ミナクルに飛ぶ
イヤイヤするように頭を振って、腕から逃れようとする仁。
「…ジン…俺の声が聞こえるか…?」
「……せんせ…だって…だって…」
耳元に聞こえたネイサンの声に反応する仁。
「…いい子だ…落ち着くんだ…教えただろう…?こういう時こそ状況を見定めて最良の行動を取るんだ…でないと、後悔するぞ…?」
ネイサンの声は低く優しく、安心感をもたらすものであった。
ビイナは幼い子供を諭すような、あやすような、そんなネイサンの声は聞いた事がなかったので少し驚いた。ついでに言うと今にも爆発しそうな状態でもネイサンの声なら聞こえるとか、なんだそりゃ?とも ちょっと思ったのだが。
「でも、せんせー…ミナクルが…ソケネが…」
感情が高ぶっていて言葉にならない。
「…お前一人が暴走した所で状況は変わらんだろう?ここには俺も師匠もイーチェも居る。それにセファにはセルゼ軍がまだ居るしミシュマル国境に行っている軍も現場に向かっているだろう。…少し頭を冷やすんだ」
実際の話でいえば仁が居れば相当な戦力になるのだが、暴走していたのでは成せるものも成せないだろう。
「……」
ネイサンの声に、仁は少しずつ気持ちが落ち着いてきた。そして、そこで初めてネイサンの顔が自分の耳に息が掛かるような至近距離にあり その腕が自分を抱き締めているのに気が付いた。
心臓が早鐘のように脈打ち、立っているのも辛くなる…。違う意味で感情が暴走しそうになった仁は、顔を真っ赤にして俯いた。そんな様子を見せられたビイナは、呆れ気味にネイサンに言う。
「…おい、バカ弟子。ジンを放してやれ…」
「ん?少しは落ち着いた感じか?」
ネイサンは真顔でビイナに聞いた。
「…違う意味でヤバいと思うがな…」
歯切れの悪いビイナの言葉に仁を見れば、耳どころか首まで紅くして固まっている。
「…大丈夫か?」
仁に声を掛けるが、まだ抱かれたままの仁としては頷く事しか出来ない。漸く解放された仁は、その場に座り込んでしまった。
ビイナは心の中で呟く。「バカ弟子…朴念仁…鈍すぎる…」と。
こんな状況ではあるが、イーチェとユキはニヤニヤしていたしナーリは皆から少し離れた城壁ギリギリの場所でミナクルの方を見ていたからか気が付いていないようだ。
「…さて…どうしたもんかな…」
未だ黒煙の消えない方角を見ながら。ビイナは憂鬱気に呟く。
*
「…せんせー、あたし…ミナクルに行きたいです…」
顔の火照りが治まった仁が言う。ネイサンは思考中で動かない。仁の口がキュッと引き締まり、ネイサンの前に立つ。
「おい、ジン。ネイサンも考えてる最中だ。少し待て」
ビイナに言われて、そのまま待つ。まさかそのままの位置で待つと思わなかったビイナは、仁のうっとりとした表情に「うわあ…」な顔になった。
仁が目の前に立っているのも気にせずにネイサンは考えている。自分がどう動くのが一番効率的なのかを。
そして仁は見ている。ミナクルへ行きたい。すぐにでも援護したい。自分に出来る事があるなら何でもする…頭でそう思いつつも、その心は「せんせー格好いい…素敵…悩んでる顔も良い…」と煩悩の嵐だった。
数分でネイサンは目を上げた。そして目の前に仁の顔があってビクリとしたが持ちこたえた。
「…近いぞ…。師匠、俺とジンはミナクルに行く。師匠はこっちの守りと連絡係をやってくれないか?」
軽く仁をどかしてビイナに話す。
「ああ、わかった。あとは任せるぞ。イーチェ、教えるから君はここの護りを強化するんだ。ナーリも行くぞ」
他にも物見塔に居た者に城内に戻るよう指示するビイナ。暫くするとネイサンと仁だけになった。
「…やれやれ…フウツからこっち、休めないな…」
ネイサンがぼやいた。けれどその顔は全く困っていない。仁はネイサンの少々高揚した顔にちょっと複雑な気もしたが、今では冒険者とは多かれ少なかれそういう所があるのだと理解もしていた。
「せんせー、どの辺りに行けばいいですか?」
「そうだなあ…」
あの爆発は方角から見て、岩山の方で起こったように見えた。
もしソケネ級の魔族が本気で放ったものなら、もっと内部まで焼かれていただろう。セファに軽く放たれたという火魔法も、コーレシュに確認したら結構な広範囲に及んでいたからだ。
だとしたら…やはり、一番考えたくはない可能性が有力だろうか…
「…あいつだと思うか…?」
「はい」
「だよなあ…」
仁の躊躇ない答えに苦笑するネイサン。
そう…あいつしかいないだろうな…
「よし。一度ミナクルの通行門の外に行く。もし突破された後なら、戦闘場所まで戻るだけだ」
「わかりました。ユキちゃんは今回、危ないから出て来ないでね。ままが呼ぶまで待っててね?」
「…やだけど…我慢する…」
「いい子ねえ」
仁はユキが影に入るのを確認するとネイサンの腕を取り、そのまま移動した。




