少女マオの話
「う…ん…」
マオが気付いて目を開けた時には、もう外は完全に暗くなっていた。
あれだけ辛かった身体がほぼ回復している。先生が治してくれたのだろう。
ほっと息を付きゆっくりと目線を巡らせると、椅子に座って船を漕いでいる男に抱っこされたイーチェがすうすうと寝息を立てている。
うそ…人見知りで警戒心の強いイーチェが…
驚いていると、横から声が聞こえた。
「ぴあ!」
ビックリして飛び起きると、そこには小さな獣が居た。大きな目が笑っているように見える。
「…あ。寝ちゃった」
「ぴい!」
「うん。ありがとうねえ。起こしてくれて」
マオの横からピョンと飛んで男の肩に収まる獣。その獣を優しく撫でた男が、ニコリと笑ってマオに話しかけて来た。
何故か凄く安堵する。会ったばかりの人間に対してこんな気持ちを持つのは初めてだ。
「えっと、マオちゃんで良かったわよねぇ?酷い怪我はせんせーが治していたけれど、大丈夫かしら?痛い所、無い?お腹は空いてない?」
「…!ここは?先生は?ネイサン先生はどこ?」
「しー!大きな声を出しちゃダメよう?起きちゃうわぁ」
腕の中のイーチェを優しく揺する男。イーチェは夢の中だ。
「あ…ごめん…」
「いいえぇ。あたしは仁。ここは学舎の二階よ。せんせーは、ちょっとお出かけ。マオちゃんが起きたら”心配ないから仁に世話されとけ”って伝えるように言われたわ」
凄く嬉しそうに話す男…。なんで女みたいな喋り方なんだろう?と不思議に思ったが、気にしない事にした。
「ありがとう。その…イーチェもありがとう…」
「うふ。この子、イーチェちゃんって言うのね。…ごめんねえ。ちょっと待っててねぇ」
仁はそうっと、まるで繊細なガラス細工を扱うようにイーチェをマオの隣に下ろそうとする。…が、しっかり掴まっていて離れない。
「あらら…。困ったわね。マオちゃん、お腹空いてるでしょう?スープを温めてきたいんだけど…」
まあ、いいでしょ。
呟いた仁は、イーチェを抱き直すと獣に言った。
「マオちゃんを見ててね。マオちゃん、その子はユキって言うの。あたしの従魔だから安心してねぇ」
「ぴ!」
ジンはユキを撫で、同じく愛おし気な目でマオの頭も優しく撫でると部屋を出て行った。
「いい子ねぇ。うふふ…みんな、なんて可愛いんでしょう!」
マオもイーチェも猫獣人だった。頭部には獣の耳があり、しっぽもある。
マオはふわふわな栗毛で所々メッシュのように黒が入っている。耳としっぽはキジトラ風でちょっと短めのカギしっぽ。
イーチェはシャム風。長く綺麗なストレートの銀髪で光の加減で薄いグレイにも見える。耳と長いしっぽは黒でグレイの縞が薄く入っている。
ちなみにユキはチャトラっぽい。
三者共、仁には どストライクである。
もう可愛くて仕方なくて、アレコレとお世話をやいているわけだ。
マオは、撫でられた頭に手をやる。
「…ヘンな男…!」
でも、全然イヤじゃなかった。それが不思議だった。
「イーチェが懐いてるくらいだしなあ…」
ぼふん、と仰向けに倒れるマオ。
私に名前を教えてくれたのだって仕方なくって感じだったのに。世の中、わからないもんだわ…と思うマオだった。
*
ネイサンが戻ったのは真夜中過ぎで、マオはぐっすり寝ていた。
マオは食事を取ったし大丈夫そうだと報告を受けたネイサンはホッとした顔をした。
「マオの話を聞きたい。起こしてきてくれ」
さっきまでギルドに居たネイサンは、マオの状態などを報告。恐らく必要になるからとミナクルに戻っていると思われる高ランクパーティー”風の絆”を探すように指示していた。マオの話次第で事は大きく変わるだろう。
「…はい、せんせー」
もっと休ませてあげたいけれど…急ぐ必要があるのよね…
「…お前は…」
二階に向かおうとしていた仁。その腕に未だ抱かれているイーチェを見、仁の顔を見て、ネイサンが問う。
「はい?」
「…お前は大丈夫なのか…?」
仁はニッコリ笑って頷く。
「はい!だってせんせーに治してもらいましたものぉ。マオちゃん、連れてきますねえ」
マオを起こして厨房に戻った仁は、少し濃いめのお茶を入れてネイサンたちに出すと自分も座った。ギルドに行く前にザッと経緯を話せと言われたマオが話している。仁も二人の話を聞いていた。
「うふ…。いっちゃんは甘えん坊さんなのねえ」
うっすらと目を覚ましてボーっとしているイーチェは、椅子に座る仁の膝の上で仁に背中を預けている。落ちないようお腹に回された仁の腕をしっかりと掴んで放さない。
「いっちゃんは何歳なの?」
仁が尋ねると、クイッと顔を反らして仁を見てからマオを見た。向かいに座っていたマオが気付いて答える。
「ごめん、わかんない。あんまりイーチェと話も出来なかったし」
「後にしろ。マオ、続きを」
促すネイサン。
真剣な顔のネイサンに、うっとりとした目を向ける仁。
その表情に、マオが「うわあ…」と引き気味になっている。
マオは気を取り直すとイーチェを見ながら話し出した。