ミガットの末路
飛んだ先には、骨と皮になったミガットと重鎮たちが静かに座っていた。
いつからここに居たのか、虚ろな目をして座ったまま糞尿を垂れ流している様子は酸鼻を極める。
「んぐ…!」
仁はあまりの臭気に鼻と口を押さえた。自分とネイサンに風を纏わせて新鮮な空気を循環させてから、ようやく手を放す。魔法、バンザイ…!仁は心の中で呟いた。
「なんでまた、こんな状態になっているんだ…?」
ネイサンが言う。良くも悪くも修羅場慣れしているネイサンには、この程度の光景は何ともないらしい。
「…オレは直接会った事はなかったが、こいつらはソケネに操られていたからな…。例えば、ここで待機していろと言われたままだったとしたら 何があってもそのまま待っていただろうな」
気を取り直したサマエルが答えた。
「何よ、それ…」
「生きていようが死んでいようが…傀儡となった者は己の思考を持たない。ただ、従うだけだ」
仁はアメカーヤ兵を思い出して顔をしかめた。
「なるほどなぁ…。別に術を使わずとも洗脳してしまえば、傀儡にする事は出来るしな…」
「洗脳…」
ネイサンの言葉に仁は元の世界で起こった、いくつかの洗脳事件を思い出して嫌そうな顔をした。
三人はミガットの中に微少なソケネの気配を感じ取る。
「ミガットの体の中に、ソケネと繋がっているモノがあるな…」
サマエルが呟いた。ネイサンがそれに答える。
「えぐいな…。ミガット一人が傀儡で、残りは魔力の供給源ってとこか?上手く隠したもんだな…。アメカーヤ国民の暴動はミガットの生命力次第ってワケだ」
「実際に国を動かすにもミガットが必要だしな…」
「魔法陣の改ざんに使われた魔力もここからか…?だが、どうやって操ったんだろうな?」
「言いたくは無いが…四将の誰かが…恐らくは筋肉が…架け橋だったんじゃないかね。オレみたいに使われているんだろうさ…」
自虐的な言葉を発するサマエルだったが、仁の唐突な質問に戸惑う。
「…ねえ…一位さん。もし、結界の中でソケネが死んだら…魔核はどうなるかしら…?」
「お前の結界の中でか…?」
仁は頷く。サマエルは仁をじっと見つつ考える。
「…正直、わからん…。オレがどう動くのかも…今は自信が無い…」
さっきの己の行動は、明らかに自分の意志ではなく勝手に身体が動いていた。
戦いの中では特に気にしないようにしていたが、あれだけハッキリと契約の効果を自覚させられてしまうと何も手が出せなくなりそうだ。己が信用できないと言うのは、正直辛い。
「…あなたはフウツであたしを助ける為にソケネの魔力を消してくれたし…さっきだって あたしがソケネの結界を張り直していても、攻撃しなかったわ。筋肉さんとあたし、何が違うの?それに、筋肉さんはソケネを助けようとしたんじゃないの?何で攻撃だと判断されたのかしら?」
言われてみれば確かに仁はソケネを拘束しているし、攻撃していると言える。
「わからん…」
サマエルは首を振る。
自分でも不思議な事に、ジンを疑い攻撃するなど想像すらしなかった。フウツで出会った時から、何故か自然とジンを深く懐に入れている。純粋で膨大な魔力に惹かれたのは確かだが、一瞬たりとも疑うことなく完全に信頼してしまったのは我ながら理解に苦しむところではある。
「…これでは…到底、上に立つ事など出来まいよ…」
小声で己の甘さを自嘲するサマエル。
「思ったんだが…ジンはソケネに対して、一度も明確な殺意を向けてないんだよな…。もしかしたら、結界もソケネを護るモノだと判断されているのかもなあ…。それに、お前の結界は中の魔力を漏らさない特性もあるし…」
「え?」
サラッと放たれたネイサンの言葉に、サマエル以上に驚く仁。あれだけやられているのに、何でせんせーはそう思うの?
「そうだろう?最初の時はともかく…フウツでもソケネに対して殺意を持って攻撃している、と言うよりは”とにかく周りを護らなければいけない”で動いていただろう?ミナクルを攻撃されて動揺はしたようだが…それでも今回のあの結界は”ソケネの相手が面倒臭いから張った”んだったよな?」
仁はキョトンとした顔でネイサンを見る。サマエルは開いた口が塞がらない。
「えっと…はい…結界張った時は確かにそうですけど…」
「今まで、ソケネに対して”絶対に潰す”と思ったか?明確な”殺意”を持ったか?少なくとも俺はお前から殺気を感じた事が無いんだよ。…俺はあの野郎に対しては常に殺意を持っているがな」
「それは…どうだったかしら…。明確な意志を持ったのは、さっき…?」
あらー?あたし、なんかズレてる?でも待って?ソケネが気持ち悪くて嫌いなのは確かだし、何よりせんせーに危害を加えようとしたんだから敵なのは確かだし。
「あたし…ソケネ嫌いですよ?せんせーを奪おうとするし、ヒトの命を何とも思わないし…敵ですよ?」
言い訳のように言う仁の、何故かひどく困り切った様子にサマエルが噴き出す。
「参ったね…。ネイサン、あんたの苦労が少し分かった。…ふっ…これは…くくく…」
「だろう?」
ニヤリと笑って仁に目配せするネイサン。どうやらサマエルの落ち込みを軽くする目的もあったようだが、仁としては腑に落ちない。
「…二人共、ひどいですよぅ…。でも、そしたら、筋肉さんはソケネに対して殺意を持っていたって事ですよね?」
「…わからん…。わからんが、ソケネに対する お前と俺たちの大きな違いはソレな気がする」
「…契約に抗えなくなった筋肉の、最後の足搔きだったのかもしれん…」
「かもな…。筋肉の”何もしていない”ってのは、自分の意志ではしていないという事なのかも…」
ネイサンが言うと、サマエルが言葉を繋いだ。
「ああ…、なるほど。魔法陣の細工、もしかすると…」
それが真実かどうかはともかく、ソケネに無理やり服従を強いられる中で己の意志を貫こうと動いたのだと考えれば 少しは気持ちが救われる。
「…あの…ごめんなさい。一位さん。話し戻すけど…ソケネは今、この現状では あたしの結界から簡単には出られないとわかりました。その上で聞きます」
仁は二人の顔を真剣な顔で見た。ネイサンとサマエルも真顔に戻る。
「結界内でソケネを潰してしまう事は可能です。ただ、魔核の効果で再びどこかに飛ばされてしまった場合…それを追う事は出来るの?」
「ちょっと待て。お前、今、言い切ったな?」
ネイサンが”待て”の形に手を上げて仁に確認する。
仁は確認するようにソケネがいる離れの方を見てからネイサンに目を向けた。
「とんでもなく想定外の事が起きなければ、ですけれど」
ネイサンは何と言っていいものか分からず、これまでになく複雑な顔をした。
それはサマエルも同じで、これまた何とも言えない表情になる。サマエル自身も契約さえなければ簡単に潰せるのは確かだが、それをヒトである仁が事も無げに言い切るのには少々釈然としないものを感じたのだ。
暫く待っても答えが無いので、仁も不安そうな顔になる。
「…一位、どうなんだ?核に戻って飛ばされた者は追跡出来るのか?」
先に復活したのは、やはり仁との付き合いの長いネイサンだった。
サマエルは、どう答えたものか…と また考え込んだ。
「魔核が飛ばされるのは…無様に落ち延びる為のものなんだが…」
「それじゃあ、みんな逃げちゃうじゃない?」
「だから、その前に核を壊すんだ。…そうだな…魔族の核は、最後の魔力ギリギリまで使った時に”この世界のどこか”に飛ばされる。それこそ、すぐ近くのセファかもしれんし遥か遠くの見知らぬ国かもしれん。ちなみに、オレが飛ばされたのは言葉も知らないような場所だった」
また黙り込むサマエル。
「…追う事は難しいとは思うが…今は、核が肉を得るまでに相当な時間を必要とする。復活する前に見つけられるかもしれない…」
だが…
「オレたち六人、全員が眠りについてしまったら無理だ…ヒトの時間で探し出すのは恐らく不可能だろう…」
沈黙
「…ひとまず、ここを出よう。こんな所で考えても、いい案は出ないだろ」
ネイサンの言葉にサマエルは頷いた。
「あの、このヒトたちはこのまま?」
仁が聞いてくる。
「ああ。そいつらには、このまま そいつらの役割を果たしてもらおう」
役割…アメカーヤのヒトたちが術に掛かったままでいる為の僅かな魔力供給。仁は少し可哀相な気がしたが、元はと言えば自業自得なのだ。
「そう、ですね」
ため息まじりに答えて、再びサマエルに移動してもらうのだった。