思惑
焦る
「そこまで」
後ろから聞こえた馴染みのある声に、仁の動きがピタリと静止した。その手から男が崩れ落ちる。
「せんせー…?」
いやだ、どうしよう。なんでせんせーが居るの?せんせーに嫌な所を見られちゃった。あたしがこんな乱暴な事の出来る子だと思われたくなかった。あたし…あたしは…。
仁は振り向けないで固まったままだ。
「ぴ!」
ネイサンの突然の登場にパニック状態になる仁の頬を、ユキが小さな手でギュッと押した。
一瞬、ビクッと目を見開いてゆっくりとユキを見る仁。
さっきまでの猛々しさはどこにも無い。泣きそうな顔でユキを手に抱いて、へたりと座り込む。
「ユキちゃあん、良かったぁ…」
ドサッ
重たい音がして、ようやく後ろを見る仁。ネイサンが引きずってきたのか、ボロボロになっている男が放り投げられていた。
「こいつが弓使いだ。良く避けたな」
「せんせー…」
「こいつが気絶してなけりゃ、そいつを殴るのも止めなかったがな。さすがに全員ここに放置する訳にもいかんからな」
カカと笑って、手の汚れを叩く。
「おい、“烈火”の。ちゃんと仲間連れて帰れよ?」
”烈火”の、と呼ばれた男は仁たちから少しでも遠ざかろうと手足を泳がせていた。
凄味を利かせるネイサンに、青い顔でコクコクと頷くのを見て更に言う。
「あとなあ…もう、こいつには構うなよ?今回の事はギルドに通しておくしな?バカは止めとけ」
ギルドから忠告は喰らうだろうが、資格までは取られまい。ネイサンの優しさだ。
「ジン、戻るぞ。あと何が足りない?」
顔を向けられても、ほけっとしている仁。ネイサンの格好良さに ぽーっとしていたのだ。
せんせー素敵!ピンチに駆け付けてくれるなんて、やっぱりあたしの王子様!カッコいい!ああ、力が出ない振りして抱き着いちゃおうかしら!
「ジン…?」
仁の様子に若干の薄ら寒さを感じながらも、近づき声を掛ける。
「ぴあー!」
「おうっ?」
「あっ!」
近付いたネイサンに、ユキが飛び移る。それを受け止めたネイサン、追いかけた形で前に手を差し伸べる仁。
…結果。
仁はネイサンに倒れかかる。
思いがけないサプライズに「ユキちゃんグッジョブよぉ!」と心で叫ぶと、ここぞとばかりにギュウっと抱きしめた。
「せんせー、ありがとうございます!怖かったぁ!」
そしてネイサンは思いがけないアクシデントに魂を抜かれたのであった…。
ちなみにユキは二人に挟まれてご満悦であった。
ようやく仁から開放されたネイサンは、仁に嫉妬の目を向けられながら仁の先を歩いていた。ユキを肩に乗せているのだ。仁としては面白くない。面白くないが、さっきのサプライズを思ってユキに譲ったのだ。
仁の薬草採取が既に済んでいたのはネイサンを感心させた。最近は大体の分布図が頭に出来たと嬉しそうに言う仁に、ネイサンは苦笑を隠せなかったが。
二人はサクサク歩いてギルドに戻り、事の次第をギルドマスターに話した。ギルドマスターも”烈火”の素行に気がついていたが、対処が遅れていたと申し訳なさそうに頭をかいた。
ギルドマスターの執務室から出ると、心配そうに受付で待っている学舎の生徒たちが居た。
「ジン、大丈夫だったか?」
「イザーク…?みんなも、どうしたの?」
それぞれ依頼をこなして戻ってきたが、仁が心配で待っていたのだと言う。
「こいつが知らせに来たんだよ」
ネイサンがイザークの頭をわしわしと撫でる。イザークは軽く抵抗はするが、逃げようとはしない。満更でもないようだ。
「そうだったのね…!イザークありがとう!あたし、暴漢に襲われて本当に怖かったわ!」
「げっ!おいまたかよ離せよ!」
仁にギュウっと抱き締められて、早口で文句を言い身をよじるイザーク。
「あん…。こんなに感謝してるのにぃ」
「わかった!すっごく良くわかったから!」
名残惜しそうに離れる仁と、ぜえぜえと息を整えるイザークに仲間たちが笑いあい無事を喜ぶ。
そんな子供たちを見ながら、ネイサンは実に複雑だった。
仁は素人では無かった。
以前エルから仁が剣の一閃でボアを倒したと聞いた時はまさかと思った。
何かの偶然が重なり、仁に有利に働いたのだろうと思っていたのだが。
だが。
しかし。
イザークが慌てて自分を探して仁が危ないと知らせて来た時。
ネイサンは見たいと思った。
もし本当に、仁が一人でボアを倒したのなら冒険者の一人や二人は問題無いはずだ。少し様子を見てから手を貸せば良い。
ネイサンはイザークに「任せろ」と言うと、ギルドで仁の受けた依頼を聞き現地に向かって走った。ネイサンが着いた時には、既に囲まれていた。仁を見れば、その身から威圧を放ち構えもせずに挑発している。
「あのバカ…なに考えてんだ?」
敵に対峙した場合、あんな風に腕を下げるのは良くない。何故ならどの方向から拳が飛び出して来るか相手に分かりにくい利点はあるが、瞬発力が無くなるし攻防共に軌道のバランスを崩し易くなる。その、ホンの一瞬が命取りになるのだ。
誰も動かない膠着状態を動かしたのはユキだった。バカ共が一斉に仁に掛かっていく。
仁は大きく身体を動かす事なく、避けては掌拳を当て屈んでは足技を繰り出す。
「こりゃあ…」
ネイサンも驚く程、完成度の高い形の連続。相手は ほぼ一撃で沈んでいく。なるほど仁は体術に慣れていたのか。これなら剣を覚えるのも早かろう。何故、学舎では実力を見せないのか…
「ぴうっ!」
ユキの声に反応した仁が矢を躱す。
「…なんだよ、この連携…」
ユキは昨日、仁に保護されたばかりで共に依頼をこなすのも今日がはじめてだ。当然、戦闘も。なのに何故、仁はユキの意図を汲み取れたのか。
横目で仁たちを捉えつつ、矢の放たれた方向へ向かう。気配を殺し、そっと近づいて首の後ろを手刀で叩く。ネイサンに気付きもしなかった男は、簡単に意識を刈られて崩れ落ちた。その首根っこを掴んで仁の方を見ると戦意を無くした相手に最後の一撃を加えようとしていた。
バカ共を引きずって帰るのはゴメンだと思ったネイサンは終了の合図を出したのだった。




