従魔と一緒に
守る
宿に戻った仁は、ユキの為に寝床を作り使用済みの獣皮紙を細かく裂いたトイレを作って言い聞かせた。完全に猫仕様である。
「ユキちゃん、ここが貴方のベッドとトイレね。今日からあたしが貴方のママよぅ。よろしくねえ」
目を細めて優しく耳の後ろを撫でる。
「ぴあ!」
ミルクでおなか一杯になったユキは、だいぶ回復したようだ。
「ホント可愛いわねえ。このオレンジ色の縞々模様、トラみたいね。…それに、このお目々!」
仁の顔をじっと見つめる大きな瞳は、金色にもオレンジ色にも見える不思議な色合いをしている。ポヨポヨのおなかは至福の手触り。仁はもうメロメロである。
「んんん!ママ、明日から貴方の為に頑張るからね!」
そっと抱き上げて頬ずり。ユキも嬉しそうに顔を擦り付けて、頬を舐める。ザラザラした舌がちょっと痛いが、我慢する仁。
「うふふ…さ、もう寝ましょうね」
ロウソクの火を吹き消して、ユキを枕元に作った寝床に乗せる。
「おやすみ、ユキちゃん。今日はいろいろあったからクタクタだわ…」
布団に入るとすぐに寝息を立て始める仁。
そんな仁を見守っていたユキは、仁の懐に潜り込んでから大きなあくびをするのだった。
翌朝から仁は早く起きて、なるべく午前中にこなせる依頼をメインに活動する事にしようと思っていた。ユキと一緒にいたいし、学舎にも行きたいからだ。
…だったのだが。
「え、こんなに小さな子でも連れ歩いて良いの?」
ギルドで学舎で一緒に学んでいるイザークに会いユキを紹介して「この子がお留守番で寂しがると思うから短時間でもこなせる依頼を選んでいる」と言うと「え?従魔だろ?」と呆れた顔をされたのだ。
それはそうだろう。一般にテイマーはテイムした従魔を使役するものだ。愛で可愛いがるのは、あまり一般的ではない。仁は、ぱあっと明るい顔でイザークを抱きしめた。
「ありがとう!あたし幸せだわぁ!」
「げっ!ちょっと!」
周りには少しでも良い依頼をもらおうと、大勢の低級冒険者が居る。そんな所でそんな事をされたら…。
ひそひそヒソヒソ
見たことの無い、見た目がとにかく可愛いモンスターに冒険者たちは興味津々で好奇心の目を隠さない。
中には、実にいやらしい顔で視線のやり取りをした者たちもいた。奪って売れば良い値が付くと算段したのだろう。なにしろ仁は見掛け倒しのヘタレ野郎というレッテルが貼られている。そんな奴には宝の持ち腐れというものだ。見た限り、まだ幼生体のようだし高く売れるだろう。
仁はそんな事には全く頓着しないで出来そうな依頼を取ると去って行った。そして何人かの冒険者たちも追うようにギルドを出た。
ギルドを出た冒険者を待っていたのは、ギルドの職員たちだった。受付嬢が不穏な空気を感じて手を回しておいたのだ。ギルド職員は、ほとんどが現役の中ランク冒険者で荒事には鼻が利く。こうして新人冒険者の平和を守るのも仕事の一環だ。
ニコニコと話しかけてくる職員たちの様子から、目を付けられたと理解した者は大人しくギルドに戻って依頼票を見たり不貞腐れながらその場から離れたりした。
理解した者は、だ。
「よお、ジン。良い従魔見つけたなあ」
今日は薬草採取の為に森の中に入っていた仁。
顔だけは見た事のある男に声をかけられて、訝しげに見やる。仁の肩に乗るユキから目を離さず卑下た笑いのまま近付いてくる。
…こういう絡まれ方、久しぶりだわねえ…
仁は前の世界を思い出す。
暴力を嫌い基本受け身に徹していた仁は、その外見とのギャップや性癖で 因縁を付けるのに丁度良いサンドバッグにされていた。
最も、それは仁の鍛えられた身体には痒い位のもので気が済むのを待てば良かった。だが調子に乗って刃物や武器を出す者相手には、容赦せずに骨を折りに行ったが。
そして今、ここに居る者たちは間違い無く仁の一番嫌いな人種だ。
「ユキちゃん、ちょっと離れていてね」
肩から木の枝に移そうと手を伸ばすが、拒否されて肩から頭に登られた。
「ん、もう…危ないのよぅ…」
「なに、もちゃもちゃやってんだよ。なあ、そのモンスターちょっと見せてくれよ」
ずいっと手を伸ばしてくる。自分にちょっかいを出すだけなら、いくら絡まれても耐えればいい。だが、自分が守ると決めたものに手を出すのならー。
その瞬間、仁の頭の中ではここにいる男たち全員がただの「不逞の輩」と認定された。それ、すなわち遠慮呵責のいらない相手。
「いやあねぇ。汚い手でナニしようってのよぉ」
さっと避けられて空振りする男の手。「おーい、何やってんだよー」周りからヤジが飛び、手を出した男がチッと舌打ちして仁に詰め寄った。
すっすっと手を出す事なく回避する仁。その姿は軽快なステップを踏んでいるようにも見える。
男たちの表情が変わっていく。
簡単にいなせるはずの相手が、まるで達人のように自分らの仲間を翻弄している。ヤジを飛ばしていた者たちも得物を構えて仁に向かった。
「なにやってんだよ、さっさとモンスター捕まえろよ」
「ったくよお、おれら中ランクだぜ?低ランクのお前が敵うはずねえじゃん」
六人の男にグルッと囲まれた仁。
ふっと力を抜いてだらりと両腕を垂らして斜に構える姿勢に変えた。ユキは邪魔にならないように頭に張り付いている。怖がっている様子は全く無い。大きな瞳をキラキラさせて、じっと観察している様にも見える。
何かのスイッチが入った仁からはいつもの温和な表情が消えて仁王のそれになり、昨日ユキを守る為に見せた闘気が再び仁から漏れ出でる。
「え…ちょ…?」
仁の変貌に知らず汗が吹き出て、動けなくなる男たち。そんな男たちをすうっと一瞥した仁は口の端を上げてリーダーと思われる男を見た。
「あたしを怒らせたわね…」
ちょいちょいっと手招きして再び腕をだらりと下げる。
絡んで来た男たちも、伊達に冒険者をやっていない。今この時の仁からは、強い威圧感を感じて出るに出られずにいた。
「ぴいーあ!」
ピリピリとした緊張感を、ユキの可愛い声が砕いた。膠着した状態に飽きたユキが、さながら「試合、開始!」と促したかのようだった。
「ちぃっ!」
男たちが一斉に仁に襲いかかる。
右から左、後ろから前からと剣を振りかざし拳を突き立てる男たち。パーティーを組んでいるのか、なかなかの連携である。仁は踊るように拳を振るい足を蹴り上げ、いなし、一人また一人と男を沈めていく。一度、遠い位置から弓で狙った者がいたがユキが鳴いて知らせて事なきを得た。
仁、無双。
男たちはあっという間に制圧され、仁は最後の一人の胸倉を掴み殴り付ける。高揚からか更に殴ろうと腕を上げた時ー。
ぱん!
「そこまで」
手の平を打ち鳴らす音と共に、静かだが良く通る声が場を支配した。