ネイサンの師匠
『チビって…げ…何でだよ』
『私に聞かれても困る。丁度良いから、アレを連れて行くと良い』
片眉をピクリと上げて驚きを示すネイサン。
『良いのか?俺の家に入れるって事は…』
あいつも、お前の庇護下に置くって事だぞ。
ルアフはネイサンに惚れこんでからネイサンの家に結界を張ってしまった。それからというもの、ネイサンの家に入れる者は限られていた。
まず、元々パーティーの本拠地としてネイサンが購入したので当時のパーティーメンバー三人は当然入れた。というかルアフが勝手にやらかしたので、ネイサンが最低限の条件として認めさせた。解散した今は一人も入れないが。
あとは今は亡きネイサンの母ともう一人。
ルアフがチビと呼ぶ人物だけだ。
そこへ、アレ、つまり仁を入れて良いと言うのだ。
『…仕方ない。アレを放って置くほうが危ない』
もの凄く嫌そうな顔で仁を見るルアフ。
しかし、ネイサンは口の端で笑う。
『お前は…気に入ったヤツだけアレだのチビだの言うんだなあ』
ルアフは一瞬、カッと頬を紅くしたが すぐにネイサンの耳を引っ張って『違うから』と怖い声で言うと『もう戻る』と消えてしまった。
ネイサンはフッと笑うと仁に言う。
「ジン、俺たちが遠征している間のお前の居場所を決めた。俺の家に連れて行く。たぶんイーチェも入れる。マオはわからんが、どうせ俺と遠征だ。とりあえず来い」
「は、はい…」
マオが突然の事に驚きながら答える。自分の家なのに、たぶんって何で?とは思ったが。
仁はネイサンの笑みに悩殺されていて返事が遅れた。
「…はい…」
せんせーが言うなら、どこへでも…。
仁は今日も乙女である。
しばらく後、仁たちはネイサン宅の前に居た。街の中心から一時間半ほど離れているネイサンの家は、商業区の片隅にある一軒家だった。仁の宿は途中で寄って引き払ったが、仁がネイサンの家に行くと告げると宿のおかみさんが酷く驚いていたのが不思議だった。
そして、門の前に先客も居た。
「ネイサン!出迎えご苦労。大勢で朝の散歩か?」
「…何言ってんだよ。連絡も無く来て出迎えもないだろうが」
先客は、マオと同じくらいの年だろうか。
ネイサンよりも紅い色の髪と瞳を持つ、綺麗な少女。だが、ネイサンとのやり取りがおかしい。少女の方が偉そうで、ネイサンが気を遣っている。
「まあいい。ネイサン、話は中に入ってからだ。…入れるんだろう?」
少女は面白そうに仁たちを見る。
「全く…相変わらずなことで…」
ネイサンは門に手を掛け、何やら呟いた。
「ジンは最後に入れ」
カタンと軽く玄関が開き、一行が中に入ると再び閉まった。
自動ドアね…。何となく可笑しくて、ふふっと笑ってしまった。仁の腕から下りて、手を繋いでいるイーチェと肩に乗るユキが「どうしたの?」と仁を見る。仁は軽く首を振って、先へ進む。
どんな形であれ、愛しい男の家に招かれたのだ。テンションがおかしくなっても不思議ではない。
ネイサンらしい、飾り気のない小さめな洋館だ。
玄関を入ると、小さなホールになっていて右がダイニングキッチン兼リビング、左が応接室と主寝室。奥に階段とトイレ、庶民には馴染みの薄い風呂もあると聞いて仁が小躍りする。
「二階は個室だけだ。ジン、上がって左の青のプレートが掛かった部屋にマオとイーチェを連れて行け。マオ、二時間後に出る。寝ておけ」
「はい。先生」
何故わざわざ?と思わないでも無かったが、素直に従う仁たち。
部屋にはベッドが二つあり、机と棚も二つずつあるが全く狭く感じない広さがあった。
「…せんせーがお掃除してるのかしら…」
突然の訪問になるのに、ホコリのない綺麗な室内に感心する仁。
「ねえね…一緒にいて…」
心細いのか、仁を引き止めるイーチェ。
「ごめんねぇ、いっちゃん。あたし、せんせーの所に戻らなきゃ。マオちゃんと一緒にいてねぇ」
頭をくしゃくしゃと撫でる。
「マオちゃん、いっちゃん、少しでも休んでね」
一階に戻ると、ネイサンたちはダイニングに居た。
ネイサンがお湯を沸かしているのを見て、「あたしがやりますよぅ」と厨房に入る仁。
どこに何があるかを簡単に説明したネイサンはダイニングに座る。向かいには少女がいて、仁が手際よくお茶を用意するのを眺めている。
仁がお茶を注ぐと、少女が嬉しそうに笑った。
「嬉しいな。ここでこんなに美味いお茶を飲めるなんて、二十年ぶりくらいか」
「えっ?」
二十年って…年が合わないわよぅ?
仁はネイサンを見る。
「…ジン、この一見ガキに見える人物はビイナ。エルフで、この見た目で数百年も生きてる」
「エルフ…」
「ああ。で、俺の魔術の師匠でもある」
弾かれたようにビイナを見る仁。ビイナは手の平をひらひらさせて挨拶している。
「そうなんだよ。この筋肉バカに教えるのは大変だったよ…」
「あ…あたしにも!あたしにも、教えてもらえませんか?」
「…いろいろすっ飛ばしてきたね。名前も知らんヤツに教えるもんはないね」
意地悪な顔で仁を見る。ネイサンは傍観している。
「あ!ごめんなさい!あたし、仁って言います。せんせーの学舎の生徒です。この子はあたしの従魔のユキです!」
「こんなデカイなりして初級者の学舎に?」
仁にではなく、ネイサンに問いかける。
ネイサンは面倒そうな顔で、仁は冒険者になったものの読み書きが出来ず学舎に来たのだと説明した。
「ふうん…」
「…さっき説明した通り、俺とマオは岩山の確認に行く。戻りはいつになるかわからんし、ジンはルアフ公認でここに置いていく。まだ属性の確認もしていないし、師匠がこいつを揉んでくれるならありがたいが…」
ビイナはじっと仁を見る。
見られている仁も頑張ってビイナを見返す。仁としてはずいぶんと積極的に行動していると言えるだろう。
「なんで、習いたいんだ?」
「あたしは弱いから…。あたし自身とあたしの大切な人たちを守る為に。ここにいる間だけでも…あたし…あたしが、せんせーの足手まといにならない為に」
自分が役立たずである事は、重々承知。
それでも、出来る事があるなら。
「…考えておこう」
魔力量はありそうだ…。しかし バカ弟子の足手まといに、ねえ。それを本人の前で言うか…?心で呟いたビイナはニヤリと笑うと、そう答えた。
ネイサンが「ふう」と息を付いた事からも、ビイナの返答は拒絶ではないと思えた。




