仁の回復魔法
仁は そっとネイサンの手を両手で握って、ビイナに教えてもらった回復魔法を試みる。
効いているのかいないのか分からないが、何度も、何度も、繰り返し魔法をかけ続けながら ネイサンの傍に居られる事を誰にともなく感謝するのだった。
ビイナが部屋に戻って来た時、仁はベッドに凭れて眠っていた。
その両手は宝物を持つように優しくネイサンの手を包んでいて、まるで子を守る母親のように見えた。ビイナの心中は実に複雑だ。
「…?」
ビイナはネイサンの様子に気が付いて驚いた。
顔色が戻り、ギリギリまで枯渇していたはずの魔力が完全に戻っている。ビイナはあり得ない事実がまた増えた事に頭が痛くなる。しかし、今回は良くやったと言えよう。状況から考えて、もし仁が居なかったらネイサンは二度とここには戻らなかったのだ…。
ぶるっ…ビイナは身震いして考えを追い払った。
仁に毛布を掛けてやり、ネイサンの額に触れる。熱も無いようだ。ほっとしたビイナは、床に寝ているジジイがまだ起きそうにないのを確認すると椅子に座って息を吐いた。
「さて…このジジイは何者で、ネイサンは何と遭遇したのやら…」
暫く黙考しているとネイサンが動いた。
「…ここは…」
「起きたか。ここはお前さんの家だ」
「家…?…師匠…?」
まだ頭が朦朧としているようで、起き上がろうとして手が動かせない事に気付いた。見れば、仁が傍らで寝入ったまま自分の手を握っている。
「…ジン…?」
「…魔力が枯渇したお前さんを回復して疲れたんだろうよ。お前さんが戻ってから、まだ数時間しか経っていないんだが…覚えているか?」
ビイナが問いかけると、ネイサンは手をそのままに起こしかけた身体を戻した。空いている手を顔に当てて思い出す。あの、失態を。
「…師匠、ツォルとミシュマルがアメカーヤに…加担しているか従属している節がある…。それが国家単位なのか、一部の者の企みなのかはわからんが…」
「…確かなのか?」
「恐らく。アメカーヤに入る前に師匠に書簡を送ったんだが、潰されていた。その頃から俺は監視下にあったようだ…」
「それとこのジジイは関係があるのか?」
「ジジイ?」
ネイサンは首だけ起こしてビイナの指さす所を見る。ボロボロの布切れが丸めて置いてあるように見えたソレは、ここに入れる者ではなかった。
「何でナーリが家にいるんだ…?」
「…ジンがルアフに交渉した。お前さんと居たから連れてきたそうだ」
「…連れてき……あぁ…そうだ、あの時…ソケネの魔力に抗えなくなった時にジンの声が聞こえて…」
ビイナは”ソケネ”に反応を示したが、何も言わずにネイサンの話を待つ。
「…あれは、空間移動だったのか…?」
「おそらくな」
「…良く入れたよな…」
呆れ顔で仁を見る。まだ起きる気配は無い。
「…そこに居るのはナーリ。俺がアメカーヤで活動する時に、いつも世話してくれた貴族だ。…少なくとも、十数年前はそうだった」
「最後の”良民”とは?」
「何でその言葉を?」
「ジンが聞いた言葉だ。…エノク、交渉、場所を移す、最後の”良民”。…何なんだ?最後の”良民”てのは」
ネイサンは改めて仁を見て、ため息を吐く。
「ソケネがいうには、アメカーヤの最後の良心らしい…」
ネイサンはビイナに自分の陥った状況を話し出す。ミシュマルからツォルに行き、胡散臭い情報を纏めて師匠に送ったがソケネに妨害されていた事からアメカーヤに入った事、その国民の異常な状態、ナーリに聞いた笑い顔で無い者の末路。最後の”良民”はソケネがナーリに向けて言った言葉である事も話した。
ビイナは仁がネイサンを心配しすぎて転移魔法を構築していた事、その時にネイサンと繋がったらしく窮地に間に合ったらしい事などを話して聞かせた。
「…師匠はソケネを知っているのか?」
「何故そう思う?」
「…名前を聞いて反応しただろ」
ビイナは椅子の肘掛けに頬杖を付いた。ナーリに目線をやって、起きていない事を確認する。
「…わしの知るソケネは五百年ほど前…まだ魔族がこの世を支配すべく暗躍していた時の、最後の魔王の腹心だったモノだ。当時の叡智を結集して魔王は倒され魔族は絶たれたはずなんだが…」
「魔族…?」
ビイナが口にした言葉は思いがけないもので、ネイサンは言葉を失った。
「お前さんも知識としては知っているだろう?…もし…当時の生き残りが居て、魔王復活なんぞ考えていたとしたら…」
「まさか。…あり得るのか?」
身を乗り出すネイサンに、ビイナは「可能性の話だ」とだけ答えた。
「…ん…?」
仁が目を覚まして、ネイサンの顔を間近に見て固まった。こちらを向いたら唇が触れそうなくらいに近い。
「…起きたのか?」
ネイサンが気付く。仁は、自分がネイサンの手を握ったままだと分かって真っ赤になる。
「ご…ごめんなさい!あたし…寝ちゃったみたい…っ!」
慌てて手を放して部屋から逃げ出す。見送った二人は呆気に取られつつ苦笑する。
部屋から出た仁は心臓をバクバクいわせながら自分の手を握りつつ、ネイサンの手の感触を思い返していた。節だって硬く力強く、それなりに大きい自分の手よりも一回りは大きかった。
「…うふふ…」
せんせー、元気になってた…!幸せそうな笑みを浮かべた仁は、ネイサンの為に胃に優しいご飯を作ろうと厨房に向かうのだった。




