仁とユキ
ハーディンで使っていた部屋に戻った仁はネイサンに聞く。
「せんせー、あたしはどこに居たらいいですか?」
「…そうだな。少し時間が掛かるかもしれないが、ここで待っていてくれ。もし向こうからの呼び出しがあったら、すぐに知らせてくれ」
「わかりました」
「ああ…そうだ。あいつがユキを出してやれと言っていたぞ。お前、相当あいつを信用しているようだが…気を付けろよ?」
「…はい…」
ネイサンの懸念はもっともなので大人しく返事をする。
「行ってくる」
「はい」
ネイサンが出て行った後、すぐにユキを出してあげる仁。どうやら寝ていたらしく、一頻り甘えた後 ソファに座る仁の膝に頭を乗せるとすぐに寝息を立て始めた。
「ん、もう…。甘えん坊さんねえ…可愛いんだから…。」
顔を綻ばせてユキを撫でつつ、サマエルに言われた”魔力の種”の事を考える。
ソケネが呼んだはずのモノが、あたしの魔力に惹かれてミナクルまで来たって事?…”種”が、あたしを呼ぶために鳴いたの?でも、形の無い魔力の固まりなんじゃないの?あたしが見つけた時、もうオレンジの縞々だったわよ?あたしが想っていたのは真っ白い子だったのに?
もの凄い勢いで様々な疑問が膨れて行くが、答えはない。そもそも答えが欲しいわけでも無かった。
仁はユキを見る。
ユキに出会ってから、毎日の楽しみが出来たし立派に育てようという目標も出来て生活に張りが出た。更に言えば、ユキとルアフの勉強会がなかったら今のようにネイサンの近くに置いてもらえる事もなかっただろうし ビイナとイーチェにも出会えなかっただろう。
「…ユキちゃんは、あたしの宝物だわね…。お願いだから、ずっと一緒にいてねぇ」
眠るユキの頭をそっと抱き締めて寝顔を堪能していたが、気が付いたらソケネの事を考えていた。堂々巡りになるのが分かっているので早々に考えを放棄するが、ふと思い至った事があって想像を膨らませた。
…もし”魔力の種”がもう一つあったら…ソケネの結界にそれを送り込んでみたら…?ううん。そんな事より、ユキちゃんのパートナーに出来るかも…?
実際にはどちらも無理な事だろうが、仁はユキが二頭で並んで居るのを想像して息子の結婚を夢見る母のような顔でニヤニヤしてしまう。そんな幸せな想像をしていたら、ユキが目を覚ました。
「ん~!ままー、もうお外にいてもいいのー?」
思い切り伸びをするユキ。やはり相当寂しかったようだ。
「ずっと影にいてもらってごめんなさいねぇ。サマエルの仲間のヒトたちも信用出来るみたいだから、お外に居ても大丈夫よぉ。でも、しゃべっちゃダメよ?」
「うん!やったー!」
そこで初めて、今いる場所が王宮だと気が付くユキ。何でここにいるのか問われて、せんせーの用事があって移動したのだと答える仁。
「せっかくだし、待ってる間に少し身体を動かしたいわね…」
身体は動かしていたが日課の鍛錬は暫くしていないので、ちょっと体の動きが悪い気がする。ユキも賛成のようで、「やるー!」とはしゃいでいる。
「ちょっと待ってね。鍛錬場に行っても良いか、せんせーに聞いてみるから」
ビイナさんとお話し中でしょうけど…ごめんなさい…
『せんせー、失礼します。あの、鍛錬場に行っても良いですか?』
ビイナとの会話に集中してるのだろう。すぐに返事はこなかった。
「せんせ、なんて?」
ユキが無邪気に聞いてくる。
「まだよ。きっとお話し中なのよ。少し待ちましょうねぇ」
仁はマジックバッグから鍛錬用にしている服を出して準備する。清浄魔法で綺麗に出来るとはいえ、体も服も汗とホコリに塗れる。それが嫌でなるべく着替えるようにしているのだ。
『鍛錬場は使うな。俺たちは今、アメカーヤに居ると思われている。見つかると面倒だから、誰にも見られないように物見塔に行って結界を張ってやれ』
まだかなーと思った頃にネイサンから返事が来た。
確かに、ここに居ないはずの自分たちが居たら厄介かもしれない。「わかりました。気を付けます」と返して物見塔に転移した。歩いて向かっても十分もかからないが、見られないには一番の方法だと思った。
一度、上空に出て誰も居ない事を確かめてから降りる。塔に降り立った仁は結界を張ってユキを呼ぶ。
「さて。やりましょうか」
「やるー!」
とは言っても、まずは師匠の教えを守り基本から始める仁。その間、ユキは仁の作った玩具で遊ぶのが鍛錬時の日課である。この玩具は、逃げたり追ったり攻撃してきたりと中々の高機能でユキのお気に入りだ。ちなみに形はユキのリクエストで小型の鳥になっている。
今回は結界と言う狭い空間の中、予測できないその動きで仁の方に向かってきたりもするので仁の鍛錬の一環にもなっているようだ。
昼も過ぎた頃から始めた鍛錬は、ネイサンからの呼び出しが無かったので夕暮れになるまで続けられた。久々に良い汗をかいた仁はサッパリとした顔で汗を拭いて座った。
「ユキちゃん、どんどん強くなってるわねぇ」
後半はがっつりとやり合った仁とユキ。仁が嬉しそうに言うが、ユキは疲れ切ってダラリと横になっている。声も出ないのか尻尾の先をピコンと動かして返事した。
夕風に当たりながらボーっとしていると、ネイサンの気配が近付いてきたので可視化して迎える。
「待たせたな…」
結界に入ったネイサンは仁の横に座る。数時間で随分と疲れ切った顔になっている。仁はマジックバッグから軽く冷やしたフルーツジュースを取り出して渡す。頭が疲れた時には糖分だ。
「…はあ…。これから戻ってまた話し合いだな…」
珍しく弱音っぽい言い方をするネイサン。
「ビイナさんとのお話、そんなに大変だったんですか?」
ネイサンはグラスを仁に返しつつ頷いた。
「よし…。戻る前に身体を動かすか」
仁を促して立ち上がるネイサン。それに続く仁は嬉しそうに微笑んでいて、ユキは「ままは元気だなあ…」と呆れるのだった。二人の手合わせは星が出るまで続き、アメカーヤに戻った時には夜半前になっていた。




