仁、ソケネを捕獲する
「…おい…」
二人が着いたのは、通行門の“上空”だった。透明な足場の上なので落ちる心配はないが、いきなりこれでは驚いても仕方ないだろう。
「ごめんなさい。移動する直前に、全く状況がわからないのは怖いなって思って…」
「お前…セファに飛んだ時と言う事が違うだろうが…」
ネイサンの言葉に、仁は苦笑する。
「今までは信頼できるヒトを目標に移動していたから…」
仁の本音は「万が一にも着いた瞬間にネイサンと敵を肉薄させたくなかった」のだが、これは心の中に仕舞われる。
下を見れば、門には錠が掛けられ内側に巨大な木の切り株が押さえとして置かれている。
しかし…
敵は既に内部に居る。門をしっかりと閉じた事で、逆に逃げ場を失ってしまったようだ。数十人の兵士が剣と魔法を振るっているが、殆ど効いていない。そして敵はと見れば、ライラだと…知る者が見れば辛うじてライラだと分かる有様だ。
その姿を痛まし気に見ていた仁だが、嫌な気配を感じて警戒態勢を取る。
「ライラさん…お気に入りだったんじゃないの…?」
仁が呟くのと、敵の気配を感じたネイサンが振り向き様に剣を振るったのは同時の事だった。
そして次の瞬間、仁はネイサン突進し そのまま腰を抱くとその場から岩山の近くへ魔法を使って移動した。着いた途端に強い魔力が何度も当たったが、仁の結界はビクともしない。ネイサンを離した仁は、師を護るように前に出る。
「…あなた、ソケネ?」
何度目かの同じ質問。やはり、仁には黒い魔力の固まりにしか見えない。
ネイサンが戦闘態勢に入った事で何か仕掛けようとしているのか?と分かったくらいだ。微かにでも魔力の動きがあれば問題ないのだが、物理的に来られると全く見えないのではネイサンの足手纏いにしかならない。本当に困るのだ。
なので、面倒くさいなーと思った仁はソケネを結界で囲んでみた。
ほんの少し前にソケネの魔法にあれほど手こずり翻弄されたはずの仁が、サックリとソケネを生け捕ってしまう。
驚くネイサンと、ソケネ。仁自身が一番驚いていた。
仁は同時にサマエルの魔力を探し出す。不思議と「絶対に繋がる」と思えた。
『サマエル。この黒いの、ソケネの本体?』
何の脈略も無い念話が届いたサマエルは、仁の様子を探ると一瞬呆気に取られた顔をしてから笑い出す。
まだ一緒にいた女魔将が、眉をひそめてサマエルを見ている。それに気が付いたサマエルは手をヒラヒラさせて「何でもない」と伝えた。
『…サマエル?…さすがに聞こえないのかしら…』
『すまん。聞こえているし、視えた。あまりにも思いがけない事になっていて笑ってた』
仁はさもありなん…とサマエルの様子が容易に想像出来た。
『それにしても、ここまで視えるのも珍しいぞ?念話といい、お前とは相当相性が良い様だ』
『今はそんなのどうでもいいのよ。どう?本体なの?どうしたら良い?』
サマエルは「どうしたら良い?」と聞かれた事に違和感を覚えた。
『…なんで、どうしたら良い?とオレに聞く?お前らはじい様…ソケネを消したいんだろう?』
『このまま消したら、問題あるんじゃないの?…いろいろ面倒なんでしょ?』
サマエルは顎を撫でて「ほう…」と呟いた。なるほど、あの時の言葉を覚えていたわけか。
言うか、言わないかの二択…言えばジンの事だ。出会ったばかりの関係とはいえ、最善を尽くそうとするだろう。こっちとしては願ったり叶ったりな事ではある。
ある、が。
『…オレは自分の知らない間に、魔王を守るという契約をさせられている。だから魔王の核を持っているソケネを直接どうこうする事が出来ない。
更に言えば…ソケネと魔王の間に契約が結ばれているらしくてな。簡単に殺しただけでは、何処かに魔王の核と共に再生するそうだ。…ある意味、共生関係に近いと言えるのかね…。
ソケネを完全に消し、魔王の存在も消す為には ソケネから魔核を取り上げなくてはならない。その上で双方を消せば良いんだが…それもオレの方の契約の性質上出来なくてな』
『なにそれ。勝手に契約なんか出来るの?まあいいわ。今聞くことじゃないわね。とりあえず本体で間違いないわね?』
『ああ。そいつはソケネだ。だが、なんで…』
『あたし、ソケネは黒い魔力の固まりにしか見えないのよ。だから本体かどうかもわからないの。それと、この場で消しても意味がない…って言うか…どっかに飛んでいかれたら…もっと面倒になるって事よね…?』
『…その可能性は高いな…』
『…そう…ありがとう、サマエル』
念話を切った仁は、結界内で暴れているモノをしみじみと見つめた。
向かいに立つネイサンの困惑した目と合い「あ、また一人で突っ走っちゃった?」と気が付いた。
仁は荒れ狂っているモノに、更に防御結界と外界と遮断する結界を張る。万が一にもソケネを逃がさない為、外の様子を見られたり会話を聞かれたりしない為だ。
「あの…せんせー、ごめんなさい。あたし…やっぱりソケネが黒い魔力の固まりにしか見えなくて…魔力を使った攻撃なら分かるんですけれど、物理的に来られたら何の役にも立たなくなっちゃうんです。それに前と違って今は自分の魔力を上手に使えるようになりましたし…。だから…」
「結界を張ってみた…?」
頷く仁。ネイサンの表情には呆れしかない。
「それと…覚えていますか?ライラさんの時と…セファに飛んだ時の事…」
「…お前の言ってた”信頼できる奴”の事か?」
ネイサン的に、あの件は仁が初めて自分たちに言えない事を持ったという感慨深さすらあったのだが。
仁は緊張した面持ちでネイサンを見て頷く。怖いくらいに真剣な目をしている。
「…せんせー…そのヒトは、魔族のヒトなんです…」
ネイサンの眉がピクリと上がる。
魔族に追われる者が、何故、そうも簡単に魔族を「信頼できる」と言い切れるのか。
仁は話す。
ソケネの魔法に追われた時に、その魔族が助けてくれた事を。また乞われて魔力を分け、自分も魔族の魔力に触れた事に依って自分自身の魔力の使い方を見直す事が出来た事。
「…ソケネの魔力なんか足元にも及ばない力量…。漆黒…本当の闇色なのに、暖かい魔力なんです。…せんせーの魔力みたいに、側に居てくれるだけでも安心してしまうような…」
ああ…だからこんなに信用しちゃったのね…
自分で言いながら思い至り、ちょっと恥ずかしくなる。
「それで、今…そのヒトと話したんですけれど…」
「…近くにいるのか?」
「いいえ?多分、アメカーヤに居ます」
ネイサンの顔が再び困惑した。
仁も困った顔をした。説明のしようがないからだ。
「えっと…それで聞いた事です。そのヒトは、自分の知らない間に魔王を護る…魔王の核を持つ者も護るという契約をさせられてしまっているから 直接ソケネをどうこうする事が出来ない。更に魔王の核を持つ者を核ごと消すと、何処かに核と共に再生する。取り上げたいがそれも自分の契約の性質上出来ない、と言っていました」
「…そいつは、魔王復活を妨害したいんだな…?」




