ダンジョンの後
初めてのダンジョンを無事に終了した仁たちは、翌日にはミナクルに向かっての帰路に着いてた。朝に出て、昼過ぎには着く。
仁の背負ったナップザックには、戦利品のミルクとミノタウロス肉とオーク肉が一塊ずつ入っている。長く保存も出来ないので、それ以外は売ってしまった。
ミルクも高く売れるが、口の端をプルプルさせたイズルが「記念に取っておくべき」と言って仁に持たせてくれたのだ。
嬉しそうに陶器を撫でる仁。おかげで腹筋を鍛え続けるハメになるエルとイズル。
そんな一行が進むのは、馬車がすれ違える幅のある均された道。両脇は草原で、ちょっと入ると森になる。ゆっくり散歩気分で歩くには気持ちの良い道中である。…もっとも、そこは高ランク冒険者。涼しい顔でどんどん歩く二人に、仁が少し遅れて付いて行っている。
昼時になり、イズルが「ごっはーん!」と声をあげた。
エルは苦笑いしながら場所を選び腰を下ろす。ご機嫌なイズルが、自分の袋からダンジョン近くの屋台で買った パンや串肉や筒に入ったスープやらを三人分出して並べていく。
そんな鼻歌混じりのイズルに、仁が聞いた。
「ねえ、イズルちゃん。その袋ってどうなってるの?」
「ん?どうってー?」
「だって、どう見てもそんなに入らないでしょう?」
イズルの袋も仁のナップザックと同じ位の大きさなのに、出された物はどう見ても容量の三倍以上ある。なのに膨らみすら無かった。
一瞬、キョトンとしたイズルだが「ああ!」と笑みを浮かべる。
「これね、マジックバッグ!拡張魔法が掛かってるのー!前に行った高級ダンジョンの宝箱に入っていた一級品ー!」
「拡張魔法?」
「うん」
「オレのリュックもダンジョン産のマジックバッグだぞ。容量はイズルのに負けるけど、ちょこっとだけ保存が利くんだ」
コテンと首を傾げる仁に、二人は食事中の雑談にと空間魔法の話をしてくれる。
仁が理解した限り、空間魔法というのは誰でも使えるモノではなく相当 高度な魔法である事。現在使えるとされているのは、近隣の国を含めセルゼの首都ハーディン御抱えの王宮魔術師だけらしい事。今、出回っているマジックバッグはほぼダンジョン産だろうという事。
そしてマジックバッグにもいろいろあり、ポーチサイズで荷馬車くらい容量がある超レア物や時間経過の無いモノなんかもあるそうだ。
「いいわねえ。でも、高級ダンジョンなんて想像するだけでも卒倒しそうだわぁ」
あったら、お買い物に便利なのに…。聞けば宝箱が出るのは高ランク以上のモンスターが出るダンジョンなので、腕に覚えの無い者には厳しいようだ。
「そうねー。今は無理かなー?でも、本当に欲しかったらランク上げてパーティー組んで突撃よー!」
楽しそうな顔を仁に向けて、上に拳を上げるイズル。その様子に「ホントに可愛いわぁ。こんなに可愛いのに、強いのよねぇ」と複雑そうな仁。
話ながら食べて片付けて、再び歩き出す三人。
朝から四時間も歩いただろうか。あと一時間程でミナクルに着くという所で、仁が立ち止まって辺りを見回した。
「疲れたのー?」
「ううん。違うの」
答えながらもキョロキョロと目をさ迷わせる。
「ジン?」
ある方角を睨むように見据える仁。身動きせずにジッと耳を澄ます。そうして、カッと目を開いたかと思ったら突然走り出す。
「ごめんなさい!先に行ってて下さい!」
「「えっ?」」
「すぐ追いつきます!あぁ、可愛い子ちゃん!待ってて!」
すぐ追いつく、と言った後に意味不明な言葉を残して高速で駆け出す仁。
「…何事だ…?」
何かと仁を分析していたイズルに問うエル。
「……。さあ……?」
やれやれ…と既にだいぶ先にいる仁に目を向ける。
「なんか、オレより速くねえ?」
「私より確実に速いよ…」
二人して絶句。
「あ。いや、そうじゃないだろ」
「あ。だね。追いかけなきゃー」
我に返った二人は、もの凄いスピードで仁の後を追うのだった。
一方、仁は。
歩いていた仁は、微かな声が聞こえた気がして立ち止まった。耳を澄まし根元を探る。確かに聞こえた!今にも消えそうな、細い声。
仁はこういう声には驚くほど耳敏かった。前の世界で何度も耳にした、助けを求める小さな獣の声。
「どこなの?あたしはここよ!もう一度鳴いてちょうだい!」
あっという間に森に入り込んだ仁。危険が有るかも知れないから勝手に動くなと言われていたが、今の仁にはその声の事しか頭に無かった。遠くに禍々しい気配があるのにも気が付かないで奥へと進む。
頻りに辺りを見回すが、聞こえない。落胆した表情になる仁だったが、バッと顔を上げた。
「そっちね!」
「ちょっと!ジンちゃん、そっちに行っちゃダメー!」
「ジン、駄目だ。ファング・ボアが向かってる…!ちくしょう、間に合わんか!」
あと少しで仁に追い付くのに、それより先に仁とボアが鉢合わせてしまう!エルは更に速度を上げ、イズルは弓を構えて機会を窺ったが入り組んだ枝が邪魔で急所を捉えきれない。
「一か八かよー。大丈夫!私に任せなさい!」
が。なんとか矢を放とうとした刹那に仁の頭が被った。
「ジンちゃん、ばかっ!どけーっ!」
しかし、焦るイズルが見たものは…力なく倒れるボアだった…。
「あー。エル、間に合ったんだ…」
へなへなと弓をおろすイズルだったが「あれ?」エルが居たのは、仁より少し離れた場所。きっと剣を投げたのだろう。「ジンちゃんにお説教しなきゃ!」ふんすっと鼻息も荒く仁の元へ急ぐのだった。