出発
評価、ありがとうございます。頂けるとは思っていなかったので嬉しいです。
部屋を出た仁は夜半過ぎまで鼻歌交じりに厨房に立っていた。
作ってはマジックバッグに入れ、また作っては入れ…と家にある食材の殆どを使い切って ビイナ用と自分たち用にどんどん料理を作っていく。時折、手の震えを抑えきれずにお皿やスプーンを落としてしまったりもした。
それでも、明日には初めての討伐に出発する。せんせーにみっともない姿を晒す事は出来ない。さすがネイサンの弟子と言われなくては申し訳が立たない。
未知への恐れに何度も身震いしながら自分の中にある恐怖心と、感情と理性の葛藤との折り合いを付けて行く。
美味そうな匂いはネイサンの部屋にも届いたが、ネイサンも仁の葛藤には気が付いていたので何も言わずに眠りについた。
翌朝、仁は料理しまくったのもあって充実した面持ちで家を後にした。先を歩くネイサンはいつも通りだ。出る前に軽く腹ごしらえもしたので気力も充分ある。
通行門に着くと、既に何人か集まっていた。ネイサンは仁を紹介していき、どんどん指導してやってくれというのだった。
「よう!また会ったな!」
「リベッカさん…。よろしくお願いします…」
仁は丁寧なお辞儀を返す。
「リベッカでいいぜ」
「なんだ、リベッカとは知り合いか?」
「はい…昨日、ギルドで会いました…」
「そうか。リベッカ、揉んでやってくれ。…ああ、前にお前が美味いって言ってた弁当作ったのはこいつだぞ」
途端にキラキラと目を輝かせるリベッカだったが、丁度 馬が到着したので諦めた。エルたちに拾われた時には気にする余裕もなかったが、この世界の馬は太い足が六本あり元の世界の馬に比べると筋肉が発達していて見るからに強そうだ。その馬を見て、仁の顔が引き攣っている。
「せんせ…馬に乗って行くの…?」
「ああ。今回は時間も無いし人数も居るからな。早馬を乗り換えながら行く」
「あの…あたし…」
「ジンちゃん、馬に乗った事ないとか…」
イズルの指摘に、仁はコクコクと頷く。
「ああ~」という顔をする面々だが、ネイサンは違った。
「乗りながら慣れろ。心配無い。慣れた馬だから、落ちなければ運んでくれる」
「ああぁ…」という顔になる面々。
ネイサンは仁に乗り方を教えると、さっさと出発の合図をした。
おっかなびっくりの仁だったが、ユキが並走してくれるので次第に怖さは無くなった。馬を交換する頃には何とか上手くバランスを取れるようになり、ユキも馬に乗って休んだりしながら道中を楽しんでいた。
しかし、馬を交換する時以外に馬から降りる事なくほぼ丸一日。夜半過ぎに王宮に着いた時には、体力には自信のある冒険者も皆ふらふらになっていた。仁に至ってはゾンビのような状態である。それぞれにポーションを飲み、回復を待ってから謁見の場へと向かう。朝にはフウツに向かうので、この時間でも問題ないらしい。
謁見の間には、ミナクルの他にアトル、ネラス、エミンからの冒険者も来ていた。ネイサンは殆どの冒険者と顔見知りらしく、あちらこちらと回っては楽しそうに談笑している。
仁はその様子を見て「せんせーの素敵な笑顔…プライスレス…ああ、写真撮りたい…」なんて思いつつニヤけないように頑張って表情を引き締めていた。
暫くして、国王が入って来た。冒険者たちは膝を付き礼を尽くす。仁も周りに倣う。
国王からは、今回のスタンピードが人為的なものである可能性が高い事や王宮魔術師の紹介やらがあって早々にお開きになった。
仁はネイサンの元パーティーメンバーだという魔術師がどんな女性なのか気になっていたのだが、一目見て興味を失ってしまう。「あの人は自分より下だと思ったら虫けらのようにしか扱わないタイプの人だわねえ…」それが仁の感想だった。ネイサンの様子を見ても、別に何の興味もなさそうだ。逆に、こちらを見てくる魔術師の視線を上手くかわしていたほどだ。
その後は、朝までに体調を整える様にと客室に案内された。
ネイサンと二人で一つ部屋になったので、仁は自分の心臓の鼓動で死ねるんじゃないかと思うくらいドキドキしていた。
もちろんユキもいるしネイサンがそんな事を気にする筈も無く、用意されていた食事を済ませてさっさと寝てしまう。空いているベッドに潜り込んだ仁は、ネイサンの寝息を聞きながら幸せそうに見つめる。そして、ユキを抱き締めながらこの時間がずっと続いたら良いのに…と思いつつも一日の疲れからすぐに寝入ってしまうのだった。
*
ジャン ジャン ジャン
銅鑼の様な音に起こされて身支度を整えた冒険者たちは、王宮の一角にある大きな魔法陣が描かれた大広間に案内された。移動は一瞬だが気分が悪くなる者もいるらしく、食事は向こうで取るらしい。用意された弁当が入った袋も持って行くようだ。
「みなさん、魔法陣の中に入って下さい。人数がいますから詰めてくださいね」
魔術師の誘導で不安な面持ちで陣の中に入る冒険者。転移魔法など、使える魔術師が少ないのだから仕方あるまい。ネイサンたちと他数名以外は初めての経験になる。
「時間は一瞬です。私が着きましたと言ったら目を開けて下さい。では、行きます」
仁は言われた通りに目を閉じた。
「…フウツの麓に着きました。目を開けて下さい」




