仁、暴走寸前
「…見られてるな…」
ビイナが嫌そうに言うとネイサンも頷いた。これが敵ならどうとでも出来るのだが、好奇心に負けたバカな軍人共となると話が変わってくる。
「仕方ないな…暫く歩くか…」
「…せんせー、ユキちゃんに付いて行って下さい。少し入った所に結界で部屋を作って、そこから飛びます」
「わかった。ユキ、頼むぞ」
ユキはしっぽをブンブン振って得意げにネイサンの先を行く。
少し行った所で、チラとネイサンを見たユキが消えた。仁を見ると頷いたので、そのまま進む。ユキが座っている所に向かうと、中が円形の部屋になっていた。
ビイナと仁も入り、出入口を閉じる。外ではネイサンを見失った兵士たちが出て来て何やかやと言っている。
「ああ…もっとビイナ様のお姿を見ていたかったのに…」
「ジンさんの慈愛に満ちた微笑みが…」
「三人が連れ立つ様が一幅の絵のようで…もっと見ていたい…」
誰かが言えば、頷いたり同意の仕草をみせたりと忙しそうな兵士たち。付いてきたのは三人の熱烈な支持者たちのようだ。
その様子を見て、今にも吐きそうな顔をするビイナ。
「…本当にアホ共だな…ネイサン、書簡を送るのを忘れるなよ」
「わかった」
ネイサンは笑って答えると筆記具を出し、その場でサラサラと書きつけると魔道具の鳥に持たせた。軍人としての職務を放棄してまで、客人の後を追って来たのだ。それ相応の罰は必要であろうという親心だ。
「外からは どう見えてるんだ?」
「普通の木の幹に見えていると思いますよぉ。こう…上を見なければ、ですけれど」
ネイサンの問いかけに、くすくす笑いながら魔道具の出て行った上方を指差す仁。
なるほど、結界は円筒形になっているので しっかりと上を見るくらいの観察力があれば見抜けるはずというわけか。ネイサンとビイナはちょっと笑って仁を見る。
「せんせーたちなら、一瞬で見抜いちゃいますよねえ」
仁は笑いながら二人を見た。二人は「当然だ」とばかりに軽く頷く。
「ふふ…この結界は少ししたら消えちゃうので安心して下さいねぇ。予定通り、王宮のビイナさんの使っている部屋で良いですか?」
「ああ。でも大丈夫なのか?」
ビイナ本人はここに居るので、魔力を追う事は出来ない。
「はい。昨日、自分の使っている部屋で一度試してみたので大丈夫です」
今回は事前にちゃんと確認したようで、不安な様子は全くない。
ビイナもネイサンも「そうか」と頷き仁の肩と腕にそれぞれ掴まる。ビイナも漸く慣れたようだ。ユキはもちろん影の中に入る。
一瞬後には三人はハーディンの王宮の中に居た。
まずは皇帝か国王に報告しなくては…と三人揃って部屋から出た所で、物見塔に向かうイーチェと出くわした。
「ああ!ビイナ様!ねえね!大変なの…!」
「いっちゃん、どうしたの?」
仁がイーチェに聞こうとした所で「あ!ネイサンにビイナ様!」と後ろからナーリが走って来た。仁から見ると、結構なおじいちゃんなのだが思いの外 足が速くて驚く。はあはあと息を切らせて三人の前に立つナーリ。
「それに…ジンも…良く戻ってくれました…」
「ナーリ、一体なにがあったんだ?」
「少し前に、セファ方面から大きな爆発音がして…」
ネイサンが聞き、ナーリが答えようとした時に外から大きな爆発音が聞こえた。
「…この通りだ!これが二回目だ」
皆で走りながら物見塔に行くと、セファとの国境、ミナクルの方角に煙が立つのが見える。
先程まで居たのはセファとアメカーヤの国境付近だったので、少なくとも一緒に居たセルゼ・セファ軍は無事なはずだが…。
「やだ…」
仁が悲愴な声を上げて後退るとネイサンに抱き留められる形になったが、今の仁には喜ぶ余裕などない。自分の、言ってみればこの世界での原点・故郷のような場所が消えてしまうかもしれない。大好きなネイサンの家もある。知り合った街の人たちもいっぱい居る。
仁の周りの空気が変わる。もの凄い速さで 大きな魔力が仁の周りに集まり始める。この世界に来て初めて、感情のままに力を欲していた。
ビイナやイーチェ、ユキが必死に止めるが、全く耳に入らないようで魔力はどんどん集まっていく。ネイサンは万が一にも 仁が一人で移動しないように押さえている。
怒り、悲しみ、嘆き、自分が今ミナクルに居ない事への苛立ち…様々な負の感情が仁を取り巻いて涙が溢れてくる。守らなきゃ…護らなきゃ…
「いや…いや…だめよ…」
仁の魔力が暴走しそうな気配を感じたネイサンは、後ろから強く抱き締めた。
「落ち着け…落ち着くんだ…」




