イーチェのイメチェン
ネイサンたちが遠征に出てから一週間が経つ。
その間にも、高ランク冒険者のパーティーが何組か岩山に向かったりしていたが大きな動きはないようだ。
「せんせーたち、ちゃんとご飯食べてるかしら…」
厨房の部屋でレシピノートを読みつつ、独り言を言う仁。ユキはイーチェと一緒に居て、ビイナも自室に居る。
イーチェは仁と居たいと駄々を捏ねたのだが、何故かこの部屋には仁とユキしか入る事が出来ない。そして、この部屋にあるものは布類以外は持ち出せない。仕方なく、夜はイーチェをユキに任せて部屋で勉強させてもらう仁。
両手指を絡めて左頬に頬杖をついて切なげな息を吐く。
この世界に来てから、ずっと気を張っていたみたい…
この家に来て初めてそれに気が付いた。いっちゃんもビイナさんも居るけれど、あまりに普通に居るから家族が居る様な感じでリラックスしている自分がいる。
ホントの家族が居た家は修羅の家だったけど…悲しげに自嘲する仁。
「ん…」
大きく伸びをした仁は再び文字を追い始めるが「あら…ビイナさんが来たみたい」と本を閉じた。
この部屋はいろいろ不思議で、誰かが下に降りてくると分かるようになっている。音がする訳ではないが”来たよ”と教えられる感じがするのだ。初めは戸惑ったが、慣れると便利なモノだ。
仁は部屋を出てビイナを迎える。
「…以前そこを使っていた人も、必ずいたなあ…」
ビイナが懐かしそうに呟いた。
「…何か用意します?」
「いや…。いや、そうだな。少し寝酒を貰おうか」
仁はササッと甘い物を少し器に入れ、小さめのグラスに茜色のお酒を入れた。
出された物を見たビイナが、一瞬泣きそうな表情を見せたが仁は見ないふりをする。
「…なんで、これを?」
「ビイナさんが好きかな、と思って」
ニコリと笑う仁は優しげな目でビイナを見ている。部屋の主の走り書きに”性悪エルフを黙らせる酒とつまみ”がいくつも書いてあった。きっと部屋の主とビイナは気心が知れた仲だったのだろう。けれど、それを伝える必要はないし聞かれても答える気はない。
ビイナは聞きたそうな目で仁を見るが、笑顔を返されて聞きづらい。
「うん、確かに好物だ」
そう言ってグラスを上げた。
「…あのな、ジン」
「はい」
「イーチェだが…このままでは追っ手が来た時にすぐバレる。あの外見は目立つから…」
イーチェの銀髪は膝まであるし、あれほど青く美しい瞳は多くはない。多少、魔力の質が変わったとしても隠せるものでは無いだろう。
「そうですよねぇ。いつまでもここに居られる訳でも無いでしょうし…ずっと閉じ込める事も出来ませんものねぇ」
仁も考えてはいたのだが、先送りにしてしまっていた。
「髪を切るのは嫌がってたんですけど…」
そうも言っていられない。仁はビイナにイーチェの髪を切り、染め粉で染めたらどうかと提案してみる。ビイナもそれなら少しは誤魔化せるか…と賛成してくれたので、イーチェを説得してみると約束をする。
その後、仁を相手に暫く酒を楽しんだビイナは機嫌良く自室に戻るのだった。
翌朝、食事を終えた仁はイーチェに昨夜の話をしてみた。話の間、寂しそうに自分の髪を撫でていたが決断してくれた。
早速、中庭にイーチェを座らせて首にシーツを巻きつける。折角の綺麗で長い髪の毛、ただ切るのは何となく勿体無い。仕舞っておこうかな…と肩下で縛り、その上から一気に切った。切ったら、肩上のボブにして前髪も作ってキレイに整える。
と言っても この世界の鋏は巨大な糸切狭のような品物で、切れ味はとても良いのだが真っ直ぐに揃えるのは中々骨が折れた。その甲斐あって、別人のような雰囲気になったイーチェ。更に染め色を濃いグレイにしてみたら大正解だった。
イーチェは髪の毛がサラサラと動くのが面白いらしく何度も首を振っている。ユキが「似合う!かわいい!」と褒めまくるので、満更でもない笑みを見せている。ビイナに見せたら揉みくちゃに撫でてイーチェを驚かせていた。…師匠は可愛いモノともふもふが好きなのだ。
「この緑の目はどうやったんだ?」
「それ、いっちゃんが自分でしたんですよぅ。魔力を使うけれど、自分の中に使うから感知されにくいんですって」
ビイナが「ほう」とイーチェの顔を両手で挟みこんで見る。確かに自然に見える。
「君はこういう魔法を良く知っているんだな?」
「…覚えないと…痛い事や苦しい事されるから…」
頑張って覚えた…。イーチェの告白に仁が涙目になって抱き締める。
「もうそんな事させないからねぇ」
「うん。ねえねと一緒なら、安心」
子供らしい笑みを返すイーチェ。
ビイナも微かに微笑んだ。
スッキリしたイーチェは、ご褒美のおやつをもらってユキと共に部屋に戻って行った。ここ数日で落ち着いたのか、昼間はあまり仁の後を追わなくなった。
良い事なのだが、少し寂しい仁。
「…いっちゃんを虐めていた人って…何がしたかったのかしら…」
ダイニングに座ってビイナを見る。
「それを知る為にネイサンたちが頑張ってるんだよ」
仁の頭をポンポン撫でるビイナ。
「早く帰って来ないかしら…心配で…」
「…高ランクの冒険者ってのは、そういうモンだ」
「でも、せんせーは引退したんですよねぇ?」
ビイナは曖昧な笑みを浮かべて仁の隣に座る。
「ま、実力のある者の義務みたいなもんだ。仕方あるまい?…何だ?置いて行かれるのが嫌なのか?それなら、少なくとも中ランク上位にならないと付いていく事自体が出来ないぞ?足手纏いにならない為には高ランク中位以上の実力を持たんといかんしな」
君はイヤだ怖いだ言って、冒険者として上がるつもりは無いのだろう?
ビイナの衣着せぬ物言いに、言葉も無く考え込む仁であった。




