ライラ堕ちる
「…なんて事…」
ライラの自室に、大きな一羽の鳥が居た。その鳥はシエムの執務室に置かれた魔道具から その様子を受け取り拡声器のようにライラに送っている。盗聴という、やってはいけない禁忌を自分の欲のままに破る事には 何の抵抗も無かった。
ちゃんとやってきたのに そんなふうに思われていたなんて。
ライラは己の怠慢を恥じるどころか、要所要所での要請はこなしていたと憤る。
「いいわよ…あんたたちがそのつもりなら、私はアメカーヤについてやる…」
私がいなくなって後悔すればいいんだわ…
「では丁度良かったですね?お迎えに上がりましたよ?」
「…!」
自分の道具として使っていた鳥の口から、丁寧だがいやらしい男の声が響いた。
ライラは動けなかった。王都にも王宮にも自室にも、幾重もの結界を張ってある。悪意ある部外者が入る余地はないはずなのだ。それを事も無げに…自分の道具まで使われて…。
「ふふ…どうしました?覚えているでしょうか、アメカーヤのソケネですよ?あなたの声が聞こえたので、こうして迎えに来たのですが?」
「…い…いかないわよ…さっきのは、ただの言葉のあやだわ…」
恐れを感じたライラは、ジリジリとドアに向けて移動していく。
「大体、なんでアメカーヤの魔術師が私の部屋を知っているのよ…結界だって…」
鳥がライラの側に飛んでドアの前に立った。ヒッと身を竦ませるライラ。
「ザルの様な結界に何の意味がありますか?…いえ、そんな事は今はどうでも良いのですよ。実は用意していた道具が上手く使えませんでね…。あなたなら、上手く動いてくれるのではないかと思いまして」
ソケネの言葉に違和感を覚えるが、何がおかしかったのか頭が回らない。
「実に丁度良い機会だったようでなによりです。今、あなたのような方が必要なんですよ」
「せ…セルゼを侵略する手伝いは嫌よ…」
「おや?あなたを蔑ろにするような国ですよ?」
ライラは答えずにいた。必死に逃げようと魔法を使っているのだが、何一つ発動しない。焦りと恐れで汗が流れる。
「…私は、あなたの能力を生かしてあげたいのですよ?…ああ…あの男のせいですね?」
ライラがビクリと身を震わせた。
「…ネイサンにも、こちらに来て頂こうと接触したのですが…邪魔が入ってしまって残念ながら交渉が出来ませんでした。ですが、あなたがこちらに来たと知れば きっと話だけでも聞いて頂けるのではないかと思っておりますよ?」
「…無理よ…前の時だって、ネイサンは勝手にすればいいとしか言ってくれなかったみたいだもの…」
「…それは、誰の言葉でした?本当にネイサンの言葉だったんでしょうか?」
「え…」
何?この男は、一体、何を言っているの?
「ライラさん、ネイサンがあなたに直接言ったのですか?…違いますよね?ミナクルの領主…元パーティーメンバーの方に言われた…そうですよね?」
「え…え。そうよ…。だってネイサンは私と会ってくれないもの…」
「間に入って、事実を歪めて伝えているかもしれませんよ?」
「まさか…マーロウがそんな事する意味がないわ…」
「そうですか…?本当にそう思いますか…?」
少しずつ、少しずつ、疑心暗鬼の種を撒いて育てていくソケネ。
ライラは今、何故ソケネがこの場に存在して 何故こんなにも内情に詳しいのかを考える事も出来なくなっていた。心のどこかで小さくくすぶり続けていた、自分は裏切られていたのかもしれないという猜疑心…その思いだけが膨れ上がり冷静さを失っていく。
「私は…」
「そう…あなたは頑張っていたのです。それをわからない仲間や国など、捨ててしまいましょう…」
「いいえ…いいえ…そんな事出来ない…ここにはネイサンが居るのよ…」
「…そのネイサンとて、騙されているのかもしれませんよ?」
「あ…」
「あなたが居なくなった事で気が付くかもしれません。そうしたらアメカーヤに迎えればいいのです。あなたとネイサン…お似合いではないですか?」
「…わた…しは…」
「さあ…ライラさん。ネイサンと共に?それともセルゼと共に?」
頭を抱えたライラは、低く唸りながらしゃがみこんだ。
瞬間、ライラは部屋から消え、ハーディンに張られていたはずの結界全てが揺らぎ解かれたのだった。
*
「あっぶな…」
結界が消えた時、ビイナは丁度ハーディンの王宮に着いた所だった。
ライラの結界が消えたのを感じたビイナは、すぐさま自身の力で結界を張り直した。魔力量的にもギリギリの なかなかの荒業だったが、応急処置にはなったはず。
宣戦布告された以上、王都に攻め込まれるのが一番困る。結界は魔法やモンスターや悪しきものを弾く為に必要なのだ。そのまま王宮に入り、異常事態に右往左往していた魔術師たちを一喝。それぞれの職務を果たせと尻を叩いた。
サイラスとシエムに謁見したビイナは、開口一番に「すぐにライラの部屋を確認してくれ」と言うとそれが実行されるまで口を開かなかった。急ぎ確認した配下が「どこにも居ません…」と動揺しながら報告するとビイナはサイラスに言った。
「皇帝陛下。もう感じ取っていると思いますが…今、張っている結界はわしが簡易的に張ったもの。ライラの張った結界は解かれてしまった。いいですか、破かれたのではない。自ら解いたのです」
「…つまり…」
「…どういう経緯かはわかりませんが、ライラはセルゼを捨てた。そういう事です」




