揺らぎ
サマエルの呟きに頷く仁。
『そうなの。ソケネの魔力なの。結界の方はくまなく調べたけれど、一番外側の結界にホンの少し乱れがあるだけで中から漏れたりはしてなかったわ』
『一番外側?いくつの結界を重ねているんだ?』
サマエルが聞く。
『さっきまでは三重で、今は四重。ソケネを捕えている結界は外側から補強したけど、それ以外は内側から一つずつ張り直したから問題はない…と思うんですけど。…ソケネの様子はどう?』
既にあった結界の外側と内側に強固な結界を張っては元の結界を消す、という作業を三回繰り返して更に外から受けていた干渉を完全に排除する為にもう一重多く張って万全を期した。それで時間が掛かっていたのだ。
『…お前は…また常識外れな事を…』
頭の痛そうなネイサンである。そんなネイサンを見つつ、サマエルが言う。
『…今は全く動きがないが…なんだろうな…あんたにはどう見える?』
『そうだな…。動いてはいないが…違和感があるな…』
意見を聞いた仁は考え込む。自分だけではなく、自分よりも遥かに知識も経験も豊富な二人も違和感を感じている。
「う…」
後ろから声が聞こえた。ヒョロが気が付いたようだ。
「気が付いたか」
サマエルが問い掛けるが、ぼーっと酒に酔ったような表情で周りが見えていない様子である。残りの三人も気が付いたが、みな同じような状態だ。
『…さっきもそんな状態でした。けど魔法陣と結界を切り離した瞬間に、四人とも倒れたんです…』
仁の言葉を受けてサマエルとネイサンは四人の状態を改めて調べるが、魔力に歪みが生じているのがわかり苦い顔をする。
最初に正気に返ったのは、じいさんだった。
「…一位…?」
周りを見渡して、他の三人の様子を見たじいさんは驚きを隠せなかった。
「一位…すみません…」
「何があったんだ?」
「…それが…二人ずつ交代で見張りをしていたのですが…。一位が不在という事もあって、気も緩んでいたのかもしれません。筋肉と灰色が見張りをしている時に、うっかり寝入ってしまって…。妙な気配を感じて飛び起きて声を掛けました。けれど…」
「…おれは…何もしてないぞ…」
じいさんが言い掛けた所に、筋肉が言う。それを見て、じいさんは情けないような悔しいような…なんとも言えない顔をした。
「…筋肉はこの台詞しか言わないし、灰色はだらしない顔で立っているしで…そして、自分も頭がぼうっとして…気が付いたらこの状況です…」
「筋肉?」
サマエルが筋肉に手を伸ばしたが、いつの間にか側に来ていた仁によって止められた。
『触っちゃだめ…。このヒトたちから糸みたいに細い黒い魔力が出てるのが一瞬、見えたわ…』
筋肉が喋った時、仁は髪の毛程の細い魔力の存在を感じ取った。あまりに微かな魔力だった為、ソケネの魔力に敏感になっている仁にしか分からなかったようだ。
『…何処かに繋がっているか…?』
ネイサンに言われて、神経を集中させる仁。離れには何も感じなかったので王宮全体に意識を向けて探索してみると、ある場所から微少にだがソケネの魔力を感じた。
『あの…王宮の一室だと思うんですけれど、今にも死にそうなヒトたちが集まっている部屋があって…そこから微かに魔力を感じます…』
『死にそうな…?』
『痩せ細ったヒトたちが座ってるの…』
サマエルは首を傾げて考えた。
『…忘れていたが…そう言えばミガットと重鎮たちが一部屋に集められていたな…』
「…おれは…何もしてない…してない…」
筋肉が突然、魔法陣とソケネに向かって突進したが弾き飛ばされた。
サマエルがその魔法陣と筋肉の間に入り護ったのだ。仁によって保護されていた魔法陣には問題は無かったが、四人に繋がっていた糸は切れてしまったようだ。
筋肉は後ろに転がって、気を失う。
仁は残った三人を観察し、筋肉を引きずって行くと「おじいちゃん、悪いけれど ここから勝手に動かないように四人を結界で拘束します」と言ってからソケネに近付けない範囲で結界を張った。どうやら、仁はじいさんが信頼出来ると判断したようだ。
目を見開き、愕然としたままのサマエル。動こうとして動いたのでは無かった。ソケネの結界に突進した筋肉を敵と見做したのか体が勝手に動いたのだ。
ネイサンは眉根を寄せてサマエルを見ている。
この状況は良くない…そう判断した仁は、サッとサマエルの腕を取って言う。
「…さっき言っていた部屋に連れて行って。ユキちゃんは四人を見ててね」
もちろん、当然のようにネイサンの腕も掴んでいる。我に返ったサマエルは じいさんに後を任せると、二人を連れて飛んだ。