プロローグ
「ケーンジくーん! あーそびーましょー!」
幼馴染の新菜が手を振っている。
俺はそれをいつも自分の部屋で眺めて、手を振り返してた。
俺たちが小学校低学年くらいのときの話だ。もう10年以上前の話になる。
「ケンジ、何やってんの?」
そう声をかけてくる新菜は、高校2年生くらいのときだったか。
肩くらいまでの黒髪を揺らして、首を傾向げて覗き込んでくる。
俺は冴えない高校生で、新菜はクラスのアイドル的存在。幼馴染だったから声をかけてくれるだけの間柄だ。
少なくとも俺はそう思ってたし、周りの人間もそう思ってただろう。
違うのは新菜だけだったかもしれない。
「ケンジ、私、私ね……!」
そう勇気を振り絞って俺に語りかけてくる新菜は大学3年生のときの話だ。
大学に入って俺は俺なりに努力して、いわゆるリア充ってやつになろうとした。
美容院に行って、ファッション雑誌を買って、サークルに入って、居酒屋でバイトをして、友達をたくさん作って。
そんな俺でも、新菜との関係だけは変わっていなかったと思う。新菜は相変わらずアイドルみたいで、芸能事務所にも声をかけられるような存在で、やっぱり俺なんかとは幼馴染という間柄でしかなかった。
そんな関係だったのに、その時の新菜は何故かとても必死で、俺はそれがなんだかいてもたってもいられなくて、新菜に声をかけようとしたんだ。
そのはずだったんだ。
でも、声はかけられなかった。
かけられなかったんだ。
だから、この話はここでおしまい。
落ちもクソも無い、つまらない話だ。
いや、一応の落ちはあるのかもしれない。
それが何かって、何かはわからないけど、とにかく落ちたのだ。
俺の意識が、暗闇にすっぽりと落ち込んで、この話は終わったんだ。
神様ってやつがいるなら、そいつはよっぽどろくでもないやつなんだろうな、と思う。本当に人間の神様なんてやつがいたら、人間同士で争うことなんかしてないだろうし、世の中不幸なやつだっていないだろう。
神様ってのはそういうもんじゃない、っていうやつもいるかもしれないが、だったら神様ってのは何なんだよって俺は思う。
ただ見てるだけ? そんなのいてもいなくても変わらないじゃないか。
助言をくれる? 誰に、いつ、どこで? そもそも的確な助言をくれてるならキリストだって処刑されてないだろう。
つまり、神様なんて言うのは眉唾で、存在しないのだということだ。もし仮に「私は神だ」なんて言うやつがいたら、そいつは髪の話をしてるか、紙の話をしてるか、女将さんか、もしくは頭のいかれた宗教家だ。
だから、そう。俺の意識が落ちた後で出てきた「私は神だ」なんて名乗ってきたやつは、あいつは頭のいかれた宗教家に違いない。
「お前を殺したのは私で、理由は特に無い。強いて言うなら暇だったから、少し遊んでみようと思って」
初対面の俺にそんなことを言い放ったあいつは、喚く俺を無視して――いや、薄ら笑いながら俺を放り落とした。
放り落とされた、っていう表現が正しいのかはわからない。なにせその時の俺は自分の体なんて持ってなかったし、どこが足でどこが頭で、地面で空かなんかわからない状態だったからだ。
意識だけがあって、自分の思い通りにならない。意味がわからないし、目の前のやつは頭がおかしいし、正直怖かった。新菜がどうなったかっていうのもすごく気になったし、とにかくわけがわからないのだけは確かだったのだ。
ただ、その時は落ちていく感覚だけがあって、直感的に落としたのは「神を詐称」するあいつなんだなってことだけはわかったのだ。
最初から最後までわけがわからなかったし、今でもわからないが、とにかくまた俺の意識は落ちていって、最後に残ったのは薄ら笑いをしている、ムカつくあいつの顔だった。