仁、フウツへ飛ぶ
「助かる!」
ネイサンは肉薄したライラを躱しながら、どうしたものかと考える。
アロンたちもライラに攻撃を仕掛けてはいるが、全く効いていない。
リベッカの防御結界など、簡単に壊されている。ライラの攻撃でこれなら、岩山の時は相当に手加減されていたのだろう…。でなければ確実に圧殺されていたはずだ。
魔力の枯渇を気にせず魔法を使うライラは、実に厄介な敵だった。
*
その頃、王宮に戻っていたビイナと仁は イーチェを迎える為の準備をしていた。
まだ幼いがライラよりも魔術師として優秀であるし、今後を考えると今の状況でイーチェの能力を周りに周知出来たら セルゼにとっての僥倖になるだろうと昨日一日を費やしてビイナが国王シエムを説得したのだ。
ちなみに帝王サイラスは「うん?ビイナ殿に任せるぞ?」と答えただけだった。
「ビイナさん、そろそろペアバッグを確認してきま…」そこまで言って動きを止める仁。
ビイナが不思議そうに仁を見やる。
仁はネイサンの危機を、肌で感じ取った。
魔力を目印に移動していたからか、仁は意識していれば常にネイサンの魔力を感じ取る事が出来るようになっていたのだ。感覚としては完全にネイサンの従魔である。
体中の毛穴が泡立ち、腹の底から冷える感覚が襲った仁は顔色を変えた。
「…せんせーが…」
「え?」
「…ビイナさん。せんせーに何かあったみたいです。すぐに行けますか?」
「な…!待て、ジン。なんでわかるんだ。というかちょっと待て」
「待てません。…先に行きますね…ユキちゃん入って」
「だから、ちょっと待て!」
影に入ったユキを見つつ、ビイナは感情に任せてテーブルに拳を叩きつけた。
自分には感じ取れなかったものを感じ取った仁。ビイナは嫌な予感が膨れ上がり、拭いきれない。
あの時も今も…何故、自分は非力なのか。
自分の役割は傍観する事だけなのか。
長く生きているだけで何の役にも立たないなら、自分なぞいらないではないか!
「いや…。いや、今は出来る事ならいくらでもある…」
あの時とは違う。幼い子供ではないのだ。自棄になってどうする…
「ビイナさん…」
「…わしも行くぞ…。イーチェなら大丈夫だろう…」
テーブルの上に「問題発生。仁と行く。イーチェが着いたら世話を頼む」と走り書きしたメモを残し、仁の背にしがみつくビイナ。
一瞬のちには、ネイサンたちが居るフウツの魔法陣に移動した。他の冒険者の手前もあるので「今来た」という言い訳の利く場所に移動したのだ。
「いやだ…」
仁が思わず声を出した。ビイナも顔をしかめて目を逸らした。
大勢の拘束された者たちが薄ら笑いを浮かべて芋虫のように這い、互いの命を喰らおうとする吐き気を催すような光景が広がっている。それを何とかしようとしている冒険者たちの中に知った顔を見つけた仁。
「エルさん!何が起こったんですか」
「ジン!ビイナ様も!…突然ライラさんが現れて、魔法をかけられたらしいんだ。上から降りて来たら仲間同士で戦っていたから制圧して拘束したんだが、この通りの有様でどうしたものかと…」
「ライラが…」
ビイナが暗い目で暴れる者たちを見据える。
「せんせーは?」
「ネイサン先生はライラさんを追って行った。アロンさんたちも一緒だ」
「ありがとう!ビイナさんはどうします?」
「…わしは、こいつらをどうにかしてから追うよ…」
仁はビイナの暗い顔が気になったが「わかりました」と答えネイサンの魔力を追う。迷うことなく走り去る仁を見たエルは、呆気に取られた顔で呟いた。
「驚いたなあ…。何も言ってないのに、先生の向かった方角にまっすぐだ…」
「ふ…。あいつのネイサン感知能力は気持ち悪いくらいに正確なんだよ…」
苦笑するビイナ。それを聞いていた冒険者たちは妙に納得した顔で頷くのだった。
「…さて。こいつらは精神感応の魔法をかけられたと推測するが…もう少し情報は無いか?」
問いかけられた面々は、ライラが現れてからの事を詳しく話す。
聞き終えたビイナは、これがアメカーヤの市民と同じ状態であると確信。
〝風の絆〟及び魔術の得意な者を集めて、まずは芋虫どもを鎮静化させてから効力のありそうな大魔法を指示。術がかかってから時間が浅いので何とかなるかもしれない。
そして「分散して行使しているよりも効率が良いだろう?」と時と場合の使い分けを教えるのだった。




