イーチェと黒い魔力
「せんせー、ご飯作りましたけど食べられますか?」
「ああ。悪いな」
「……め、し、の……におい……」
「え?」
「めし…」
寝ていたナーリが美味しそうな匂いに誘われて起きたようだ。ずずずっと体を引き摺って仁に向かってくる様子はちょっと気持ち悪い。
「起きたんですねえ。待っててくださいな。今、持ってきますから」
ナーリの様子に驚いた仁だが、ニコリと笑って座って待つように促した。
椅子に座っていたビイナが嫌そうに席を立ち「部屋に戻る」とだけ残して出て行ったのを見て、仁は勝手に他人を入れたのを申し訳なく思う。後で改めて謝って美味しいお酒とおつまみを出そう、と決めて作って置いたスープを温めてから部屋に戻る。
部屋では食事を終えたネイサンとナーリが話していた。ネイサンはもう動いても問題ないようだ。
ナーリは仁の持ってきたトレイを見て、目を輝かす。
「はい、どうぞ。慌てないでゆっくり食べて下さいねえ」
「ありがとう…!ああ…こんなに美味い飯…何年ぶりだろうか…」
ゆっくりと味わいながら食べるナーリ。
「おじいちゃん、おかわりはあるから足りなかったら言ってくださいねえ」
「おじ…?…オレの名はナーリだ」
咽そうになるナーリ。おじいちゃんと言われるのは心外だったようだ。
「…ジン、こいつはアメカーヤ国の貴族だった奴で俺が冒険者をやっていた時に何かと世話をしてくれたんだ。助けてくれてありがとうな」
ネイサンに労いの言葉をかけてもらって、ぱああっと明るい笑みを見せる仁。一言も無く置いて行かれた事はどうでも良くなったようだ。
「…そうだった。すまない。本当にありがとう、ジン」
ネイサンからざっと経緯を聞いていたナーリが食事の手を止めて頭を下げるので、笑って頷いた。そして、その笑みがすうっと消えて俯く。
「…せんせー、ごめんなさい…」
いろんな意味の含まれた「ごめんなさい」だった。
ネイサンは軽く顔をしかめて立ち上がるとナーリに「ゆっくり食べてくれ。すまんが、俺が戻るまでこの部屋は鍵をかける」と告げる。ナーリは頷いて食事を再開した。
仁に「来い」と言って部屋を出る。怒られると思っている仁は俯いたまま従う。下のホールで向かい合う二人。
ネイサンの手が上がるのを感じた仁は、きゅっと目をつぶった。だが、頭に乗せられた手は仁を撫でた。途端に涙が溢れ出して止まらなくなる。
「…せんせ…無事でよかっ…あたしっ…怖か…も…もう…」
何を言っているのか分からないが、しゃべり続ける仁。とりあえず撫で続けるネイサン。
扱いはほぼユキと同じである。
「正直、言いたい事はあるんだが今回はそれで助かった。ありがとうな。…男だろう、そんなに泣くな」
「あ…あたし…オンナですもの…っ!」
「…お前は面倒だな…」
泣きじゃくる仁に面倒だと言ったネイサンだが、その表情は柔らかい。
二人が下に降りたのに気が付いてビイナとイーチェ、ユキも降りてきたが仁が落ち着くまで黙って待っていた。
仁が泣き止んだ所でダイニングに座る。仁はまだ鼻を啜っているがお茶とお菓子の用意をすると まずは謝罪から始めた。
「せんせー、ビイナさん、お二人の家に勝手に知らない人を入れてごめんなさい」
ビイナとネイサンは軽く視線のやり取りをして頭を下げたままの仁を見た。
「それから…ビイナさん、いっちゃん、心配かけてごめんなさい」
謝罪する主に従うようにユキも仁の横で頭を下げている。
「…さっきも言ったが今回は正直助かった。お前がいなかったら俺はあいつの餌食になっていただろう」
ネイサンは掻い摘んで自分の陥った状況を説明した。そしてイーチェに聞く。
「イーチェ、ソケネという名前に覚えはないか?」
イーチェは少し考えて首を振った。
「…真っ黒い嫌なモノの名前なんですか?」
「真っ黒い?」
仁の問いかけにネイサンが不思議そうな声を出す。
「あたしには、せんせーとおじ…ナーリさんが真っ黒い嫌な魔力に呑み込まれそうになっているのしかわかりませんでした。喋っていたんだからヒトなんだろうなって思いましたけど…」
「…真っ黒い魔力…導師様…?」
「イーチェ?」
「私にいろいろ教えてくれた人…。真っ黒い大きな魔力だった…」
「間違いなさそうだな…」
ビイナはネイサンに頷いた。
「師匠…予感が当たったな。これから面倒な事になるな…」
「おお、もう面倒は始まっているぞ。さっき外に出てエノクたちが置いて行ったモノをわしの精霊に確認してもらったが、魔力測定兼映し玉の水晶のようだ。ネイサンが欲しいらしいから、戻ったらすぐに分かるようにしたんだろう」
「エノク…」
ネイサンが呟く。あの馬鹿は、馬鹿のままなのか…。
「…もし騎士エノクの事なら、あそこではまともな人だった。…最後に私を連れ出した時も辛そうな顔だった…連れの人と、まだ早いって何度も話してた…」




