ネイサン、危機一髪
小屋から床下に潜ったネイサンはナーリの後に付いて歩いていた。
ナーリがギリギリ立てる高さしかない為、ネイサンはずっと中腰だ。ここで襲われたら洒落にならんな…と思うが、まあ何とかなるかと口の端を上げる。元々、刺激を求めて始めた冒険者稼業だ。少しばかり状況が悪いのは、ちょっとした刺激程度にしか感じない。
ふと、ミナクルに残してきた仁の事が頭に浮かんだ。
言えば面倒だと思ったネイサンは何も言わずに出てきた。あれから十日は経っている。今頃、相当拗ねているんだろうなあ…と思うと笑える。大きな男が、女のように拗ねるのだ。
暫く歩いた所でナーリが止まった。少し開けていて、ネイサンも腰を伸ばせる高さがある。
「ここから上がりたいんだけどな…」
掘った時、上には何もなかったんだよ…上を見ながら小声でナーリが言う。しかし今は出るのを躊躇させるような気配がある。
「あんた、一昨日来たばかりで良くこんな穴掘ったな…」
「命がけだからな…」
オレはまだ正気を保っているし、今までも逃げる所逃げる所に追手が来た。もしかしたら、笑い顔じゃない国民は自分だけになってしまったのかもしれない…。
自嘲気味に笑うナーリ。微かに腹をさする仕草をしたのに気付いたネイサンがバッグから包みを出して渡した。
「食うか?」
中身はチーズを挟んだ黒パン。水筒も渡したネイサンはその場に座る。
ナーリは「いただく…」と礼を言ってから食べ始める。上に気付かれないようにゆっくりと咀嚼し、むせないように気を付けている。途中、息が詰まったような声が聞こえてチラとナーリを見たが泣いていたので声は掛けなかった。
上の気配は無くならない。次第に嫌な予感が増してきたネイサンはナーリが食べ終わるのを待って声をかけた。
「…嫌な予感がする。すぐにここから出たい…小屋の方に戻ろう」
「そうはいきませんよ?」
ずっと気が付いていましたよ?と言わんばかりの声が、上から聞こえた。
ネイサンはとっさに剣を取り、上を見る。
バスンッと鈍い音がして、上に穴が開いた。逆光で顔は見えないが、一人しかいないようだ。
「最後の晩餐を待っていてあげたんです。感謝してくださいね?」
「…まさか…ソケネ…」
「おや。貴様ごときに呼び捨てられる筋合いはありませんよ?」
言いながら腕をすうっと動かすと、見えない何かがいささか乱暴にネイサンとナーリを外に出した。投げ出された衝撃のせいか、ナーリは気を失ったようで動かない。
出た先は何もない原っぱだった。何も仕掛けてこないのを不思議に思ってソケネを見れば、なんとも異様な笑みを浮かべて丸腰で向かいに立っている。
「お会いしたかったですよ、ミナクルのネイサン」
「…あんたは?」
ソケネは優雅にお辞儀を返す。
「私は、アメカーヤの王宮魔術師ソケネ。貴方のような魔力の強い方が欲しかったところでしてねえ…。少し前に、エノクに交渉に行って欲しいと出立してもらったのですが…すれ違ってしまったようですね?」
こいつがソケネか…。何とも気味の悪い魔力を纏っているのが感じられて、鳥肌が立った。そして さらっと元パーティーメンバーの名前が出た事で、この国に入ってから泳がされていたのか…?と訝しむネイサン。だとしたら、とばっちりを受けたのはナーリの方になるのか。
「こんなモノもありますよ?」
自分の態度を決めかねていると、ソケネが袖から小さなモノを取り出してネイサンの足元に投げた。
「…いつから…」
投げられたソレは、ビイナに送ったはずの魔道具だった。焼かれているので中身が読まれたかまでは定かでないが、ソケネの手の平で転がされていた事実に憤る。
「さて、いつからでしょうね。それはともかく、この場所から移りましょうか…」
ソケネが踵をつけたまま軽くトンと足を鳴らすと、爪先から鈍い光が走り出した。瞬間、ネイサンとナーリの体に光が届き 縄のように巻き付こうとした。
ネイサンは咄嗟に避けてナーリを抱えて走るが、連続の攻撃に足を止められる。
苦い顔でナーリを置くと剣を構え魔力の盾を作る。
これだけ大きな魔力を、こんなに簡単に連続で放出するのか…ネイサンはソケネの魔力が岩山で感じた魔力だと気付く。
「その小汚い男はいらないんですけれどね…。まあ、最後の“良民”ですし友の最後くらい看取らせてあげましょう」
「…最後の”良民”…?」
「ふふ…そうですよ?この国で最後の良心です」
ソケネは口の中で笑ってネイサンを見る。
魔力も精神力も申し分ない…ヒトにしておくのが惜しいくらいですね。あの獣人よりも遥かに適任…。ですが、少々 躾が必要ですねえ。
ソケネは楽しそうにネイサンに攻撃を加える。殺してしまっては元も子もないので加減はするが、別に腕の一本や二本無くなっても何の問題も無い。
ネイサンは剣で攻撃を仕掛け、かわし、魔法で応戦する。
手の平を反すだけで魔法を繰り出し、確実にネイサンを狙い続けるソケネ。
機敏に退けては攻撃を入れるネイサン。
しかし、圧倒的な魔力の差にあらゆる攻撃と防御が弾かれる。
ネイサンは魔力の限界まで抵抗を試みるが相手はビクともしない。
くそ…こいつは厄介だな。まずいな…。
既に相手の懐に入り込んでしまっているのが痛い。間合いから離れようとしても、間断ない攻撃が行く手を遮る。ネイサンの息は荒く、全身から汗が噴き出ている。その様子を見ているソケネは獲物を弄ぶ獣のような表情だ。
「…さて、残念ですがそろそろ終わりにしましょうか。もう動くのも辛いでしょうに良くやりましたよ」
「さあ、参りましょうか」ソケネがナーリ共々ネイサンを拘束しようと光の縄を繰り出し、同時に魔法陣も浮かび上がった時だ。
「…させない…」
囁くような声が聞こえた。
「は?」
こんな時だが、ネイサンは間の抜けた声を出した。
姿は見えないが、ネイサンは後ろからしっかりと抱かれるのを感じた。ナーリも腕を掴まれたのか右腕が不自然に上がっている。
ずずずっ…ばしぃーーーーん
激しい閃光を伴ってソケネの魔法陣が崩れ去り、ソケネの視界を奪った。その一瞬後にはその場にソケネしかいなかった。驚きの表情を隠せないソケネだったが、すぐに忌々し気に追跡を始める。
しかし、全く追う事が出来なかった。それなのに、ソケネの表情は徐々に深い笑みに変わっていく。
狂喜、欣快、愉悦…だんだんと恍惚とした顔になっていくソケネだったが、ハタと気が付いたようにその場から消え去った。




