新たな魔族
仁は少しでも冒険者たちを安心させようと声をかける。
そしてこの場から離れなければ冒険者たちに被害が及ぶかもしれないと、距離を取り逃げる方向を考える仁。
「…セルゼの事も気になるけど…」
「オレがいないから、まだセファでチマチマやってんじゃないか?」
「!」
耳元で聞こえた声に驚く仁。こんなに近くに居るのに、気付けなかった。
黒い魔力を避けつつ咄嗟に横に飛ぶ。ユキも慌てて離れた。
対峙した魔族は、仁が倒した三人とは明らかに異質だった。
角は無いしヒトと変わらないどころか、驚くほど魅力的な外見を持っている。長くうねる黒髪を無造作に後ろで纏め、肌が浅黒く整った顔をしていた。
…そしてソケネ以上に膨大な魔力を持ちながらも、それは全く外に漏れていない。仁には、凪いだ海のように穏やかな魔力が感じ取れた。
同じ魔族でも、こんなにも違うのね…
ソケネや三人の魔族はザラついた、黒くて冷たく気持ちの悪い嫌な感じだった。目の前に居る魔族とは魔力の質が違い過ぎる。
魔族はゆっくりと誘い込むように仁を攻撃しつつ、冒険者の居る場所から離して行く。
そして周りから完全に死角に入った瞬間に、飛び回っていた黒い魔力を鷲掴みにするとマズそうな顔で喰ってしまった。
「…なんで…?」
食べられるの?違う意味でも驚きの表情で問いかける仁。
「ソケネのじい様はもうろくしたのか気が付かなかったようだがな。オレと一緒に来たはずの三人の気配がサックリ無くなっただろ。そりゃ、何事かと思うよな?」
「…角のある魔族の事だったら…あたしが倒しちゃったわ…」
「…そうか…」
仁の正直な告白に憤る事も無く、魔族の男は静かに笑った。
その笑い方が、誰かに似ていると思ったが思い出せない。
「…あなたも、あたしをソケネに差し出すの…?」
何故だろうか。仁の口から、そんな言葉が出た。
戦闘態勢も解いてしまい、そこに佇む。
魔族はゆったりとした動きで仁に歩み寄る。
ユキが臨戦状態で仁の前に出ようとするが、仁がその首に手を回して止めてしまう。戸惑いながらも威嚇は止めないユキ。
仁よりも頭一つ分大きな魔族は、仁の目の前まで来た。あと半歩前に出れば体が触れる距離なのに、落ち着いた顔で見上げる。
「あたしは仁。あなたの名前は…?」
「名など無い。…お前が付けるか?」
「…あたしには…美的感覚がないわよ?」
なんだろう…この駆け引きめいたやり取り…
あたしは何でこの魔族が怖くないんだろう…
仁は自分自身が理解できなかった。
魔族は仁の顔をじっと見つめている。離れた場所からはネイサンたちの戦闘の音が聞こえてくるのに、今、この空間は静寂の中にある。
「…気に入らなければ、貰わんだけだ」
「…そうね…」
少しでも早くネイサンの元に行く事を考えるべき時に、仁は考えていた。
この魔族に相応しい名前を。
「…サマエル…。あたしの記憶では、魔王に匹敵する力を有する者の名前よ」
魔族はくつくつと笑い出した。
「…いやあね…だからセンス無いって言ったのに…」
「センス?なんだそれは」
魔族は面白そうな顔で聞いてきた。
「あたしの国では美的感覚の事をセンスって言っていたのよ」
少しムッとした顔で答える仁。魔族はその顔を覗き込むように体を屈めた。
「その名…サマエル。貰い受けよう。しかし…魔王にされようとしている者が、魔王に匹敵する者の名を授けるとは…」
「駄目だ。止まらん」と言いながら笑い続ける魔族ーサマエル。
仁は知らない。名を持たぬ者に名を与えるという行為が如何に危険で、あり得ない事かを。サマエルは一頻り笑うと、不意に仁を抱きすくめた。
「ちょっと!なにするのよ!」
「お前の魔力を貰っている。そこの従魔と同じだと思え」
サマエルはユキに対して含みのある視線を向けるが、仁には見えない。
『ボクと一緒にしないでよー!』
「それだけの魔力があれば、いらないでしょう!時間がないのよ!」
「くく…。お前の魔力は気持ちいいなあ…」
何とか抜け出そうとする仁を更に強く拘束するサマエル。
仁は息が出来なくなって抵抗するのを諦め、代わりにサマエルの魔力を探ってみた。
…凄い…
サマエルが仁の魔力に接しているせいなのか、サマエルの中の剥き出しの魔力を感じ取る事が出来た。その魔力はソケネのそれより、遥かに膨大で深淵。そして漆黒。
『ねえ、ユキちゃん。あったかい魔力よね…?だから怖くないのかしら…』
『…ボクも怖くない…けど、ままに甘えるからキライ!』
『…これは甘えてって感じじゃないけれどねえ…』
確かに、ユキちゃんと同じなのよねぇ…クスッと笑ってしまう。
「…なんだ?」
「なんで、あなたの方が強いのにソケネの所にいるの?」
「あー。いろいろ面倒でなあ…」
わかるだろう?と言いたげな口調だが、仁の肩から顔を上げないままだ。
ザザザ
場違いに穏やかだった空気が、ライラが現れた事で壊された。
「ジン!いるのか?無事か?」
やや離れた所からビイナの声が飛んでくる。見えない所に行ってしまった仁を気にしていたようだ。
仁はサマエルに「離れてちょうだい」と言い、サマエルも今度はそれに従った。
「あたしは大丈夫です!」




