ネイサンの苦悩
外に出た二人は、あまり急がずに歩いていた。空を見上げれば、綺麗な月が出ている。
「…せんせー、ありがとうございます…」
仁は心からネイサンに感謝していた。恐らく自分を連れて行くのも、イーチェを預けるのも嫌だったはずだ。どういった経緯で自分が行く事になったのかも気になるけれど…
「礼はいらん」
ネイサンの心中は複雑だ。ダンジョンでの行動は見た事がなかったが、手合わせしていれば分かる。まだまだ未熟で、とてもじゃないがスタンピードになど連れて行けるはずが無いと思っていたのに周りの評価が妙に高い。
あの一癖も二癖もある連中が「ほぼ満場一致」で仁を推した事実がネイサンを悩ませる。師匠という立場からすると良い事なんだろうが、いろいろやらかしているので喜べない。
途中で軽く食事をしてから家に戻ると、ネイサンは仁を自室に呼んで一振りの剣を渡した。
やはり、仁は普通に入れる。ユキは入れなくてショボンとしていた。
「…これをやる」
驚いて言葉なく受け取る仁。ネイサン愛用の剣に似ているが、若干短くて仁が使っている剣と同じくらいの長さだ。
「ありがとうございます…」
でも、何で?そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。
「お前の使っている剣は高ランク以上のモンスター相手には弱すぎる。すぐに使えなくなるだろう。その剣なら身体強化と同時に魔力を通しても壊れないから…なんだ?」
「剣に魔力を通すんですか?」
「…刀身に魔力を流す事に依って、最大の切れ味と威力を維持する事が出来ると教えたはずだぞ」
「…あたし、コーティングしてました…」
「…コーティング?」
「あ、えっと…こう、剣を魔力で覆うイメージでした」
自分の剣で実際にやって見せる仁。薄く輝く膜で覆われたような刀身が美しく煌めいた。同じ剣をネイサンが受け取り、魔力を流す。同じ剣のはずなのに、ネイサンの持つ剣は内側から輝くような薄赤い光を帯びる。
パキン
「…すまん…加減したんだが…」
ネイサンの魔力に耐えられず、仁の剣が折れてしまった。何故か感動する仁。
「すごい…!折れるって、こういう事なんですね!」
見たものを忘れないように、早速 貰った剣に魔力を流し込む仁。その魔力はすうっと刀身に流れ、内側から淡い光に輝いた。
「そうだ。それを維持していれば、そうそう刃毀れもしないから次々にいける」
「…はい、せんせー」
淡い光を放つ刀身に指を這わせる仁。せんせーに貰った剣…仁の濡れたような瞳には何故か妙な色気があった。どうやら仁は体に魔力を通すと色気が出る様だ。
「それから、これもだ。お前は俺より少し小さいから丁度いいだろう」
ネイサンは仁の色気になぞ気付きもしないで、茶色い皮鎧を渡す。
「新しいのを揃える時間がないからな…俺が若いころ使っていたヤツだ。防御力が桁違いになる。ちゃんと保管していたから、そのまま使える」
「はい」
せんせーのお古…嬉しすぎる…幸せ…
「…一応、予備の剣も渡しておこう。何があるかわからんからな…」
「はい。ありがとうございます」
「後は…防寒防風になり寝袋にもするマント、毛布、携帯食料、薬、ポーション…とりあえず今回はこのくらいか。全部やるから大事に使えよ」
「はい!ありがとうございます!」
「あと、合同で討伐に当たる時は一つのパーティーで一つテントを持っていく。今回は俺が持っていく。それと、個人的にどうしても持って行きたい物があったら持って行けばいい」
「わかりました。…あ、そうだ。ちょっと待っててください」
仁は急いで自室に戻ると、剣の刺繍を施した雑誌サイズの巾着袋を持って戻って来た。
「せんせー、これ使って下さい」
ネイサンは受け取った袋を点検して、魔法陣が施されているのに気付く。
「これは?」
「うふふ…これ、こっちの袋と中で繋がっているんです」
仁は色とりどりの花を刺繍した袋を見せた。自分は付いて行けない…そう思った時に思い付いたのがこのペアバッグだった。片方にモノを入れたら、もう片方の袋からも取り出せる便利な代物だ。
また頭痛を感じるネイサン。一体、何の為に作ったのやら…
「こっちのユキちゃん柄のはビイナさんの袋と繋がってます。もちろん、この剣の袋を使えるのはせんせーだけ。容量は…いっぱい入りますし、時間経過もない…はずです。えっと…ビイナさんにも許可は貰ってありますから、大丈夫ですよ?」
心配そうなネイサンに慌てて許可を貰ったと付け加える。
「…ジン、一体…」
「…せんせーに付いて行けないなら…せめて無事が分かるモノがあったら良いなーって考えてたら思い付いたんです。ご飯入れても良いし、手紙やメモを入れてもいいですしね。一日一回、袋を覗いてくれたら…それだけで安心出来ますもの」
ネイサンの顔が驚愕した。その驚きように仁もびっくりする。
「ちょっと待て。今さらっと とんでもない事を言ったな?」
仁は首を傾げている。全く分かっていない様子に、思わずしゃがみ込み頭を垂れるネイサン。ああ…全く、勘弁してくれ…呻いても答えはない。
「お前…それ見せて師匠に殴られなかったか…?」
仁はちろっと舌を出して笑った。
「ビイナさんには、殴られる前に袋の説明をして 美味しいご飯入れますねって言ったら渋々認めてくれました」
「その後で一発食らいましたけどね」笑う仁。
その様子が容易に想像できたネイサンはしゃがんだままため息を付く。たまに出る仁の狡猾さには驚くばかりだ。
「…それがあったら、通信用の魔道具が必要なくなるよなあ…」
「そうですねぇ。でも、三人だけの秘密です。いっちゃんにも内緒なんです」
嬉しそうに笑う仁と、笑えないネイサン。なんとか気を取り直して立ち上がる。
「あ、そうだ。せんせー」
「…なんだ…」
「ビイナさんに聞いて知ったんですけど…このお部屋、本当は立ち入り禁止だったんですね?お洗濯もの取りに入ったりしてごめんなさい…」
今更か…。ネイサンは再び座り込みたくなったが堪えた。
仁が来た当初ドアをノックされ、返事をしたら普通に開けられた。その時は魔道具が壊れたのかと思った。文句を言おうかとも思ったが、そもそも仁に説明もしていなかったし入るなとも言っていなかったのだ。だから、諦めた。
「…構わん。お前はそういうモンだと思っているから気にするな…」
「はい」
にこにこと、本当に嬉しそうな顔にネイサンはどっと疲れを感じて「早めに休む」と仁を部屋から出した。




