ビイナの話
「…魔族というのは…滅びたはずの、血に飢えた種族だ。
今のアメカーヤに本丸があって…まあ、アメカーヤの戦闘主義も もしかしたら魔族の血の名残なのかもしれないが…
太古の昔から魔族と我々ヒト族は争っていたそうだ。
わしが聞いた限りの話だが…常に血に飢えて殺戮を好む魔族との戦いは想像を絶するものだった。そして度重なる戦いの末、共存とまではいかないが不可侵条約を結ぶ事が出来た。
しかし、それも次の世代に王権が移る度に締結しなければならず次第に魔族側に不満が出て来たらしい。
今から…五百年は前になるかな。最後に世代交代した魔王は、条約を破った。
領土と快楽を求めた魔王は再び血で血を洗う事を選んだ。その魔王の腹心として行動していたのがソケネと言う名前だったんだ。参謀として優秀と言うよりは残虐性を買われていたんだと思う。魔族はありとあらゆる非道な手口で殺戮を楽しんでいたからな。
当時は魔力の少ない者の方が少なくて、皆が総出で戦いに挑んだ。
魔族も我々もどちらも退かなかった。そして当時の叡智を結集して魔王を倒し、魔族が滅び絶たれた事で終結を迎えたんだが…何で今更…一体何が目的なのか…」
ビイナがため息をつく。
「…あいつが魔力の強い者を求めているのは確かだがな。師匠が言うように昔と今の魔力の質が違うのなら、あいつ自身魔力を戻すのに相当な時間が掛かったんだろうな」
「そうだろうな…。わしの幼い頃は、呼吸するだけでも身体に自然界の魔力が満たされたものだ。枯渇するなんて無かったんだ。それも魔族との最後の戦いのせいなんだがな。土地が穢れ、大気が穢れ、自然界の均衡が大きく崩れてしまったんだ。精霊も妖精もヒトと共に生活していたのに今では限られた聖域でしか活動出来なくなってしまった…」
「…その…魔族に弱点はあるんですか?」
「弱点か…あいつらは魔核を持っていて、それを壊さない限り復活出来ると言われていた。…恐らくはソケネも魔核の状態から復活したんだろうな」
「普通に壊せるのか?」
「わしの覚えている限りではモンスターの持つ魔石と変わらん。ただ…魔核の場所が、ヒトで言う心臓部に限らないんだ。頭や腕にある者もいたし移動する者もいた」
沈黙。
「あ…そうだ。ビイナさん、あの魔法陣と液体…」
「お前に預けたやつか?」
「はい。ビイナさんが解析してくれました」
ネイサンはビイナを見る。やはり勝てないな…と口の端を上げる。
「…胸糞悪いぞ。魔法陣のインクも瓶の液体も…あれはヒトの血に強い魔力を込めたものだ。ジンから聞いた感じでは魔法陣に液体をかける事に依って転移魔法が発動する仕組みになっているんだと思う。イーチェの描いた魔法陣、我々の解釈は間違っていなかったようだ」
「生贄か…」
「そうだ」
再びの沈黙。そこに、「ヒューイ、ヒュイ」と笛の音が聞こえた。
「そんなに時間は経っていないはずだが…」
ネイサンが小さな呼子を出して「ヒュヒュヒュ」と返した。
不思議そうに見ている仁に「冒険者同士の簡単な合図だ。今度、教えてやろう」と答える。
「最初のが”問題ないか?”で、ネイサンのが”問題ない”だ。念話が使えない者同士でも、ある程度の意思疎通が出来るから覚えると便利だぞ」
「面白いですねえ」
「…エノクの件で心配されているみたいでな…。もう少し話を聞きたいが仕方ない…」
「良い奴らで良かったじゃないか。明日、下山したらジンに迎えに行かせよう。上手くやってくれ」
もうすでにスタンピードが終わったかのように話すビイナ。
ネイサンは軽く笑ってビイナに答える。
「…もう、終わったみたいな言い方だな。まだわからないぞ?」
「あん?もう終わってるんだよ、バカ弟子。ここに来るまでは確信がもてなかったがな、今はいつものフウツの気配しかない」
「…そうか。師匠が言うならそうなんだろうな」
「元々、無理やりなスタンピードだったんだ。まあ、だからこその魔寄せだったんだろうが…」
「ビイナさんの教えが役に立ちました。おかげで未然に防げましたもの」
仁の言葉に笑みをもらすビイナ。
「…さて、行こうか」
立ち上がって仁を促すビイナ。それに従って立ち上がろうとして…腰を落とす仁。
「はい、どうぞ」
ビイナはぶすっとした顔で仁の背中に張り付き、それを見たネイサンは必死に笑いをこらえるのだった。
*
翌日、スタンピードの終息を確認して山を下りた先陣の冒険者たちは 目の前の光景に言葉を失っていた。
後方で待機しているはずの冒険者たちが争っていたのだ。小競り合いどころではない。仲間同士で剣を交わし魔法の応酬をしている様は、まるで戦場のようだ。
「お…おい…どうなってんだ、これ…」
誰かが問いかけるが、それに答えられる者はいない。
目端の利く者が状況を把握しようと暫く様子をみていると、本気で戦っている者と戸惑いながら応戦している者とに分かれているのが分かった。
サムが走り、戸惑っている方の冒険者と接触する。
「おい、一体どうなってんだ?」
「分からないんだ!あいつら突然暴れ出して…」
「暴れ出す前に何かなかったのか?」
「ええ?」
サムが迫ってくる者たちの意識を、拳で刈り取った。
冒険者は荒い息でつかの間の休息をとる。
「…なにか…というか、珍しくライラさんが激励にきたが…」
「筆頭魔術師?」
「ああ」
「そうか…」
急ぎ戻ったサムがネイサンに「筆頭魔術師が来た後におかしくなったようです」と伝えるとハームが一瞬愕然とした顔した。




