二人の少女
三日目のお茶会…ユキの勉強会で、仁はネイサンに聞いてみた。
「せんせーって、いろんな魔法が使えますよねぇ」
向かいでお茶を飲むネイサン。
「…まあな。冒険者として最低限は習得した」
「あたしが知るだけでも、火の魔法、土の魔法、風の魔法、怪我を治す…回復魔法でしたっけ…四つも使ってますものぉ」
ネイサンは口の端で笑う。
エルさんは水魔法が得意で、イシュアさんは火と土の攻撃魔法が得意だって言っていた。分野の違う魔法を習得するのは、その適性が大切なのだと。特に回復系の魔法と空間魔法は適性が高くないと難しいとも。
「あたしにも魔力があるって言われたけれど…適性が無いと習得出来ないんですよねぇ?」
「いや?特殊魔法は無理だろうが、火、土、水、風は魔力量があれば多かれ少なかれ習得出来る筈だ」
時間はかかるがな…お茶を啜りつつ答える。
「そうなんですね…。その…適性を知る方法ってあるんですか?」
「あるぞ」
仁はちょっとドキドキしながらお願いしてみる。
「あたし…知りたいです…」
「わかった。アイテムを調達しよう」
仁は、こうして何気なく一緒に居られる事が嬉しくて幸せそうに微笑むのだった。
そして、もう一つ気になっていた事を聞いてみる。
「せんせー、ユキちゃんとルアフさんてどうやって会話してるの?」
二人が待っている間、ユキとルアフは少し離れた場所で時間ギリギリまでただお互いに向かい合っているだけに見える。
それでも、ユキがイヤそうな顔をしたり耳やしっぽをパタパタしたり揺らしたりと忙しない所を見れば何某かの意思疎通が行われているのは分かる。
「念話ってヤツだな」
「念話…」
「習得すれば、なかなか便利なもんだぞ。こうして口に出さなくても良いし会話したい相手だけに聞こえる。激しく動きながらでも伝わるからパーティー組んでる時、戦闘中は念話を使っていた」
へえ…そんな事が出来るのねぇ…って!あらあらあら!そしたら、心の声がだだ漏れになっちゃう?ダメダメダメ!あたしのせんせーへの想いが筒抜けになっちゃうなんてそんなの…きゃあっ!
急に顔を真っ赤にして身悶え始める仁。
『バカね…余程でなければ心の中までわからないわよ…』
今日のレッスンを終えたルアフが、あからさまに仁を馬鹿にした。
「!じゃあ、今、何であたしの考えてた事が分ったのよ!」
『…その醜態見て、分からない方がおかしい』
「し、醜態って…ひどい…」
「ままー、終わったよー!」
「あ、お疲れ様ねー。ユキちゃん」
水を差された感じだが、いけ好かない精霊よりもユキの方が大事である。
ままは強し。仁は気持ちを切り変えてユキを褒めまくる。
「どうだ?」
『思っていたよりは理解が早い。でも、自然界の魔力を取り入れるより早くアレの魔力を取り入れているからどう成長するかわからない』
「ふん…」
ネイサンは思案気に顎を撫でた。
『このまま置いても大丈夫なのか?』
念話でルアフに問う。
『…どちらも依存が強い。むしろ離した方が危ない気がする』
「そうか…」
*
仁たちがお開きにしようとしていた頃、学舎に向かっている二人の少女が居た。
「もうちょっとだからね、イーチェ。頑張って…」
「うん…」
イーチェと呼ばれた子は全身を隠すように頭から長いローブを被って、もう一人の少女に負ぶさっている。
だいぶ憔悴しているようで、身動きせずにダラリとしている。
「先生なら、きっとなんとかしてくれるから…きっと…大丈夫…」
負ぶっている少女もだいぶ疲弊しているようで、フラつく足を踏ん張りながら歩いていた。
星明りの中に学舎が見えた。
少女の顔が少し明るくなり、ホンの少し歩みも早まった。
先生、お願い、まだ居て…限界…
力を振り絞るように手を上げ、ドアを叩こうとした。
「きゃあっ?」
拳がドアに当たった瞬間、少女は弾かれ危うく転ぶ所だった。
「あ…なに?なんで結界が…?」
どうしよう…もう、立つのもツライ…
「なによう?今、何か弾かれたみたいな音が…」
聞いた事の無い声が聞こえ、学舎のドアが開いた。
「あらっ!なに?どうしたの、あなたたち!」
「…何だ?誰か来たのか?」
奥からネイサンも来る。
ネイサンの顔を見た少女はホッとした顔をした。
「先生…」
そして、倒れた。
「ちょっと!大丈夫?やだもう!ルアフさん、なにしたのよぅ!」
仁がサッと前に出て、二人一緒に抱き上げた。あまりの軽さに驚く仁。
「なんて事…二人共ボロボロじゃないの…」
眉を顰めながらも、優しく体勢を整えて後ろを向く。ネイサンが少女を見てピクリと眉を動かした。
「マオじゃないか…一体なんでまたこんな…」
やはり驚きを隠せないようだ。
「先生…セファ国境の岩山…ヤバイ奴らが…この子を…」
そこまで言ってマオは気を失った。
「ルアフさん、ちょっと!なにしたのよぅ?」
「あいつはもう戻った。弾かれたのは邪魔されない為の結界を張っていたからだ。こいつらとは関係ない」
「…そんなの張ってたの…?」
「ああ。いる間だけな」
複雑な顔の仁だが、今はそれどころじゃない。
「せんせー、この子たちどうしよう」
ネイサンは一瞬、考えてから二人を抱いたままの仁を学舎の二階に案内した。
学舎の二階へは、物置だと思っていたドアに隠された階段を使う。二階がある事を知らなかった仁は、キョロキョロしながら従った。
「いいか、ここに二階があるってのは誰にも言うなよ」
入り込みたがる奴が出てくるからな、と説明する。
「はい!」
あたしとせんせーの秘密ね!二人だけの!あ。この子たちもか。まあ良いわ!
こんな時だが、俄然テンションの上がってしまう仁であった。