岩山の洞窟へ
「マオ、起きな」
「うわ、はい!すみません!」
うっかり熟睡してしまったようだ。マオは慌てて身支度する。周りを見れば、あまり寝てないだろうに活気に溢れる冒険者たちが居る。火の番は一回変わったそうだ。既に火は土に埋められ、出るばかりになっている。
先生は…?見渡すと”風の絆”リーダー、エスターと話している。皆が支度を終えたのを見て取ったエスターが号令をかける。
「よし、行くぞ。ネイサン先生が一緒だ。頑張れよ!」
まだまだ暗い道中を冒険者一団は一糸乱れぬ様子で、迷いも無く進むのだった。
*
昼になる前に岩山に着いた一行は、マオの手引きで件の穴の前に居た。マオが感じた瘴気がまだ微かに残っているが、臭いは殆ど無い。
「…まだ、ハーピィも居たね。集まったのは、この穴のせいだろうね」
リベッカが先頭を歩き、ネイサンが殿だ。
「…まだ少し魔力が残ってる。リベッカ、交代しよう」
ノアからの進言に順番を変える。
「…魔法陣があったのは、この奥です」
「止まって。見てくる」
皆が足を止め、ノアが細心の注意を払いながら奥まで進む。しばらく様子を見て、何やら考えていたようだ。
「みんな、来て」
マオがそっと中を見ると、マオ自身がやらかした魔法の痕跡がしっかり残っており魔法陣自体はほぼ消し飛んでいた。
「マオ…あんたって加減を知らないのかい?」
「こ…こんなには、なってなかったと思うんですけど…」
リベッカに言われて、自分のやった事ながら呆れるマオ。魔法陣の端が崩れた程度だったと記憶してるんだけど…?でも、あの時は余裕も無かったし!と自分に言い訳する。
「これは…召喚の一種か?」
かろうじて残っていた陣を読み解いていたネイサンが聞く。
「少し違うと思います」
「うん、違うね。なんだろう?この気持ち悪さは…」
暫く中を丹念に調べ上げ、互いに意見交換をし合う七人。マオは邪魔にならないように七人の動きを観察し勉強している。魔法陣を読み解くなどは余程の術者にしか出来ない事なのに、このメンバーたちはそれぞれ意見を出しているから凄いと思うマオ。
「ノア、マイカ、ドビー。やるよ」
エスターの指示で、四人は魔法陣を挟んで四隅に立つ。
「マオ、良く見ておけ」
ネイサンがマオに囁いた。
「”風の絆”の独自魔法だ。滅多に見られない大技だぞ」
四人の魔力が真ん中で一つになる。それと同時に囲まれた空間に歪みが生まれ、チラチラと光が明滅する。
瞬間。
マオは「あの時」に居た。吐きそうなくらいの瘴気、聞こえない少女の悲鳴。
パニックになりそうになったが、察したネイサンに肩を抱かれて我に返る。
気持ちを落ち着かせて四人を見る。中央のチラチラする光の中で、部屋で起こった事が断片的にではあるが逆送りに再生されているようだ。
とてつもない魔術…これだけ大きな魔力を、こんな狭い場所で使っているのに余波すら来ない。
マオの喉がゴクリと鳴った。
ネイサンは中心から目を離さずにマオに言う。
「四人全てが大魔法を使う時と同じ魔力を出している。多くも少なくもなく、拮抗する魔力量を合わせなければ完成しないし一歩間違えれば大事故になるだろうが…見事に均等を保っている。すごいよなあ」
マオはチラッとネイサンを見る。キラキラと輝く瞳は、衒いのない称賛に溢れている。
先生のこういう所が、本当にすごいと思う。自分に無い物を羨んだり妬んだりせず、素直に認め称賛し…自分自身の努力も怠らない。
わたしも頑張らなきゃ…
突然、繊細な調整をしていた四人の均等が崩れた。
ザウッ
術が壊れ、中心から強風が巻き起こる。マオはネイサンに守られて無事だったが、あまりの強さにリベッカとサムが岩肌に叩き付けられた。
膝を付き、焦燥を隠せないエスター。他の三人も驚愕の表情を隠せない。
「先生、気付かれたみたい!」
ネイサンは目を眇めて「チッ」と舌打ちすると「退避する」と号令を出す。それと同時に奥に走りエスターとノアを担ぎ上げた。
リベッカとサムも頭を振りながら立ち上がり、それぞれマイカとドビーを担いで走り出した。状況について行けないマオは、とにかく遅れを取らないように付いて行く。
「マオ、ハーピィの巣に案内しろ」
「え?あ、はい!」
ネイサンに言われ、力の限り前に出るマオ。ここから巣まではマオの全速力で五分程だ。全力で走る。
巣の手前まできたネイサンは先頭を切って素早くハーピィの群れの側に入り込み、手近な窪みに皆を入れる。
「リベッカ、隠行結界」
「任せな、先生!皆、声を出すなよ」
背中からヒョイッとバトルアックスを翻し、持ち手を下にトンと地面に付ける。
『発動』
斧が魔法の杖にもなるようだ。
ピギャー
一歩遅れてハーピィたちが騒ぎ出した。
ネイサンは結界の外で警戒していたが、リベッカの結界だけではまずいと判断して自身も強力な防御結界を張った。
マオたちはリベッカの後ろで息を殺してネイサンを見ていた。極々当たり前のように盾になる、その背中を見ているだけで不思議と安堵する。
「来るぞ」
ネイサンに言われ、リベッカがグッと身構えた直後。
興奮でそこら中に散って飛んでいたハーピィたちが突然、叩き付けられるように急落下して潰された。残った数匹のハーピィは狂ったように叫びながら姿を消した。
離れた所から落石のような音も聞こえる。
リベッカの顔には滝のような汗が流れる。相当、魔力を使う術なのか。
ネイサンも身動ぎしなくなった。
「…良いぞ。気配が消えた」
ネイサンが流れる汗を拭う。
「…ふう。嫌な奴らだね。物凄い圧を掛けて炙り出そうとしやがった」
ネイサンとリベッカの汗は、その圧に耐える為のものだったようだ。なるほどハーピィは重圧に耐え切れず落ちたのか。
「すまなかったな。大丈夫か?」
ネイサンがリベッカに言う。
「先生が補ってくれたから問題ない。ないけど、腹が減った…」
補った、とはどういう意味なのかな…マオは考えて…突然、声を出した。
「…あぁ!」
「どうした?」
「先生…ジンにもらったお弁当…すっかり忘れてたよお」




