学舎で恋する(2)
「よし」
「お願いします」
エルが答える。
互いの得物は木剣ではなく、剣が抜けないよう鍔と鞘をしっかりと結び付けた愛剣だ。木剣では強度が足りずに折れてしまうという。
「お前らみたいなのが相手なら木剣で十分なんだがな。さすがに、そこそこ打ち合える奴相手だと無理だ」
「うわー、なに怖い事を言ってんですかね。本気でやるつもりなんですか?オレ辞退しても良いですかね?」
「良くない。久しぶりにお前の腕もみてやるから、頑張れ」
「…先生、お手柔らかにお願いします…」
天を仰ぐ仕草をして溜め息をついたエルは、スッと剣を構えた。ネイサンも構え、二人の動きが止まる。互いの表情も、いつもの柔和なものから怖いくらいの鋭さを発している。
エルとネイサンが向き合っているだけなのに、そこだけ別の空間のようだった。鳥肌が立つような緊張感と瞬きすらも憚れるような雰囲気がある。
仁たちは息をつめて二人を見ていた。
二人が向き合ってから、どのくらい経ったろうか。実際にはホンの数秒だったろうが、身動き一つせずに見守る仁には長く長く感じた。
ヒュオッ
剣が風を切る音がして、二人の男の間合いが狭まった。
足を踏み出す度に土が抉れる。
剣と剣がぶつかる金属音ははっきりと聞こえるが、その手技のあまりの早さに目が追い付かない。剣の形の練習で踊っているようだと思っていた仁だが、今、見ているものは正に激しい剣舞。
ヒュンと風を切り、ゴウッと空気が鳴る。
ダンッと踏み切る音までハッキリと聞こえるようだ。
エルとネイサンの激しい交わりに体が熱くなるのを感じる仁。
ぽうっと顔を紅く染めて、祈るように両手を胸の前に合わせている。
他の皆も微動だに出来ず固唾を飲んで見入っている。
「ほー。なかなか良いな。よし、少し本気出すぞ」
「先生…、生徒に見せる為の模擬戦でしょうよ…。お手柔らかにってお願いしたのに…」
「なに、昔の教え子の成長を見るだけだって言っただろう?」
ネイサンの剣を止めたエルに、愉快そうに宣言するネイサン。結構、筋肉脳だったようだ。
時間にして十分もあっただろうか。拮抗しているかに見えた試合だったが、エルの動きが徐々に鈍くなっていく。いや、ネイサンの剣が速度を増しているのか。
ギンッ
一際高い金属音がして、エルの剣が宙を舞う。
僅かな時間でエルの息は上がり水を被ったように汗をかいており、ネイサンも額に薄っすらと滲んだ汗を腕で拭った。
「やっぱ…バケモンだ…」
息を整えながら呟きつつ剣を拾うエル。
「は!まだまだ、お前みたいなガキに負けるかよ 」
「ガキって…はぁ…」
へっ、と口の端を弛めるネイサン。エルの成長が嬉しかったのだ。未だ固まって動けずに居る生徒たちを満足気に見やる。
「どうだ?鍛練を重ねれば無駄な動きも少なくなって隙が減る。ちゃんと相手の動きを見る事が出来る様になれば、回避も攻撃もしやすくなる。そしてそれは自分を守る事になるし、時には対峙した相手を守る事になる」
「対峙した相手を…ですか?」
勇気ある生徒が恐る恐る質問した。
「おうよ。もし、俺やエルが自分と同じ力量の相手とで本気で試合したら どっちかが死ぬか両方共に大怪我は免れない」
だが…とネイサンは続ける。
「明らかに力の差があれば、加減して手足の動きだけを封じる事も出来るし…相手の闘争心を砕いて潰す事も出来る」
ニィッと笑ってエルを見やる。気が付いたエルも負けじと言う。
「オレは潰れませんがね。まあ、こんな特級モンスターみたいなのとやりあう事は滅多にないだろうし安心しな」
生徒たちが凝視するのを感じて、ネイサンは困ったように笑う。
「けど、皆は先生に出会えて本当に運がいい。先生の言う事をしっかり覚えて、良い冒険者になれよ」
生徒たちの顔がぱあっと明るくなり、強く頷く。
「さーて、せっかくだ。お前ら高ランク冒険者に手合わせしてもらえ」
うおおおー!
憧れの冒険者に指導してもらえる喜びに、皆が声をあげる。
「模擬戦だけの約束でしたよね…」呟くエル。
「気にするな。終わったらメシ奢ってやるから」
「…良いですけどね…」
カカと笑うネイサンにガックリしつつも生徒たちに向かおうとした。
「せんせー、エルさん。凄い汗かいてたから、先に水分補給して下さい!」
いつの間に用意したのか、レモンのような果物をスライスしたものが入った大き目のグラスを渡す仁。
「ちょっとだけハチミツも入ってるから、飲みやすいですよぅ。ぬるいの嫌でしたら、エルさんに魔法で冷やしてもらって下さい」
「ありがたいが、多過ぎるだろ」
「え?」
「ん?」
仁からグラスを受け取ったエル、一気に飲んでしまっていた。
「や、美味いですよ。これ。先生も飲んだ飲んだ!」
「お、おう」
ぐっと一口飲んだら、全部飲みきっていた。
「…うまい、な」
酸味と甘味が絶妙だ。空いたグラスを仁に渡すと、仁は嬉しそうに うふふと笑って受け取った。
「オネエサン!おれらのは無いのかよ!」
「おいらも飲んでみたいよー」
周りが やいのやいのと騒がしくなる。仁はそんな中、「っもー!今度ね、今度!」と答えつつ急いでグラスを片付けに行く。
エルが不思議そうにネイサンを見る。
「オネエサン?」
「…俺に聞くな。あいつらジンに餌付けされて多少の事は気にもしてねえ…」
「餌付け?」
「宿暮らしで自分の食べたいモノ作れないから厨房を貸して欲しいと言われてな」
初日から武術稽古はイヤだと出ようとしないから、必ず出るのを条件に許可した事、厨房のお礼にとネイサンの分も作っていて、その匂いに釣られた生徒たちも金を払うから食べたいと言ってきた事、今ではすっかり餌付けされて午前の座学が終わるとジンを中心に賄いを作っている事を話した。
「そんなに美味いんですか?」
「…うむ。美味いな」
「…今度は昼時に来よう…」
「おう!頼むわ!」
したり顔でエルの背中を叩くネイサン。自分の口走った言葉にハッとするエル。慌てて俺も忙しいからその内に…と言おうとした所に仁が戻って来た。
「よし、始めよう。誰から行く?」
ネイサンの楽しそうな声に、エルは再びガックリするのであった。




