ネイサンの勘
ネイサンも抵抗せずに座りユキに凭れて目を閉じた。仁はルアフが離れる前に布で きつく止血するとネイサンの横に座り、血に染まった手を取り ゆっくりと魔力を注ぎ回復させていく。驚きの表情で仁を見ているルアフ。
『…魔法、使ってない…?』
「え?あ…あぁ?」
言われて初めて気が付くビイナ。思っていた以上に神経が張り詰めていたのか、仁が自然過ぎたのか…無詠唱どころか魔法自体を使っていない事に 全く違和感を感じなかったのだ。
仁はただ、完全な回復を想ってその魔力をネイサンに注ぎ込んでいた。サマエルの魔力に触れた事で、効率の良い使い方が少し分かったので実践している。
仁の中では「魔法」とは魔力を増幅させて力の方向性を定めやすくするもの、という認識であった。しかし、自分の魔力は正しい方向に導く力量もあり一々増幅させる必要も無い。想像力にも自信はある。そう気が付いたのだ。
無駄を省く事で、より純粋な魔力を用いる事が出来た。
ネイサンは見る間に回復し、目を開ける。
「…ありがとうな。ジン、ルアフ」
『…』
ルアフは何も言わずネイサンに抱き着いた。いつもなら文句を言う仁だが、今回はネイサンを助けてくれたので我慢する。
ちなみに、サマエルに抱き締められた事は”従魔の食事”程度の認識なのでネイサンに対する後ろめたさなどは微塵も無い。
ネイサンも何も言わずにルアフを受け入れ、改めてビイナと仁に目を向けた。
「師匠、無事で良かった…」
「…すまなかったな…。わしのせいで怪我をさせてしまった…」
「いや、怪我は俺の判断ミスだったんだ。それより、ジン」
どうやらネイサンが怪我をしたのはビイナを庇った為らしい。
「はい」
「何で逃げられたと?」
「…剣で貫いた時、凄い違和感がありました。それに…跡形も無く消えてしまったんです。だから…」
「…そうか…。あとな、さっき攻撃の後…誰かと話してなかったか?」
「え?」
ネイサンは、ただ仁を見ていた。
確証があるわけではない。だが。
予想外の質問に驚いたビイナとルアフも仁を見ている。
「いやだ、せんせーったら。そんなにあたしが心配なんですか?」
仁は混ぜっ返して笑う。
気付かれるとは思わなかったが、何故か驚きも無かった。
「…お前…そういう事じゃなくてな…」
少しイラだった声を出すネイサン。
仁はさっきとは違う真面目な顔で、ネイサンをじっと見つめる。
「…何者かはわかりません…でも、ライラさんの弱点を教えてくれました…」
出来るなら、嘘はつきたくない。でも本当の事は言えない…。せんせーはあたしを信じてくれるだろうか…
「…そいつは味方なのか?」
「はい。それは絶対に」
答えながら「あら?」と思う仁。なんであたしったら、こんなにサマエルの事を信用してるのかしら?ついさっき会ったばかりなのに…?
「本当か?」
仁は頷いた。
「自分でも不思議ですけれど、信用してます。…あたしは、自分を信じて…自分に出来る事を頑張るしかできません…こういう直感は大事だと思っています…」
「…そうか」
ネイサンが一瞬だが少し嬉しそうな顔をしてくれた気がした。心のアルバムにしっかりと焼き付けておこう…と思う仁である。
ネイサンとしては、仁がそこまでハッキリと言い切るなら今はそれ以上は聞かなくても良いと思った。お人好しのくせに、人の選別に関しては実に上手くやっているのを知っているからだ。それよりも、誤魔化さずにちゃんと話した事の方が大切だ。
「…その自分に出来る事とやらが大体やらかしなのは、なんでなんだろうなあ…?」
ビイナの発言にネイサンが噴出した。仁は「それは納得いかない」とビイナに文句を言うが、事実なので相手にしてもらえない。
仁の告白はネイサンとビイナに受け入れてもらえたようだ。
自分を信じてくれた二人の師に、心の中で感謝する仁。
「もう!…それよりも、ソケネの言葉が気になります。セルゼの最後って言ってましたよね?」
「そうだったな…。休んでる場合じゃなかったな。一度、冒険者の所に戻ってから…なんだ?」
ルアフがネイサンの袖を引っ張っている。
『ちょっと待って。今、仲間がアメカーヤを見に行ってるから』
なるほど。風は万里を一瞬で駆けるという。ルアフの機転に感心する面々。
ルアフは得意げにネイサンにしがみついている。
『…着いた…まだ、セファとアメカーヤの国境辺りにいるみたい。…一度、大きな魔法を使われて押されたけど…盛り返したらしいって…』
「なんだ、ルーのくせに役に立つじゃないか。そういや、今回は長居できるんだな」
『…チビ、うるさい。ネイサンが危ないから、特別だって…。え?…アメカーヤの軍人、不死身…?』
ルアフが酷く気持ち悪そうな顔をした。
「ライラと同じ状態なのか…?」
『もっと気持ち悪い。怪我しても体が欠損しても、そのまま来るって』
「せんせー、どうします?」
サマエルの言う通りなのね…可哀相なアメカーヤの人たち…。
魔族の情報はまだ無いのかしら…そう思いながら仁は聞く。
陰鬱な表情のネイサンとビイナ。
「…とりあえず、冒険者らを帰さないとな…」
ネイサンが立ち上がり、仁とユキが横に立つ。
「せんせー、体は大丈夫ですか?」
「ああ。驚くほど回復してるな」
腕を動かし確認しながら歩き出したネイサンを追いながら、仁はホッとした顔で微笑む。
『ネイサン、私も行く…』
「構わんが…制約はされないのか?それに人が多いぞ?魔力は持つのか?」
「魔力はあたしの使ってくださいな。この間のお礼ですよぉ」
ビイナが「あぁ、そういえば…」と思い出して仁を見れば、実に悪そうな顔でルアフを見ている。ルアフの悔しそうな顔を見るに「この間のお礼」になってしまうようだ。
「…ジン、それはちょっと…さすがに可哀相だろう?」
「うふふ…。冗談ですよぉ。ごめんなさいねぇ、ルアフさん」
ビイナは「本当かあ?」という顔で仁を見るが、普通に笑っているので突っ込めない。ネイサンには、うっかり事情を話していないので蚊帳の外である。
冒険者たちが居た場所から思ったよりも離れていたらしく、着くまでに少し時間が掛かった。冒険者たちは休んでいたが、ネイサンに気が付いて声をあげた。肩に乗っているルアフに気付く者はいなかったようだ。
「この場に居た敵は消えた。一先ずは安心してくれ!」
ネイサンが言うと、もの凄い歓声が上がる。未だに芋虫な者たちも涙をうかべて喜んでいる。そんな騒がしい中に子供の姿を見つけた仁。
「あら!いっちゃんじゃない!」




