ビイナの心情
ビイナは仁が時折見せる、この全てを諦めたような悟ったような表情が好きでは無い。こういう顔をする奴は大抵、自分を顧みずに他人の為に突っ走り消えていった。
ならば、仁がネイサンに執着するのは良い事なのだろうか。少なくともネイサンが居る限りはネイサンの存在が抑止力になり、自分の命を粗末には扱わないのではなかろうか。
「…ソケネが言ってました…この戦いは自分の主の為の、血と魂の祭典だと。あたしは、そんなモノを必要とする存在は許せないです」
強い口調で言う仁に、ユキが甘える。仁の緊張を読み取ったのだ。
ユキを撫でると、仁の表情が和らいだ。
「だから、さっさと終わらせたいです。それに…このままじゃ、あたしが魔王の器にされそうですしね…」
「そうか…」
「…ソケネの言っていた四人の魔将…三人はフウツで…たぶん、あたしが倒しちゃいました。アメカーヤの魔力は何者なのかしら…」
仁がサラッとさりげなく告白する。
ずもももも…
ビイナの方から剣呑な気配を感じて恐々と見ると、もの凄い良い笑顔があった。
座っている正面から両肩を掴まれる。いつぞやと同じく、凄く痛い。
「ビイナさん…あの…痛い…」
「痛いだあ?単独で魔族を倒せるような奴が、か弱いエルフに掴まれて痛いだとお…?」
確かに、一般的にエルフは格闘に向かず魔法特化していると言われる。
でも、ビイナさんは絶対に違うと思うの…と涙目の仁。
「…魔将…上級魔将ってのは、最後の時は五人居た。一人、途轍もなく力の強い者が居てその下に一人、その下に三人。更に下に上級魔族、中級、下級魔族と、そんな風に系統だっていたと思われる」
五人の魔将…。
三人は倒して、一人はサマエル…。アメカーヤの魔力は、もう一人の魔将で間違いなさそうね…。
…一番強い魔族がサマエルじゃなかったらどうしよう…絶対に勝てない…
サマエルの魔力は本当に膨大だった。サマエルが本気で自分をどうにかしようとしていたら全く抗えなかったと思う。大体、あの時はソケネの放った魔法にすら手こずっていたのだし。
「…ジンが倒したというのが本当に魔将だったなら…角があった?…なら恐らく下の三人だったんだろうが…。それでも…わしの記憶の限り、多くの魔族を率いていたあいつらは強かった。それを、事も無げに、倒しちゃった、だと?」
「痛い痛い痛い!」
ギリギリと指が食い込む。ビイナに痛いと言えるようになったのは、ある意味成長したのだろうか…。
不意に、ビイナの力が抜けて仁の胸に額を預けた。
「…ビイナさん…」
「もし…あの時、お前さんがいたら…」
ぼそりと呟かれた言葉は、仁の胸に重く響いた。
仁はそっとビイナの肩を抱く。大切な人を亡くしたのだろうと感じ取ったのだ。
「…ほぼ回復していた四人の上級魔将が馳せ参じた、ってソケネは言ってましたから…まだ本調子じゃなかったんだと思います。それに、ユキちゃんが凄くて。魔核の場所を的確に見抜いてくれたんですよ。でなければ、危なかったです」
嘘ではない。ユキの的確な指示があったからこそ、向こうが「たかがヒトごとき」と侮っているうちに倒せたのだ。
「ユキが…?」
仁から顔を上げてユキを見る。得意げにしっぽを振る様は実に可愛らしい。
「ええ」
「そうか…やっぱりジンの従魔だけあっておかしいんだな…」
「むう。それはどういう意味ですぅ?」
膨れて見せるが、可愛くはない。ビイナは笑ってユキを撫でた。
「ユキ、なんでわかったんだ?」
「んとねー。黒い渦巻きの中心なの」
相変わらずの言葉足らずだ。ビイナが「あー」という顔をする。
「…つまり、ユキには魔族の体に黒い渦巻きが見えるんだな?」
「うん」
「それは…全ての魔族にあるんだろうか…?」
「わかんない。けど、三人のはわかったの」
仁にはユキの言いたい事が分かってしまった。サマエルの魔核の場所は分からなかった、言下にそう言っているのだ。
「ソケネのは?」
「…ボクにも、黒い固まりにしか見えないから…わかんないと思う…」
「なんで黒い固まりなんだろうな…」
ビイナに聞かれるが、そもそも仁にだってわからないのに答えようがない。
「なんででしょうねぇ…未だに顔も形も分からないんですよぉ…」
「あのねちっこい喋り方だ。碌なもんじゃないだろうよ」
『ジン…来て…』
いつの間にか、ルアフが頭上に居た。仁は立ち上がる。
「ユキちゃん、ビイナさんと居てね」
「わかったー」
ユキが答えると共に、仁はネイサンを追って移動した。




