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結局、仁たちは何故 魔道具が使えなくなったのかわからないままギルドを後にする事になった。魔道具はすぐに修理出来ないので、次回来た時にもう一度カードを作りましょう、という事になった。
仁が今持っているカードは、魔道具を通す前のカードだが一応の身分証にはなるらしい。カード裏にギルドマスターが署名してあるので問題はないそうだ。
カードもランクによって低ランクは白、中ランクは青、高ランクは金色で中位で紫の細い縦線が一本付き上位で二本付く。そして特ランクになると紫のカードになる。エルたちは金に紫の二本線である。
冒険者四人は、仁に宿を紹介する為に同行している。歩きながら あの店はあれが美味しいとかこの店の防具はイマイチだから買うならこっちの方がいいとか、日用品はこことか、あれこれ仁に教えてくれる。
仁は所在なげに身を縮め気味に胸の前で両手を組んで、内股でちょこちょこと後に付いて行く。それに気が付いたイズルが仁をからかうように笑いながら突っついた。
「なによう、その歩き方ー。何か、か弱い女の子を無理に連れて歩いてるみたいじゃないのー」
「そうだな、せっかく良い顔と体してんのに勿体ないぞ」
仁はどきっとしたが、素直に答えた。
「だって、あたし…オンナだもん…」
イズル以外の三人が一瞬動きを止めた。思い出すのは仁に抱き付かれたアイザックの姿。
「そっかー。でも、もうちょっと胸を張って歩こうねー。良いカモにされちゃうよー」
イズルは、極々自然に会話を続ける。
「しっかりしてないと、ヘンなのに絡まれたり面倒事に巻き込まれたりするからねー。気を付けないと!」
拒絶を覚悟していた仁は、自分に笑いかけているイズルに「うん」と短く返事をして少しだけ緊張を解く。動きを止めた三人も歩きだし宿の主に仁を頼むと、お約束の夕飯に向かうのだった…。
夕飯の済んだ仁は四人と別れて宿に戻ると、頭を整理しようとベッドに横になった。
「…固い…」
エルたちが紹介してくれた宿は、確かにまあまあ清潔で安い料金だった。
ベッドと机と椅子、収納用の小さな棚もあるし水差しと洗面器もある。
だが、ベッドは固いしトイレも共同でぼっとん便所。いわゆる和式タイプで使いづらい。何よりも風呂が無いのには耐えられないかもしれない。…とはいえ、聞いた限り ここでは入浴の習慣は無いようだし風呂付きの宿なぞ相当に高級な宿で余程の金持ちでない限り利用出来ない料金だった。トイレだって屋内にあるだけましな方だと言う。
「…夢なら、もう覚めて欲しい…」
じっと天井を見ていた仁。ここに来て初めて一人で過ごす夜。不安ではあったが、慣れない馬車の旅に絶え間ない緊張も重なって疲れきっていたのだろう。すぐに意識を手放すのだった。
翌朝、まだ薄暗い時間に目覚めた仁はゆっくりと辺りを見回した。
「夢…覚めない」
目頭が熱くなるのを感じて、拳を目に当てて ぐっと眉を寄せる仁。そうしなければ、また泣いてしまう。
「ゆ…夢の中で目が覚めるとか、あるのかしら…」
震える声で呟いてみる。もちろん答えはない。
だが、声を出した事で少し落ち着いた。もそもそとベッドから出て、服を着る。せめて下着の替えとブラシが欲しい。鏡は高級品だと聞いた。天然パーマでポワンポワンになっている髪の毛を手櫛で押さえると、裂いた布でまとめて身支度を終わらせる。そして、納得いかないと溜め息をつきながらも朝食をとる為に部屋を出た。
この宿は一階が食堂になっていて、早くから依頼を探しに行く人で賑わっていた。
それぞれの会話の端々から、依頼は早い者勝ちなのが分かった。収入の良い依頼は早い時間にギルドに行かないと取れない事や素行の良くない冒険者がいる事なども伺えた。
仁は具沢山な豆のスープを固い黒パンに浸しながら食べ終えて、宿の女将さんに町の雑貨屋が何時ごろに開くのか聞いてから部屋に戻った。
開店まで少し時間があった為、どうしても欲しいモノと可能なら欲しいモノを頭の中でリストアップする。記憶力は悪い方では無いが、メモ出来るモノも欲しいと思った。
あれもこれも欲しい。でも、節約もしないといけない。自分には魔物退治なんて出来そうに無いから、他に出来る仕事を見つけよう。もしかしたらギルドで紹介してもらえるかもしれない。
「そうね。うん。行ってみましょ」
気合いを入れて立ち上がった仁は、ナップザックを背負って町に出た。
外に出ると陽が高くなっており、既に店も開いていた。
まずは少しでもテンションを上げようと、いろいろな店を見て回る。
日用品、武器防具、食品、魔道具、衣料品、薬、一般向けのものから冒険者向けのものなど多種多様にあって飽きない。文字は読めなくても、看板で分かるのがありがたいと思った。
途中で良さげな服屋に入ったが意外なほど高くて驚く。ふんどしのような下着とハンカチを二枚ずつだけ買い、シャツとズボンは丈夫そうなものを古着屋で賄った。それだけでナップザックはパンパンになってしまうが、仁はどうしてもブラシが欲しかったので二軒ある日用品店を物色しに行く。
「えー。櫛しかないのぉ?」
本当は癖毛用のものが欲しいが望めまい。せめてブラシの毛の部分が長く、しなるようなものは無いかと探していたが、見当たらない。
「この世界には天然パーマがいないのかしら…そういえば、見ていないかも…」
虚ろな目で吟味して、並ぶ中では一番使えそうな櫛と髪油を手に取って会計をすませるとギルドに向かう。
ギルドの中は昨日と同じく、あまり人が居なかった。殆どの冒険者は早い時間に依頼を受けて夕方に戻る為、昼頃は空いているようだ。
昨日、受付にいた女性が仁に気が付き手を振る。
「ジンさーん。カード作りましょう!」
知っている顔にホッとする。再び魔道具にカードが置かれ、手をかざす仁。
昨日の事もあり、ちょっと怖いと思ってそーっと乗せた。
魔道具が一瞬光を帯びて戻ると、イズルに書いて貰ったのと同じ文字がカードに刻まれていた。手に取ってまじまじと見るが、他は何も変わっていない。
「はい、それがジンさんのカード。失くしたら再発行に大銀貨二枚必要になるから気を付けてね。それから、新人の研修もあるから受けた方が良いわよ。薬草の見分け方や剣の基礎なんかも教えてるから、ジンさんには絶対に役立つと思う」
どうやら昨日の段階で、仁は超初心者だと目安を付けたようだ。間違っていない。
「あたし、冒険者登録はしたけれど…出来る気がしないのよね。どこかの店員とか雑用とかの仕事ってあるかしら?」
ルツは一瞬口の形を「んっ」てしたが、答えた。
「薬草採取も低ランクの内は実入りの良い依頼の一つよ?店員募集は店の知り合いか商人に伝手がないと難しいかな。あとは商人ギルドに売り込むとか。祭りの時期だと、もう少し紹介しやすいんだけど…終わっちゃったから当分は大量募集はないし…肉体労働もあるけれど…。すごく危険で厳しくて、最初の内は賃金も薬草採取並みに低いの。何より日払いの所って殆どないわよ?」
「…アイザックさんの所は無理かしら…」
「ああ、お知り合いなんでしたっけ?…そうですね…あー、でも、あそこはちゃんと読み書き出来ないと厳しいかも…」
うーん、と真剣に考えてくれるルツ。
仁は空を仰いでふうっと息を吐くと、とりあえずは新人研修に申し込んだ。
何も出来ないよりは少しでもこの世界の知識を得た方が良い。研修は翌日の朝から一週間。その後、もっと修練したければ学舎の紹介もしてくれるらしい。
仁はやるからには頑張ろう!と決意した。