ネイサンの決断
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自分で言うのもなんですが、ようやく話に動きが出ましたね…。
ネイサンが重い足取りで帰宅すると、仁がそわそわと玄関の前で行ったり来たりしていた。ネイサンに気が付いて、駆け寄る。
「せんせー、あの、ギルドの人が…」
期待に満ちた目ではなく、本心から困っている様子だ。てっきり、大はしゃぎで迎えられると思っていたので意外だった。
家の中に入り、イーチェを呼ぶ。仁から聞いていたようで、何かを決意したような顔で降りてきた。
「…今回、中の上から何人か連れて行こうとなった時に 何故か高ランク冒険者たちがジンを推薦した。俺はランクも低いし面倒を見ている子供も居ると反対したんだがな…」
「…私、一人でも大丈夫…!ねえね、頑張って…!」
「そうもいかん。お前自身はルアフの許可が出ていないからな。ジンが居るからここにいられるんだ。だからお前一人をここに置いておけない」
「あ…」
イーチェが声を出した。忘れていたが、ここはルアフの結界があり限られた者しか入れない。イーチェは仁の庇護下にあるから入れるのだ。
いろいろ考えていた仁だが、昼間その事を思い出して 付いて行く選択肢は無くなったと判断していた。
「…そうなのよ…。だから…いっちゃん。あたし、ここにいるから…」
「…いや、マーロウと…領主と話を付けてきた。イーチェ、俺たちが戻るまで領主館に居てもらう。いいな?」
イーチェはコクリと頷いたが、仁が首を振った。
「でも、せんせー。あたし残ります…。せんせーにご迷惑おかけしたくありません…」
苦渋の決断といった顔でネイサンに言うのだったが…。
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「迷惑かけてすまないな」
「やめて下さいよ。優秀な冒険者の為なら、構いませんよ」
ネイサンたちは今、領主館に来ていた。いつも通される応接室にいるのはネイサンたち三人とマーロウ、ナーリの五人。話し合った結果、イーチェは領主館にお世話になるのが決まったのだ。マーロウはナーリに面倒を見させるつもりで同席させた。
「本当は私も同行したいです…」
苦虫を噛み潰したような顔を 一瞬、仁に向けるマーロウ。仁は居心地悪げに身動ぎする。前に一度会った時 何故か領主に敵視されていると思ったが、まさかネイサン絡みだとは思わなかった。
最もマーロウの思いは憧憬に近いものに感じるので、仁としては気にしないことにした。
「まさか、こいつが選ばれるとは思わなかったしな…。参ったよ」
苦笑するネイサン。
「ネイサンの弟子なら当然だろうさ。お嬢さん、先日は失礼しましたね。…お名前は?」
身綺麗になったナーリは、昔のような貴族の雰囲気を取り戻していた。話し方も戻って、優しくイーチェに問いかけるのも様になっている。イーチェは仁の後ろに隠れ、少しもじもじした後に答えた。
「…イーチェ…」
「…イーチェ…?」
コクンと頷くイーチェ。それを奇妙な表情で見るナーリ。
「どうしたんだ?」
「あ。ああ、いや、まさか。何でもない…」
そう言いながらも、その目はイーチェから離れない。ネイサンの視線に気が付いたナーリは小声で囁くように話し始めた。
「…六年前に…ソケネが面倒を見ろと連れてきた幼子の名前が…イーチェだったんだ…
その子は、とても綺麗な青い瞳と透けるような銀髪を持っていて…まだ二歳にもなっていなかったはずだ。とても愛らしい子だった。でも膨大な魔力を持っていたせいで小さな体には幾つもの特殊な封呪がなされ、漏れ出る魔力を抑えていた。
幼い子を助ける為に連れて来たのだと思って、私も妻も喜んで面倒を見ていたんだ。けれど一年が経つ頃に気付いてしまった…。
最初は五日に一度、ソケネが子供をどこかに連れて行っていた。その後は間隔が狭くなっていき子供がどんどんソケネを怖がるようになって…。けれど私たちは治療と信じていたから…嫌がる子供をソケネに渡していた。今思うと…本当に愚かな事をしていた…」
ナーリは目にうっすらと涙を浮かべている。
「私たちがソケネに対して不信感を持つようになると、ソケネは私を失脚させてイーチェに会えなくしてしまった。どんなに探しても見つけられなくてね…妻は最後までイーチェの事を心配していた。私たちには子供がいなかったからね…本当の娘のように思っていたんだよ」
優しくイーチェを見つめるナーリ。イーチェの目からは大粒の涙が零れ出した。
「ああ!ごめんよ。こんな話するんじゃなかったね。ごめんね、イーチェ」
慌ててイーチェの前に跪いて、その涙を拭いてあげるナーリ。いつもは自分の役目なのに出番を失ってしまう仁。イーチェは涙を拭いてもらうと仁を見た。
「…ねえね…」
一言だけだったが、その意味は分かった。仁はネイサンと目でやり取りしてから、ニッコリと笑って頷いた。イーチェも小さく頷いて目を閉じた。ナーリとマーロウは何かあるのかと成り行きを見守っている。
少ししてイーチェが目を開けると、今度はナーリの目から涙が溢れた。イーチェをしっかりと抱き締める。
「なんてことだ…。こんな奇跡が起こるとは…妻が生きていたら、どんなに喜んだだろうか…!ネイサン、留守の間この子の事は任せてくれ。今度は絶対に離さない。必ずしっかりと守ってみせる!」
ナーリはイーチェを抱き締めたままネイサンに誓った。
イーチェも嫌がらずに、その腕に抱かれている。イーチェに愛情を注ごうとした人が居たと知って仁の目頭も熱くなる。
「ああ、頼む。師匠には伝言を残すから、俺らよりも早く戻ったらこっちに来るだろう」
「…よろしくお願いします…」
仁も丁寧に頭を下げた。
「出発は早朝でしょう?夕食を一緒にどうですか?」
「いや、こいつの準備があるんでな。また戻ってから誘ってくれ」
「…わかりました…気を付けて行って来て下さいね…」
「おう」
「あ、あと、ライラには余計な事は一切しないでミナクルの冒険者として接するようにと念を押してあります。シエムにも書簡を送ってあるので、もし何かやったらキッチリと反撃して下さい」
「助かる」
「ねえね、先生、いってらっしゃい。気を付けてね…」
仁はイーチェを抱き締める。
「いってくるわねぇ。いっちゃんもお留守番、頑張ってね…」
「行くぞ」
さっさと行ってしまうネイサンを慌てて追いかける仁。ドアが閉まる時に小さくバイバイしてくれたイーチェにほっこりする仁である。




