ビイナの仁観察
今朝、バカ弟子から聞いた話は荒唐無稽なモノばかりだった。ジンは最近この国に来たが、当たり前の常識さえも知らなかった、とか。
…何故この国にいるのかすら分からないとか…何らかの魔法で飛ばされた可能性…いや、あり得なくはないが限りなく不可能に近いだろう…。
気弱で臆病な性格だったはずが、ボアを一太刀で倒し幼い命を救った、とか。マオが保護してきた見ず知らずのあの娘を守る為に、その身を呈したとか…。
しかも、ネイサンの話ではルアフが「歪んだ存在」と言った上で家に入る事を認めている。
「ルーの奴が気に入った理由はわかるがな」
ククっと朝の事を思い出して笑う。
しかし…ネイサンの話がなあ…
あの娘…暴走したイーチェを守る為に、ジンは見た事も聞いた事もない結界を張ったという。
目覚めた娘は、気が狂った様に暴れて手が付けられない状態になったがジンが抱き締めて離さなかった。
娘の魔力がいきなり高まり、ジンが椅子から落ちて膝を付く。魔力が爆発しそうになり…周りへの被害を考えたネイサンはジンごと防御結界を張るしかないと考えたのだが…その時にジンの周りに結界が出来た。
それはジンとイーチェだけを包む球体状で、イーチェから湧き出るような強大な魔力を外に出さないようにしている様だった。中には黒く渦巻くような流れが見える。
だが、球体に封じられているのその魔力はすぐ傍に居る自分にすら感知できない。黒い流れの隙間から見えるジンは顔も体もどんどん傷付いていき、血を流しているというのに動こうともしない。
このままではマズイと動こうとしたが、何故かジンと目が合い手を出しそこねた。鬼気迫るその目には迷いの欠片もなく、ただ娘を守る事だけに専念しているようであった。
球体の中が真黒に染まり、何も見えなくなった後…不意に結界が消え、あとにはジンがイーチェを宥める声だけが聞こえて来た。
仁は血塗れでボロボロだったが全く気付いていない様子で、その姿は母の優しさ、無償の愛というべき尊さすら感じるものだった。
そしてその翌日、イーチェの指導によるジンの結界が張られたのだが…それに気付いたモノは自分も含め居なかったらしい…
「確かに」
今回わしが出先から戻って来たのは少し前から岩山の方角に実に嫌な魔力を感じるようになったからだ。急ぎ戻ってネイサンに調べさせようと思っていた。
残念な事に間に合わなかった様だが…それはイーチェが関係していたものらしい。マオが危険を冒したおかげか、嫌な魔力が薄くなっているのが感じられる。
そして…ジンが結界を張ったのは昨夜と今朝方だと言う。これはわしも相当近くにいたのだし感知出来たはずだ。
自慢では無いが、魔力探知には自信がある。長く生きてきたのも伊達では無いのだ。
…だが、気付かなかった。おかしいだろう?何故わからない?
「なるほど…歪んだ存在、か」
ビイナは可憐な顔に似合わぬ老巧な笑みを浮かべて、仁が居るだろう階下に目を向けるのだった。




