ネイサンとライラの戦い
ネイサンは嫌そうに頭を掻くと「仕方ないな…」と呟いた。
「まとめて気絶させれば早いが、そうもいかんだろうな。ちょっと面倒だが、おかしくなってる奴だけ上手く倒してくれ」
「おう」
一騎当千の冒険者二十一名が、わちゃわちゃと入り乱れる百名程の中に割入り 拳や得物を振るう。状況を見極め加減をしつつ次々と制圧していく様はさすがである。二十分も掛からずに戦いが終わると、全体の八割方が倒れていた。
「…今、残っている者は問題ないか?」
アロンが良く通る声で言い、周りを見渡す。
どうやら現状残っている者は操られてはいないようで、アロンの元に集まって来た。
「うわ…たったの二十二人しか残らなかったんだ…」
ガインがボソッと漏らすと、他の面々も苦い顔をして倒れている者たちを見る。
「一応、拘束しておくか」と何人かが動き出す。仲間との戦いで怪我をした者はポーションを飲み回復を待つ。
「何があったんだ?」
ネイサンが最初に来たエスターとチェイコに聞いた。怪我はないが疲れ切っている。
「なにが…」二人は同時に言い、互いの顔を見て困惑の表情を浮かべる。
「ええと…先生からの下山を知らせる書簡が届いてすぐだったんですけど…」
エスターが話し始めた。
転移の魔法陣とは全く違う場所から、ライラさんが現れました。それで「まもなく敵が現れるので皆さんを回復します」と言うなり魔法を使ったんです。
今回はオレたち、どう見ても回復なんか必要じゃないし先陣も戻ってくるのに何を言っているんだろうと思ったんですが…ライラさんは魔法を使うとすぐに消えてしまいました。
ライラさんの魔法は回復魔法で感じる温かさがまるでなくて、寧ろ体が冷え切るような感覚に襲われて…。
「何人かの奴が頭を抱えたり蹲ったりして…だんだんそれが広がって…」
今にも吐きそうな顔で口を噤んだエスターの後を、チェイコが引き取って続けた。
「…その人たちが急に手当たり次第に攻撃をしてきて、混戦状態になったんです…。操られているのが分かっていたから、本気でかかる事も出来なくって…先生たちが戻ってきてくれて、本当に良かった…」
二人は何とも言えない顔でネイサンを見る。後ろで回復を待っている者たちも困惑の表情を見せていた。
「…どうしたもんかな…」
ネイサンがアロンやハームなどの古参の冒険者に問いかけたが、皆も同じように戸惑った顔で言葉が出ない。
ため息をついたネイサンは「とりあえず、拘束した者は魔法陣の方に連れて行ってまとめてくれ。それが終わったら休息を取っていてくれ」と指示を出し「俺は王宮に書簡を送る」と言い置いて少し離れた場所に座り筆記具を取り出す。
同じ内容の書簡を二通書き上げたネイサンは、一通をペアバッグに入れるともう一通は魔道具を使って王宮に送った。
「!」
後ろに気味の悪い気配を感じたネイサンが振り向き様に剣を抜いた。
「…ネイサン…見つけた…」
…そこには、薄ら笑いを張り付けたライラがいたのだった…。
「ライラ…」
ライラは既に死に、ソケネに操られているとエノクは言っていた。こうして対峙して思うのは、それが間違いであって欲しいという事だったのだが…。
ネイサンの剣を避けたライラは横に引き伸ばされたような笑みを浮かべる。綺麗な顔が浮かべる醜悪な笑み。
「ネイ、サン…名前…嬉しい…」
「近付くな…」
両手をネイサンに差し伸べながら近付くライラ。警戒し距離を取るネイサン。
冒険者たちの方へ行くわけにもいかず、少しずつ離されていく。
気付いた者が声を上げ、周りに異常を知らせると動ける者が集まって来たがネイサンが止める。
「あまり近付くな!こいつは操られているが魔術師としては優秀だ。魔法を使われると面倒だ」
ネイサンの言葉を受けて、エルが事情を知らない者たちにライラはアメカーヤの手先になってしまったのだと説明をした。
「あ…ひ、どい…?私は…ずっと、ネイサン…想ってい、た、のに…」
「お前の尻拭いには飽きたんだよ」
ネイサンは辛辣な言葉を投げる。
冒険者たちは立ち止まり、ジュディの指示で防御魔法が使える者が周りに盾を作って備える。
ぶわ…
音が聞こえた気がするほど大量の魔力を放出させるライラ。
魔法を操る者すべてがライラに拘束魔法をかけるが、歯牙にもかけないでネイサン目掛けて突進した。動じる事無く避けるネイサンだったが、今のライラを普通に相手にしたら良くないと感じていた。
なにより、このままでは他の冒険者たちが巻き込まれてしまう。
「…ライラ…お前は死んでもなお、俺に面倒をかけるんだな…」
攻撃を避け、ライラの手首を切り落としたが一瞬で再生された。
それを見たネイサンは、ライラは完全に魔族の手に落ちているんだな…と漸く腹を据える事が出来た。
「ネイ…サン…あ…たし…は…タスケ…て…」
まだ自我が残っているのか、涙を流しネイサンを呼ぶライラ。しかし、それとは裏腹に魔法を駆使してネイサンを捕えようとしている。
ネイサンはどんどん冒険者たちから離されていく。これに危機感を感じた〝森の守護者〟と〝怒れる暴牛〟が追随し、他のものは周りの警戒をする。
ライラの攻撃を避けながらネイサンは考えていた。
ソケネは一体何を考えて自分たちを狙ってくるのだろうか?あの時、確かに魔力のある者が欲しいと言っていた。だがライラも自分よりは劣るが普通よりは大分多い魔力を持っている。なのに、殺され操られている。自分も傀儡にする為に必要なのか?一体、何がしたいというのか…
「…ごめ…な…い…ネイ…サ…ご…め…」
ネイサンはライラの額から漏れる禍々しい魔力を感じた。魔核のような物なのだろうか…?あれを壊せば解放されるのだろうか…?それに賭けるか、この直感を信じてただ逃げるか…。
二つの選択肢を持ったネイサンは迷った。
ライラの魔力が尽きるまで逃げ続けても良いが、額からの魔力は枯れる事無くライラに注がれている。終わるまで相当時間がかかるだろうし、ここに居るのは自分だけではない。
苦渋の決断。
例えどんな別れ方をしようが、かつてのパーティーメンバーを討つ…それは想像もできない程辛いものだろう。エノクの顔も過った。
ネイサンはライラの顔に目掛けて攻撃魔法を放つ。
ぼん…と軽い音でライラの顔が消えたが、すぐに再生される。額から漏れていた魔力がライラの体中を巡っているのが感じられたが、暫くすると気配が消えた。核となるものが動いたらしい。
「いやあ…気持ち悪…」離れた所から見ていたジュディがボソリと呟く。
再生されたライラの顔は泣き顔では無く、冒険者を生業としていた頃の好戦的なものになり動きも変わった。
これで終わらせる事が出来れば楽だったんだが…ネイサンはため息をついた。
向かい来るライラは、ネイサンにかまいたちのような風魔法を仕掛けた。
「…しまった…!」
このまま避ければ、後ろの奴らがやられる。咄嗟に幅のある壁のような盾を作りだして防御するが、範囲が届かず後ろに流れてしまう。
「大丈夫よ!こっちはこっちでやるから、ライラをどうにかして!」
ネイサンの追随をアロンたちに任せて後方支援に戻ったジュディの声がネイサンに届いた。




