ハーディンの動き
ネイサンが先陣の冒険者に説明を始めた頃、後方支援の冒険者たちは後続で到着した者たちと共に暇を持て余していた。こちらも、いつもなら今頃は臨戦態勢になっているはずなのだが。
「…なんか、いつもと違うよね…」
「うん。取りこぼしが殆どこないね…」
「あの空の炎、誰がやったんだろうね」
「あんな凄い魔法使える人、いたっけ?」
各領から集まった冒険者は、たまに現れるモンスターを倒しながら 状況を知らせる先陣からの知らせを待っていた。そして待ちかねた知らせには「スタンピードモンスター殲滅。引き続き警戒する」とあり、嬉しいやら脱力するやらになるのだった…。
*
一方、王宮ではアメカーヤの宣戦布告に慌ただしく軍を整えて出陣していた。
ライラが国王に進言している最中に正式な知らせがあり、急ぎ特使を送りつつ出立させたのだ。セファからは防衛体制や状況の知らせがすぐに届いたが、未だツォル、ミシュマルからの連絡はない。
最悪なのはセファを突破された挙句にミシュマルからも攻め込まれる事だ。それだけは避けたいセルゼとしては、知らせの後すぐに軍をミシュマルとの国境と セファに向かわせたのだ。
「…全く、アメカーヤは何を考えているのか…」
セルゼ皇帝サイラス・セルゼ三世が、息子である宗主国国王シエム・ハーディンに言う。夜半を過ぎているが、二人は寝所に行く事も無くシエムの執務室に待機していた。
この皇帝は普段は表には出ず、振る舞いは柔らかく豪の部分を見せないが”君臨すれども統治せず”を地で行く人物である。
「…長い事、不可侵で調和が取れていたのに…何故なのでしょうね…」
コココ!とドアがノックされる。
「失礼いたします!先陣の冒険者からの連絡が入りましたので、お知らせいたします!」
「何かあったのか?」
冒険者がフウツに入ってから、まだ丸一日も経っていない。報告を聞くに、今回は相当大きな規模になっている。まさか早くも死者が出たのか…?
「…は!今朝の時点で確認されていたスタンピードモンスターは全て制圧されました!」
「「…は?」」皇帝と国王、同時。
「現在、先陣の冒険者たちは次のモンスター出現に向けて警戒中。後方の冒険者も同じく待機しています」
し・・・・・ん
静まり返る室内。
報告に来た騎士も自分の伝えた事は事実なのか?と気まずい顔をしている。
「ふは…ははははは」
突然、サイラスが笑い出した。面白くて仕方がない、そんな笑い方。
「父上…いえ、皇帝陛下…」
「ああ、すまん。わたしが知る限り、歴代のスタンピードの中で最速の良い知らせだ。下がっていいぞ」
くつくつと笑いの止まらぬサイラスは言葉を続ける。
「…さっさと休んでしまった魔術師殿はさぞ悔しがるだろうな?」
「…ええ…そうですね。間違いなく…」
否定のしようがないので、どうしようもない。
シエムにネイサンの言伝を伝えたライラは魔力を使い過ぎたので休むと言ってさっさと自室に戻ってしまい、だいぶ時間が経ったというのに未だに顔を見せない。
確かに力はあるが、どうにも高飛車で扱いづらい。それが今のライラの評価だ。いづれ後継の者が出来た時に彼女の処遇をどうするか…そんな話が既に出ているくらいには食傷気味であった。
また配下の魔術師たちもライラの指導が悪く、手引書通りの動きしか出来ない者が多い。その事からも有事においての責任感の無さが露呈している。軍に所属する魔導師たちの方が力量は下がるが、臨機応変に対応出来るだけの能力はある。
「やはり昼の内にアメカーヤに向かわせたら良かったかな」
「…それは…ハーディンの結界を理由に行かなかったでしょう…」
「ふん。前任は何を考えていたんだかな?結界を張った者は他国へは行けない、長く王宮から離れる事は出来ない、などと…」
「はは…より強固な結界にする為に自らを核にしている…という話でしたが…。噂では自分が居ない間に逃げないようにしたんではないかと言われていましたね…」
「前任が居なくなった後に作り替える事も出来たはずなんだがなあ…。大体、普通は自身の魔力で使いやすいようにするものなんだが…。あれだけ文句を言っていたのに、そのままだ。…何でなんだろうな?」
「…さあ…私には分かりかねます…」
シエムは困り顔でサイラスを見た。
「まあ、今回は空間魔法が役に立ったがな」
サイラスはライラが来てから三度目のスタンピードで漸く役に立ったと揶揄するが、シエムは力なく笑って流す。
ライラの雇用は当時の筆頭魔術師がどうしても後継にしたいというので決まった。希少な空間魔法の使い手という事もあり歓迎もされた。
だがライラが王宮に来てからが問題だった。筆頭魔術師自身が召使のようにライラに仕えてしまい、我が儘し放題にさせてしまったのだ。要は可愛い女に乗せられて職権乱用しまくったわけだ。
ライラも高ランクの冒険者だけあって、度胸もあれば力量もあり言われた事をある程度は実行する事が出来る。その為その地位を剥奪される事がなかっただけで、一度アメカーヤに引き抜きをかけられた時も静観されただけであった。
「…能力ある有識者は本当に少ないですからね…」
「そうだな。ネイサンなぞ冒険者にしておくには惜しいし、その師匠であるビイナ殿も然り。どちらかでも王宮に来てくれればな…」
「陛下は…本当にネイサンがお気に入りですね」
シエムが笑う。
「仕方あるまい?あの男は、ワシ等の世代には憧れの的だったのだ。幾度となく懇意にしたいと試みたのだが、キッチリと線を引く良い男であったよ」
「では、今回の件でまたチャンスが出来ましたね?」
「おお、そうだな」
サイラスはおどけるように笑ったが、胸の内では真剣にシエムの言った事を考えるのだった。




