ネイサン、アメカーヤ到着
単身で情報収集に出たネイサンは、軽く変装して周辺国であるミシュマル、ツォル、アメカーヤを巡っていた。この三国の情報を集めたら、セファ経由で戻る予定でいる。
諜報活動は随分と久しぶりだが、昔取った杵柄というやつで僅かな時間で大量の情報を集めていった。殆どは使えないモノだったが、いくつかの要確認情報もあった。特にツォルとミシュマルでは実に胡散臭い事が行われている様子があったので、アメカーヤに入る前にオートマタのような小さな鳥型の魔道具を使いビイナに宛てて急ぎの書簡を送った。あとはビイナの情報網が網を張るだろう。
「…何だあ?」
アメカーヤの中心部に入り込んだネイサンは、途轍もない違和感に気持ち悪さを覚えていた。一見すると皆が笑顔で活気ある雑踏なのだが、道行く者たちの顔は青白く覇気が無い。ネイサンには、まるで幽鬼に芝居をさせているように見えた。
もちろん、話しかければ普通に返事が返ってくるし会話も出来る。ヒトである事は間違いないのだが…。
「…ネイサン…か…?」
なるべく目立たないように移動していたネイサンに小さく声をかける者が居た。
不審げな声に目を向けると、頭から深くローブを被った小柄な老人が建物の影に隠れて見ていた。
「…あんたは…」
すすっと近付き、老人に先導されるがままに付いて行く。暫く歩いた所に小屋のような家があり、そこに入っていく老人。周りを気にしつつネイサンがサッと入り込むと素早くドアが閉められた。
「…間違いない…ネイサン、だな…」
ローブのフードを下ろし、ネイサンを見上げる老人の顔は懐かしさに溢れていた。ネイサンの方も緊張を解き、老人に手を差し出した。
「…ナーリ…だよな…?十年ぶり、か?…元気だったか?」
「…なんとか、生きてきた」
手を取り合い、再会を喜ぶ二人。ガタつく椅子を勧められ苦笑いするネイサン。
「どうしたって言うんだ…。あんたも、この国も…」
十年ほど前、最後に会った時のナーリはこの国の中枢にいた。上流社会の一員として裕福な生活をしていたはずだが。
ナーリはローブを脱ぎかけたがネイサンの視線に気付き、骨と皮になった体を隠すように羽織り直した。
「六年…いや、七年前か…。この国の国王が変わっただろう?」
「ああ…確か、ミガットとかいうバカが継いだんだろう?」
「…一応、言葉に気を付けろ。どこで聞かれているかわからん。…だが、そうだ。第一王子のミガットが継いだ。その後からだ…こんな気味の悪い国になったのは」
ミガットが何処かから連れてきた、お抱え魔導師が全てを変えた…。ナーリは訥々と話し出す。
元々、王の気質など無かった第一王子は期待されていなかった。
先王も第二王子を可愛がっており、誰が考えても第二王子が継ぐと思われていた。しかし両王子の実の母である王妃だけはミガットに固執し、王妃の策略で第二王子は失権した。
大多数の貴族たちもこの時ばかりは猛反対して、一時は内紛になるかに思えたが前王からの参謀を務めていた者たちが王室を支えると宣言した事によって矛を収めたのだ。
「…しかし、だ」
それが面白くなかったミガットは、即位するなりどこからかソケネという高位魔術師を連れてきて自らの参謀とした。とんでもなく力があるのは確からしい。ミガットが国王になってしまっている以上、絶対君主制のアメカーヤはミガットのする事には逆らえない。
ミガットに逆らう者は前王の参謀を務めていた者たちから始まって 貴族も庶民も城に呼ばれ、戻った時には青白く奇妙に笑いを張り付けた顔で如何にミガットが良い国王かを説くようになった。気が付けばアメカーヤはそんな者ばかりになり、王家はソケネの傀儡状態で国はこのザマだ。
「みんな、普通に生活しているから仕事にも支障は出ない。だが、城に呼ばれなかった者はだんだんと”日常生活”を続けるのが困難になっていった」
ナーリは外の方に目をやる。
「…あの笑い顔で対応出来ない者は、そこに居るのに居ないかのような扱いをされるようになった…商売をしている者の商店には客も来なくなった…」
「そいつは…なんとも…」
「自分が透明になっているような気持ち悪さだよ…。で、気が付けばこのザマだ。乞食みたいな生活を強いられてきたよ」
「何で、国を出なかったんだ?」
通行門では、普通に行き来がされていた。
「出られないんだ…」
ネイサンは眉を寄せてナーリの言葉を待った。
ナーリは次第に震えだし、形容しがたい表情でネイサンの前に跪いて その足に縋ってきた。
「ネイサン…出られないんだよ、あの笑い顔が無いと…出られないんだ…」
「…ナーリ…?」
「何度も出ようとしたんだ…。でもな、門を通り抜けると…また門の中に戻されているんだよ…何度も、何度も…おかしいだろう?門兵の奴らも周りの奴らも、オレが何度通っても何度戻っても…ただ薄ら笑ってるだけで何にもしてこないし言っても来ないんだ…身分証を見る、通す、これだけしかしないんだよ…」
ネイサンの眉が更に寄せられる。アメカーヤに入ってからの道中を思い返してみるが、入った時に結界が張られている気配は無かったはずだ。気が付かないほど高度な魔術が使われていたのか…?俺が鈍くなったのか…?
「あんた以外の…その、城に呼ばれなかった人らはどうしたんだ?」
ナーリはネイサンの足を開放して、床にペタリと座り込んで首を振った。
「オレの知っている奴らは死んだ。仕事も出来ない、金が無くなって飯も食えないでゴミを漁るしかない、親しい者は皆 薄ら笑いを浮かべて、笑っていない自分を居ないものとしてまともに扱ってくれない…。そして、この国から逃げられない…気が狂ってもおかしくないだろ…?それでもオレは死んだら負けだと頑張ってきたんだがな。何故だかわからんが、今じゃあ お尋ね者だ…」
小屋の中を、静寂が支配する。
二人共ただじっと動かずにいたが、外に気配を感じたネイサンがナーリを見た。ナーリの方も気が付いたらしく弱々しかった目に力が戻っていた。
「…すまん…見つからないように気を付けていたんだが…」
小屋のあちこちにある隙間から見れば、老人一人には仰々しいだろう数の薄ら笑いした兵士たちがすぐそこに来ている。
「あんた…どんだけだよ」
ネイサンは慌てる事も無く、失笑気味に兵士が近づいてくるのを見ていた。
「本当にすまん。一昨日この辺りに逃げ込んだばかりなんだが…ネイサン、昔のよしみだ。信じてくれ…」
ナーリはそう言って、床板を数枚剥がすと中に潜っていく。
外から大きな魔力を感じたネイサンも後に続いた。
直後
グアッグ…
奇妙な音と共に小屋が破壊された。警告も何もない。
小屋が微塵になった事を確認した兵士たちは、中に居た者の生死を確認する事も無くその場から去っていった。




