エノクの最期
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まだまだ長く続きそうです。宜しくお願いします。
焦りの中でネイサンが読唇術を使えるのを思い出したエノク。駄目で元々…と唇の動きだけでネイサンに問いかけた。ネイサンの目が眇められるのを見たエノクは、いくぶん表情を和らげる。
「…あー。ネイサンの代わりにオレが聞こう…」
「周りに聞かれたくないな…」
見かねたハームの申し出に、エノクが小声で答えた。
ハームはチラとネイサンを見て頷くと、エノクの前に消音の魔道具を置いた。
周囲には固唾を呑むように押し黙る冒険者たちがいるが…
「これでいいだろ。まさか二人になるワケにもいかん」
「…感謝する…」
エノクはネイサンに顔を向けたまま礼を言う。
「…オレはソケネに、ライラを餌にネイサンを連れて来いと言われて飛ばされた。今から話す事で契約を破った自分は死ぬ。どんな死に様になるか分からない…」と言いおいて話し始める。ハームがジェスチャーでネイサンに結界を張れと伝え、エノクの周囲には結界が張られた。
「アメカーヤのソケネは何故かネイサンと、傍に居る純粋な魔力の持ち主…弟子の事だと思うが…それを欲しがっている…ライラはもう死んでいるが全ての記憶…ソケネ…知られ…ソケネの傀儡…だ…あめか…やもソケ…の操…られ…て…て…」
ぐしゃ…
エノクだったものはアトルの男と同じく汚泥のように崩れ落ちたが、幸いにも爆ぜる事は無かったのでネイサンの結界も壊されなかった。
「…きっつー…」
目の前でやられたハームが宙を仰ぎ、魔道具をしまう。
「…ネイサン、読めてたろ?エノクの奴…最後は少しまともだったよな…?」
いつの間にか後ろに来ていたネイサンに言いながらエノクを燃やしてやる。
どんな形にしろ役に立とうとしたのだから弔ってやりたいと思ったのだ。
ハームもネイサンが読唇出来る事を知っていた。だからこその消音だった。
エノクの情報は新しくは無いが、裏付けにはなった。
能力ある冒険者を欲しがる権力者は多い。しかし、その力量差から下手に手を出せば自分に返ってくる事も事実なので実際にどうこうしようとする者は滅多にはいない。だが、その事実を曲げるだけの力を持つソケネ。
エノク、ライラ…そのどちらもが簡単にソケネの手に掛かった。そして自分とジンも狙われている。これは周りから嫌悪や不快感、憎しみに似た感情をぶつけられてもおかしくはない…「お前がいたせいなのか」と。過去の忌々しい記憶が沸々と湧きあがろうとする。
と、その時である。
「先生、ジンは大丈夫なんですか?」
エルが聞いてきた。エルも読唇術を使えたようで心配げにネイサンを見ている。
ネイサンは自分が負の感情に呑まれていたと気付き、息を吐く。
他の冒険者たちも、ネイサンに対しての態度を変える者などいなかった。
「…ハーディンにはビイナ師匠がいるし、新たに張った結界の中にいれば大丈夫だろう…」
寧ろ危険なのは俺と、今ここに居る奴らなんじゃないか…?何しろ、自分は一度は相手の手の内に入ってしまっている。
「…すまん…少し時間をくれ…」
「おお。見張りは良いから、先に休んでくれ。皆への説明はハームに任せろ」
アロンがネイサンの背中を軽く叩いて請け負った。ネイサンは「頼む」とだけ言い置いてテントに入った。
物憂げなネイサンを見送った面々もハームから説明を受けた後、見張りと休息に分かれて行動する。
「…ここで火の番をするなんて思わなかったわ…」
ジュディの呟きにアロン、ハーム、リベッカ、サムが頷く。最初の見張りはこの五人だ。
アロンに無茶ぶりされたハームは皆に「エノクはミナクルからアメカーヤに移った冒険者だった」「ミナクルを出る時にネイサンと一悶着あった」「ライラがアメカーヤに唆されて敵になったと知らせに来た」「契約を破って知らせた事で死んでしまった」と偽りなく必要最小限に説明していた。
「それにしても、珍しくネイサンがへこんでたな」
「アロンは本当に無神経よね…」
「いやー、だって滅多に見れないぜ?あんなヤツ」
「だよなあ。おれは見た事なかったわ」
ケラケラと笑うおっさん二人。
「あの…先生は昔からあんな感じだったんすか?」
リベッカが好奇心から聞いた。冒険者時代のネイサンを知る者は少ないから、この機会に聞きたいと思ったのだ。
面白そうにリベッカを見る三人。サムは居心地悪げに薪の調節をしている。
「…あなたたちくらいの時のネイサンは…怖かったわよ?」
「あー。先輩を差し置いて、どんどん行っちまうしなあ…。今日のあいつの動きは殆ど昔のまんまだったなあ」
「まさしく天下無双って感じだったよなぁ。まあ、なんだ。どんな形であれ、昔あいつがパーティー組んだって聞いた時は驚いたくらいには尖ってたぞ」
懐かしそうな目で火を見つめる三人。
「…リベッカは、ジンと仲が良いのね?推薦するくらいだし?」
不意にジュディに聞かれて一瞬驚いた顔をするリベッカだが、ニカっと笑うと答えた。
「何か…何て言うか、ほっとけなくて構いたくなるんですよ。一途で、でかい体で必死になってネイサン先生にくっついてんのも可愛いと思うし…凄く良い奴だと思うし」
「確かになぁ…。あの献身ぶりには驚いたわ…」
うんうん、と頷き合う面々。
「いやあ、しかしジンの動きは驚いたよなあ」
「さすがネイサンの愛弟子…と言いたい所だけど…あれはちょっと…」
三人の話題は完全に仁の話に変わってしまった。ああだこうだと楽しそうである。
リベッカはサムと顔を見合わせる。
二人にとってネイサンとは超越した存在であり、面倒見が良く頼りになる存在でもある。そんな人物が尖っているのを想像出来なかった。と同時に今日のネイサンが昔のネイサンだったなら怖いどころか傍に近寄る事さえ出来なかったかもしれない。
自分たちが会ったのが今のネイサンで良かったなあ…と、こっそり胸を撫で下ろすのだった。




