黒い魔力の魔法陣
男はハームをせせら笑う。
「…あんた、確かアトルの冒険者よね?ねえ、アトルからだったよね?」
ジュディが顔を知っているアトルの冒険者に聞いた。
聞かれた女は「そうよ…でも、今回で初めて会ったの。最近、高の下になった人らしいんだけど優秀だからって…」と答え、他のアトルの冒険者も頷いた。
「そりゃあ、おかしな話だ。どんなにパッとしない奴でも高ランクの試験を受ける事になった時点でギルドから周知されるだろうに」
誰かから疑問が投げられて冒険者たちに再び騒めきが広がる。
アロンは男を下ろし、ネイサンにどうするかと聞く。ネイサンは「参ったな…」と呟いてから、周りに集まる冒険者に言う。
「ここに置いておくのは危険だろうな。下山させたいが連行してくれる者はいないか?いないなら俺が行くが…」
”切り取る者〟が挙手し、次いで二組のパーティーも手を挙げた。
「助かるな…。すまないがエル、頼む」
「任せて下さい。すぐに準備します」
「おう。俺もすぐに書簡を書く」
エルたちとネイサンが準備に取り掛かろうとした時だ。
「!」異常に気付いたネイサンとアロン、ユキが男を押さえ込んだ。
男は押さえられたままヘラヘラと笑い、何とも異様に伸ばされた舌で懐から小さな紙切れを出すと赤黒い液体の入った瓶を歯で砕こうとしていた。
「…真っ黒い、イヤな魔力…」
男が出したものから あの嫌な魔力を感じた仁は、ボソリと呟きながらスッと近寄ると ネイサンが止めるのも構わずに紙と瓶を取り上げた。砕く程に力を込めていた顎から事も無げに瓶を引き抜かれた男は、歯を持って行かれた衝動で気を失う。
その瞬間、男が膨れ上がった。
ネイサンは咄嗟に離れて、防御結界を張った。
他の魔術師たちもネイサンの結界に重ねるが、殆どは盾のような形状のもので箱のように張ったのはネイサンだけだった。
それを見た仁が、ネイサンたちの結界を覆うように更に結界を張る。
ぐわり…と男の周りの空間が歪む。
その歪みはネイサンと冒険者たちの結界を容易く壊してしまうが、広がる事が出来ずにどす黒い球体になる。仁お得意の球体結界は壊れなかったのだ。
結界の中で男ーー男だったモノは異形の様相となり、囚われた空間の中で弾け飛んだ。皆は唖然と成り行きを見ていたが、暫く経っても黒くどろついた中身の状態は変わらない。
「…これは…一体どういう…」
呆然としつつも、アロンが呟いた。それによって我に返る冒険者たち。
…あの野郎…。
仁の手にある紙切れに描かれたモノがイーチェの描いた魔法陣に酷似しているのに気付いたネイサンは、球体を見つめてあの時の憤りを新たにしていた。
このスタンピードがなかったら、今頃はアメカーヤに居たはずだ。そして…恐らくは死んでいたか操られたか…。渾身のものではなかったが、自分の防御結界がまるで泡のように壊された。そして仁の結界は…。その事実が激しい怒りを再び沸き上がらせる。
「…これ以上、何も言わないのもまずいよな…」
満身の怒りを押さえて呟くネイサンに、アロンたちも頷いて気味悪そうに結界の中を見る。
仁の手にある紙と瓶。よく見れば、それも仁の結界の内にある。余程、触りたくないらしい。ネイサンがそのまま保管してくれと言うので、こんなモノを入れても大丈夫なのかと不安になりながらも嫌々マジックバッグに仕舞う仁。
どろどろの結界はそのまま放置も出来ないからと燃やされた。
それを確認してから ネイサンは再び王宮に書簡を送ると、冒険者たちの顔を見渡し怪しい者はいないか改めて確認させた。その後、自身で得たツォル、ミシュマル、アメカーヤの簡単な情報と「まだ確かな情報ではないが」と断りを入れた上でアメカーヤが宣戦布告を行ったらしいという事を話し始めるのだった。




