」
サマエルは苦い笑いを顔に張り付けて頭を振った。そして資料を手に取ると燃やそうとした。しかし眉を寄せて躊躇し、再び頭を振って懐に収めた。
「胸糞悪いが、オレたち以外にも生きて辛い思いをしている者が居るかもしれない…。今回の件の後、オレは眠りにつくかもしれんが…。もう一度だけ、しっかりと読んでから処分を検討しよう…」
己の感情を押し殺したサマエルは、再び椅子の背に凭れて天井を仰いだ。




